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不運なソーヤの運送屋  作者: 橋広功
37/109

34:ようじょあらわる

 与えられた時間は残り48時間――その時間で何ができるかを考える。

 まず必要となるのは武器だ。

 俺の個人の信用では市販の物を買うのが精々。

 ならば、とアイリスの勧めでダータリアンと連絡を取り、軍用装備購入のための伝手を得る。

 そこからはあっさりと話が通り、各種装備を8万Crほどで購入。

「取り敢えずはこれくらいあれば大丈夫」というアイリスのお墨付きを得て、今はコロニーのホテルにあるレストランで食事をしている。

 

「何と言うか……こういった如何にもな場所に来ると、普段食ってるものがどれだけ美味いのかが何となくだがわかるな」


「当然です。原料がバレア帝国のものであろうと調理機はクオリア製です。蓄積されたデータ量が違います」


 飯の美味さをデータ量で比べる感性は機械知性体らしいと言えばらしいのか?

 目の前でソースのかかった肉を切って上品に口に運ぶアイリスを見ながら首を傾げる。


「ちなみにここの料理の評価は?」


「大したものだと称賛します。合成肉をここまで自然のものに近づけているのは間違いなく調理機ではなく人の手によるものです。恐らくは専門のシェフがいるのでしょう。このご時世では大変珍しい」


 人を誘う機会があるのであれば、このレストランはお勧めできるとまさかのべた褒め。

 驚く俺は目の前のステーキを切り分け、しっかりと味わってみる……が、自然のものだの言われても残念ながらさっぱりわからない。

 そもそも天然物を食った記憶がないのでわからない。


「御主人様は美味を見分ける舌を持ち合わせておりません。無理に意識せずにまずは食事を楽しむことを推奨します」


 もっともな意見だ、と俺は目の前の食事を堪能することにした。

 手配した装備が届くまで後12時間。

 それまではこの静かな時を楽しもう。




 食事を終えてホテルの借りた一室でこれまでに交わした情報をおさらいをする。


「護衛対象の名前は『シーラ』と……侯爵家にはまだ入っていないからただのシーラで問題ないよな?」


 頷くアイリスを見て確認を続ける。


「年齢は10歳。侯爵の意向を無視した英才教育が施されるも、庶民が間違った貴族教育を行っていたため若干問題がある子供として育った」


 再び頷くアイリス。


「間違った貴族教育なぁ……」


 真っ先に思い浮かぶよくあるクソガキ像。

 間違いなく偉そうなガキだろう、というのが俺の予想。

 護衛対象の本人の情報は思ったよりも手に入らなかったとアイリスは言うが、俺にはそれがどうも教えたくないものがあるように思えて仕方ない。

 そのまましばらく買った武器のカタログを見ながら簡単な講習をアイリスから受け、今日という日を終える。

 翌朝目を覚ますとお届け物まで残り2時間。

 6時間ほど眠れたので今日一日活動するには十分な休息が取れたと判断する。

 ホテルをチェックアウトしてステーションへと向かう。

 まずは装備の受け取りアトラスへと運び込む。

 ついでにムオルクリオ星系方面の依頼にも手を付けようかと思ったが、都合の良さそうなものがない上に、よくよく考えれば荷を積み込む時間があるかどうかもわからない。


(むしろカーゴスペースが空の方が速度が出る。そっちの方が都合が良い、か)


 依頼を受けることを断念したところでアトラスへと到着。

 それから間もなくお届け物が運ばれてきた。

 支払いは既に終わっているので2m型のコンテナが2つアトラスへと運び込まれる。

 ここからはこっちの作業ロボに交代。

 微重力の中、テキパキとコンテナを固定した後に開封するとそこには今回の依頼に向けて揃えた装備の数々。

 中に入りその一つ一つをチェックしていると、作業ロボがもう片方のコンテナを開封。

 すると人の声が聞こえてきた。


「まずは今回の依頼を受けた……なんだ、作業ロボではないか」


 それは間違いなく少女と呼べるほどに幼い声。

 思わずコンテナから飛び出した俺を待ち受けていたのは――眼前に迫る爪先。

 それを上体を逸らすことで辛うじて回避した俺に、コンテナ縁を掴み体を強引に捻った幼女の踵が襲い掛かる。

 迫る攻撃を咄嗟に手で払いのけるが、その衝撃が明らかに幼女のそれではない。

 加えて振り切った腕を掴み、その勢いを利用して俺の顔面に再び蹴りを入れようとするこの足癖の悪さ。

 その一撃を空いた腕で受け止めるもそのまま振り切った足を軸に回転。

 コンテナへと飛んだ幼女を見送り、体重差をこうも露骨に利用してくる攻勢に、見た目の判断を即座に廃棄した俺は反撃に転じる。

 そのための一歩を踏み出した直後、タンクトップ幼女は腕を組み一喝。


「そこまで!」


 何が「そこまで」だと俺は更に接近。

 このグラップラー幼女に鉄拳制裁を行うべく拳を握りしめたところで首根っこを掴まれた。


「御主人様。護衛対象を殴ってどうするのですか?」


「放せ、このクソガキに……今なんて言った?」


「護衛対象です。御主人様」


 アイリスを見て、次にクソガキを見る。

 俺の視線に鷹揚に頷く幼女。

 見た目は確かに10歳くらいだ。

 しかしこれが護衛対象とするならば時間が合ってない。


「コンテナにこのような手紙がありました。それとダータリアンからの指名依頼が入りました。直ちに出港するようにとのことです」


 手紙の内容は端的に言えば「護衛対象を送る。指示に従い出発されたし」である。


「あー、それって?」


「偽装の依頼です。ダータリアンは自分の周りに手が回っていることを知っていたのでこのような手段を取ったのでしょう」


 時間稼ぎに協力的なのはありがたいが、何も知らされていないのは心臓に悪い。

 仕方がないので直ちにブリッジへと移動を開始。

 武器のチェックは後でもできるが、不備があった場合の返品ができなくなったのは諦めるしかない。

 アトラスを制御下に置くアイリスがメインジェネレーターを起動させ、遠隔操作でブリッジから管制室に出航要請を送る。

 俺がブリッジ行く意味が果たしてどこにあるのか?

 それでも俺はブリッジに行く。

 艦長だからね。

 何と言われようがブリッジに行く。

 そんなわけで俺が艦長席に座る頃にはメインスラスターが準備完了しており、管制室からGOサインが出たので軽く挨拶をしてから通信を切った。


「アトラス発進!」


 その声に続くようにスラスターがアトラスの巨体を動かし始める。

 一仕事を終えた俺に後からやって来た幼女が開いた扉付近で変な顔をして一言。


「……それが貴様の仕事か?」


「これも、だ。間違えるな。これは俺の船で、俺が艦長だ」


 強い口調の俺に「そ、そうか」と若干引き気味の幼女。

 よく見ればタンクトップにホットパンツの姿からコートが追加されている。


「確か……シーラ、だったか? 何はともあれ俺の船へようこそ」


 先ほどの一件は置いておき、まずは挨拶を済ませる。

 こんな狂犬グラップラーでもいい金づ……お客様だ。

 ましてや貴族になるであろう相手だ。

 いい顔をしておいて損はないだろう。


「馴れ馴れしい口を利くな、有象無象」


 しかし返ってきたのはこの尊大なセリフ。

 反射的に言い返そうとしたところにやって来たアイリスが一言。


「御主人様をただの有象無象と思ってもらっては困ります」


 アイリスの言葉にシーラが「ほう?」とその真意を尋ねた。

 もっと言ってやれ、と思ったのも束の間、俺の期待はあっさりと裏切られる。


「有象無象でも数ある選択肢の中から的確に最悪の選択を選ぶ天に見放されたと言っても過言ではない男です」


 その程度の扱いでは困ります、と容赦なく俺の経歴を抉ってくるメイド。

「いや、それだと余計に悪いのではないか?」と脱力するシーラが俺とアイリスを見比べてから口を開く。


「そなたはメイドであろう? 只者ではないのはわかっておる。この依頼が終われば我に仕えて見ぬか?」


 唐突なヘッドハンティングに驚愕する俺。

 まだアイリスがアルマ・ディーエであるとは見抜かれていないはずだが……この幼女、やはり只者ではないようだ。

 しかし当然ながらアイリスの答えはノー。


「ふむ。そなたを見るに、この男が主人として相応しいとは到底思えぬが……」


「好みというものがございます」


 これまでの言動とその言葉で何かを察したのか、シーラは頭を垂れて一礼する。


「なるほど、奉仕対象として良物件――といったところか。ならば先ほどの言、撤回しよう」


「賢明な判断です」


 そう言って二人のやり取りは終わりを告げる。

 完全に蚊帳の外であった俺は取り敢えずまだやってない自己紹介を行う。


「……俺はこのアトラスの艦長のソーヤだ。武装輸送商会のトップでもあり、依頼を受けた本人だ」


 そう言って艦長席に座ったまま握手のために手を差し出す。

 その手をしばらく見つめていたシーラは鼻で笑うと俺を視界から外してブリッジから出て行った。


「……俺、何かやっちゃいました?」


 扉が閉まったところでそう呟くと、今度はアイリスが鼻で笑ってニヤニヤしながら俺の肩を叩いた。

 察しが悪いことはわかっているから言葉にしてくれませんかね?


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― 新着の感想 ―
[一言] 間違った貴族教育って世紀末覇王でも育てようとしてたのか教育係ww
[一言] シータこそ有象無象以外の何者でもないという事実があるのよね。
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