33:指名依頼
「……そうね。貴方の見込んだ相手を試すようなことをして悪かったわ」
そう言って脂肪に埋もれた肉が蠢く。
多分頭を下げたのだろうが、残念ながら首周りの肉がにゅっと動いたようにしか見えない。
わかればよろしい、とアイリスもそれ以上は何も言わず俺の後ろへと下がった。
「あー……まあ、そういうことだ」
取り敢えず仕切り直すとして俺が口火を切る。
「俺を取り巻く特殊性は大体こいつの所為とでも思っておいてくれ」
「失礼な。元を辿れば御主人様の所為です」
「とまあ、こんな感じだ」と親指で後ろを差しつつ、その関係がどういったものかをわかりやすく見せる。
「ええ、大体わかったわ」
ダータリアンの首周りの肉がまた震えた。
威圧感が消え、口調も変わった今、今度はその肉の動きに笑いを堪えながらの会話となる。
「それで……私のところに来たのは何が目的? ただの挨拶というわけではないのでしょう?」
「とぼけるな。うちの船にアクセスしようとしたのはあんただろう。それについて文句を言いに来ただけだ」
そんなこともあったわね、とサラッと流そうとするダータリアンに俺は問う。
「あっさり認めるとは潔いな。流石に問題があると思うんだが、あんたとしてはどう落とし前を付けるつもりだ?」
俺が凄んで見せるも、ダータリアンは特に気にした風もなく考える素振りのまま黙っている。
そして「そうねぇ」と口を開くとその太い指を一本立てた。
「依頼一つ」
「はあ?」
「貴方に依頼を一つ回してあげる。それでチャラね」
冗談も大概にしろよ、と出かかった口をアイリスが塞ぐ。
「ではそのように」と俺を無視して承諾するアイリスに怪訝な表情を見せるとその説明をダータリアンが始めた。
「ちょっと条件が厳しすぎる依頼があるのよ。それで貴方の船にアクセスした。結果は合格。あの船とそこのメイドさんがいれば問題はないと判断したの」
そこまで言って止まるダータリアンに俺は「それは?」と続きを促す。
アイリスは「よくわかっているな」と言わんばかりに頷いている。
多分メイドの部分に反応しているのだろうが、相変わらずわからないことが多い。
「ある人物を届けてほしい。目的地はムオルクリオ星系のセカンダリステーション」
「予定の航路から外れるな」
「予定を変更すればいいわ」
俺の言葉にダータリオンが被せてきた。
それほど儲かる仕事だとでも言いたいのだろう。
しかしながら確認は必要だ。
「それだけ儲かる仕事、と捉えるぞ?」
「見返りが大きいことは間違いないわ。それは保証してあげる」
果たしてマーマレア連邦方面の予定を崩してまで得られる報酬は如何程か?
それを受けさせようとしているアイリスの意図は何か?
前者については然程心配する必要はないと思われるが後者が怖い。
「……その人物の情報は?」
「貴族絡み――とだけ答えておくわ」
だろうなぁ、と天井を見上げる。
もう面倒事の詰め合わせにしか見えない依頼である。
だが貴族となれば十分な儲けが見込めるのも事実。
金持ち相手の商売で稼げないなど嘘だ。
加えて帝国の特権階級とのパイプも作れるとなれば受けない理由はない――はずなのだが、このメイドの乗り気な姿勢が気になって仕方ない。
「単純に今後も稼いでいくならばこの依頼は受ける必要があるというだけです」
そんな俺の心配事を当然のように見抜いたアイリスが口を挟む。
そう言われれば借金持ちの身では頷く以外に選択肢はない。
「わかった。その依頼、引き受けよう」
観念して頷いたところに追加の懸念事項をダータリアンが投入。
「対象の安全を第一に考える必要があって出発の直前に会わせることになるけど、準備だけはしっかりね?」
「ああ、やっぱり狙われてるとかそういう……」
当然でしょ、と返すダータリアンに理由を聞こうとしたが、そこは先んじて知らない方が良いと忠告された。
「貴族の面倒事に深入りするつもりはないよ」
手をブラブラと振って答える俺に満足したダータリアンが円卓に設置された端末からこちらにデータを送って来る。
内容は今回の依頼である「要人の護送」の要点だけが記されているのだが……肝心な部分が抜け落ちていた。
「報酬についての記載がないぞ?」
「そこは向こうと交渉して頂戴。正直に言うと今回の件はギルドがかかわったと知られたくない案件なのよ」
だからどこも引き受けなくてうちに回ってきたんだけどね、と付け加えたダータリアンが肩の荷が下りたように安堵している。
「そんな危ない仕事を新人に任せるとかギルドの人手不足は深刻だな」
「大丈夫よ。新人は新人でも、期待の大型新人だから」
「だったらその期待の大型新人には美味い仕事を回してやらないとな」
俺のせめてものやり返しに「わかったわかった」とばかりに溜息を吐いて両手を上げるダータリアン。
リカー星系には今後も立ち寄ることになる。
これで少しは借金返済の足しになるはずだ。
最後の最後で掴み取った小さな勝利がほんの少しだけ俺の気分を明るくした。
「余計な一言でしたね」
ギルドを出るなりメイドからこんなセリフを吐かれた。
曰く、これで美味い仕事を回すという名目で今回同様に厄介な案件を回してくるようになる、とのことだ。
今回は相手が相手なだけに多少の面倒には目を瞑っても利益が勝るが、それは人脈という付加価値を考慮しなくても儲けが大きいからであって、有象無象に近い連中やアルマ・ディーエとの接触を目的とした策謀を受けて立つと言ったに等しいと睨まれた。
「流石は御主人様。口を開けば物事を最悪の方向へ持って行く才能の持ち主です」
「そんな才能持った覚えないんだけど?」
抗議する俺を無視してこれ見よがしに溜息を吐いたアイリスは続ける。
「そもそも今回の依頼が面倒事を踏まえても受ける理由がちゃんとあります。それは単純に得られる報酬が文字通り桁違いとなるからです」
思わず桁違いという部分に反応して俺が感嘆の声を漏らす。
「護衛対象の情報を秘匿した時点で普通の貴族ではない点に気づくことができなかったのは減点です」
言われてみれば、と己の失点を素直に受け入れる謙虚な俺に、アイリスは続けて今回の依頼の最も厄介な件について語り始める。
「今回の一件は私がいたとしても相手はそれを承知の上で本気で対象を殺しに来ます」
「……それ宗教絡みとかじゃないよな?」
機械知性体がいても向かってくるとか頭がおかしいとしか思えない。
サイオニックという超能力技術が一部で発展してからというもの、宇宙に上がって宗教から疎遠になっていたはずの人類は再び崇めるべき神を作り出した。
その関連に傾倒しすぎた相手くらいしか思いつかなかったのだが、アイリスはこれを否定。
「薬物で狂わせた人間を使用することは想定されておりますが宗教は関係しておりません」
どちらにせよ狂った人間が相手となるわけだ。
「現に違法薬物が運び込まれているのは御主人様も知っているはずです。失敗している者もおりますが実行に必要な量は既に確保済みでしょう。ダータリアンの言動から護衛対象は今も狙われている状態にあると断言できます」
どうやら入港する際のトラブルはこの案件絡みだったようだ。
思わぬところに接点があることに驚きつつも、俺は今回の依頼の難易度を再確認する。
「なるほど。時間厳守の意味がよくわかった」
ダータリアンから受け取った依頼概要にあった「52時間後に出航。時間厳守」の意味を正しく理解する。
つまりそれ以上は隠し通せない、または守ることができないということだ。
ここで俺の携帯端末にリカー星系への輸送依頼の報酬に加え、交易品を売却したクレジットが入金されたというお知らせが届いた。
早速確認してみるが、その金額は補給等で差し引き52万Crの黒字と確かに額は大きいのだが、俺が背負った借金の前には微々たるもの。
やはり面倒でも儲けの大きな仕事は必要だ。
俺は気合を入れ直すと残り50時間の間にできる準備を始める。
差し当たりアトラスの補給と俺の装備だ。
補給が余裕を持って間に合うようにステーションへの支払いを増額し急がせる。
次にガンショップに行って自分の武器を買おうとした矢先、アイリスから待ったがかかる。
「相手は侯爵家ですので生半可な装備では意味がありません。その上今回の騒動はゼノリック・イズルードル侯爵の妻の浮気から子息二人の血縁関係が否定されたことに端を発します。当主であるゼノリックからその座を奪おうとした弟のハインリックの甘言に乗った侯爵夫人が共謀しゼノリックの隠し子を謀殺しようとしているのが今回の全貌です。ゼノリックは自分を裏切った妻と息子を追いやり血縁関係が証明された娘を侯爵家に迎え入れて後継ぎとするつもりです。当然息子たちも反発しますので夫人と協力関係にあります」
侯爵家という大きな権力を失うか否かの瀬戸際の相手に市販の武器ではどうにもなりません、とはっきりと言われた。
ただ、問題はそこじゃない。
「……え、何? 俺、侯爵家のお家騒動に巻き込まれるわけ?」
立ち止まった俺が確認のために振り向くと、アイリスはしっかりと頷いた。
その時の俺の顔を見たアイリスは「不覚にもそそられました」と手の甲で涎を拭くような仕草で語った。
(´・ω・`)SFものを書いていると今度はファンタジーを書きたくなってくる。SF要素のないファンタジーの追加をしそうで怖い。




