32:リカー星系
リカー星系は言ってしまえばハブ星系だ。
バレア帝国にとってはアランガムル評議国とキッシング・ケル保護機構へと繋がる星系に続く要所の一つであり、またここからマーマレア連邦と隣接するサージス星系へのルートがあることから、各所から人と物が集まる帝国有数の経済力を誇る星系でもある。
当然、俺のような連中にとっては仕事が幾らでもある稼げる宙域であり、ここを拠点とする企業も少なくない。
毎日毎日大量に人が出入りするのは当たり前であり、そのプライムコロニーともなれば入港に時間がかかるのも仕方がない。
「……いつまで待たせる気だ?」
苛立ちを表すかのように指でコンソールを叩きながら、いつまで待っても来ない管制室からの通信の催促をする。
「どうやら御主人様の二つ前の船が揉めているようです。提出したデータと実際の積荷に差異があり現在検査中なのでまだ時間はかかるかと思われます」
ぐへぇと普段なら出ないような声を出した俺は艦長席に体を預ける。
「中々面白い隠蔽手段を用いておりましたが見つかりました。大人しく捕縛されたところを見る限りすぐに通常運行に戻るでしょう」
やっと動けるようになるか、と体を伸ばしたところで通信が入った。
流石は帝国有数の巨大ステーション。
トラブルからの復旧もお早いことで、と巨大モニターに管制室が映し出される。
「武装輸送商会だな? そちらの船についての説明を求める。少々お時間を頂けるかな?」
この後、尋問に近い雰囲気での質疑応答が1時間ほど繰り返された。
そんな不条理もナールダル伯爵の名前を出せば大体何とかなるのだから帝国貴族の権力は計り知れない。
今後のことを考えるともう少し船の見た目を誤魔化すなりした方がいいのかもしれない。
ちなみに帝国軍には俺の所在は筒抜けらしく、不用意な行動は慎むようにとのお達しだ。
言われなくてもこれ以上面倒事を増やすつもりはない。
各種手続きを済ませ、ドックで馬鹿にならないスペースを占有するアトラスから降りる。
どうもあちこちから奇異の目を向けられているのがわかるので、とっととステーションへと移動しよう。
「まずはギルドか」
「御主人様。ステーションでも手続きは可能です」
まあ、この規模ならば当然と言えば当然だろう。
コロニーに入って依頼や仕事を探す手間を省かなくては、これだけの人や物の流れはスムーズに処理できない。
「なんというか、自分が田舎から出てきたみたいに思えてくるな」
俺の率直な感想に「事実そうなります」と言葉を選ばないアイリス。
何かやり返せるネタが欲しい。
ともあれ13番窓口にてニルダー星系から運んできた荷物の受領と依頼の完了を確認し、荷を下ろす手続きを済ませる。
これで後は待つだけだ。
ここからでも依頼を探すことはできるが、一応挨拶がてら組合にも寄っておくことにする。
そんなわけでゲートを抜けてコロニーへと移動。
歩きがてら、ふと思ったことが口に出る。
「そう言えば……結局何を隠し持っていたんだ?」
「違法薬物とだけ言っておきます」
そりゃ捕まるな、とありふれた感想を呟きながらギルドへと入る。
受付がモデルかと思うほどの美少女だったが、よくよく見ればアンドロイド。
基本的にステーションの方で済ます人が多いのか、ギルドの中は人が少なく、ここはAIに任せているようだ。
「本日入港した武装輸送商会のソーヤだ。挨拶ついでに今ある依頼を見せてもらいたい」
「畏まりました。ソーヤ様。お手数ですがIDのチェックをお願いします」
言われて気づいた俺は携帯端末を取り出し自分のIDを表示させる。
受付にあるボードにかざすと情報を読み取った端末がピッという電子音と共に緑に光る。
「ありがとうございます。それではこちらから依頼をお選びください」
ズラッと表示された何処までもスクロールできそうな依頼の群。
流石にこれを全部見るのは時間がかかりすぎる。
「アイリス」
なのでここは反則技。
呼びかけると同時に大量にあった依頼が奇麗さっぱり整理されている。
すると受付のアンドロイドが険しい顔をして反応した。
「不正な処理を検知しました。直ちに――」
「黙認しなさい」
アイリスの一言で黙るアンドロイド。
少しすると通常状態に戻ったのか、初対面の笑顔に変わる。
「……何やった、お前」
「どうやらアトラスが余程珍しいのか内部からデータを抜き取ろうとした者がおります。折角ですのでここから辿らせていただきました」
やはりアトラスは悪目立ちしているようだ。
早くも面倒事の予感に俺は溜息を吐いて肩を落とす。
「犯人は?」
「ここの支部長です。施設内におりますでお会いになりますか?」
予感が的中したことはともかく、その犯人がまさかの相手。
文句を言いに行けば更に面倒事が増え、何も言わなければ舐められる。
「俺がアトラスに乗っていることはバレている。アルマ・ディーエがいることはバレていると思うか?」
「少なくとも先ほどのやり取りでほぼ確信したと思われます。恐らくはそれを見越しての稚拙な挑発だったのでしょう」
「何いいように乗せられるわけ?」
しかし遅かれ早かれ自分の存在は明るみになるので、先に知らせて置いて便宜を図らせる方がマシである、とのアイリスの言葉に一先ずこの件は不問。
せめて事前に相談なりしてほしいものなのだが、と至極当然の要求をする。
「御主人様が口を挟めば確実に面倒な方向へと事態が悪化します。もう少し自覚をお持ちください」
「そこまで言うことなくない?」
この酷い言われように俺は毅然とした態度で抗議した。
「しかしそんな御主人様だからこそ奉仕のし甲斐があるのです。ちょっと欲求を発散させてもらいます」
「さあ、支部長のところに行こうじゃないか」
毅然とした態度とやらは何処へやら――にじり寄るアイリスから離れ、受付のアンドロイドに面会を希望をする。
すると驚くほどあっさりと話が通り、アイリスの言ったことが正解である裏付けとなる。
案内されるがままに建物内の廊下を歩き、辿り着いた先は「会議室」と書かれたプレートの付いた両開きの大きな扉。
「案内ご苦労。入りな」
扉の前に立つや中から女の声が聞こえてくる。
なんとも堂々とした声である。
音を立てて開く扉の先――俺はそれを目にすると同時に浮かんだ言葉は「でかい」だった。
俺の目が正常なら椅子に座っているはずである。
だがその視線の高さは身長180cmある俺と変わらず、その横幅に至っては俺とアイリスの二人分はありそうなほど広い。
でかい――ただでかいとしか言えない頭髪のない巨躯の持ち主が、会議室中央の円卓を挟んで待ち構えていた。
「初めまして。アルマ・ディーエと共にある者。アトラスを駆る運送屋。元傭兵。歩く危険物。随分とまあ二つ名が多いね。私が物流ギルド、リカー支部の長『ダータリアン・デンドロビウム』だ。歓迎しよう武装輸送商会のソーヤ」
「あ、ああ……」
元傭兵の俺ですら気圧されるこの圧力。
勿論物理的な意味ではなく、目の前の巨大な女性には言い表せぬ圧を感じる。
見た目に惑わされてはならない。
この縦にも横にでかい女は生半可な相手ではないことが嫌というほど伝わってくる。
「武装輸送商会のソーヤだ。面会の要請を受けてくれたことに感謝する」
そう言うと握手のためにダータリアンへと歩み寄る。
「そこまで。話なら、この距離でもできる」
まさかの牽制。
こちらを値踏みするかのような眼光に俺は気圧される。
恐らくダータリアンは俺を値踏みしている。
機械知性体と行動を共にし、帝国の最新技術を詰め込んだアトラスに乗る者が如何なる人物かを見極めるために――ならば俺がやるべきことは唯一つ。
この場で俺の価値を最大限に引き上げるのみである。
故に慎重に言葉を選ばなくてはならない。
今、ボールは俺の手の中にある。
だがこれはキャッチボールなどという生易しいものではない。
ベースボールのようにバットを構えるダータリアンに向かい合っている。
これは勝負――そして既に俺と彼女の戦いは始まっているのだ。
「くだらないことをやっていないでさっさと本題に入りなさい。この肉塊が」
俺からボールを奪い取ったアイリスの初球は正しく剛速球のデッドボール。
最初から顔面を狙ったかのような投球に「アイリス選手、まさかの暴投!」と心の中でアナウンサーが叫んでいた。




