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不運なソーヤの運送屋  作者: 橋広功
34/109

31:目的地到着

 ノボーク星系を抜けてマンマール星系へと到達。

 次が目的のリカー星系となるのだが、ハイパーレーンまで35日。

 やるべきことは日々訓練と勉強ばかり。

 隙を見せればご奉仕だ、と玩具にされる気の休まらない日々には流石の俺も限界が近い。


「10と9の違いなんてわからん。もっと、ちゃんと、マイルドにしてくれ」


「しかしそれでは私が満足できません」


 俺の悲痛の訴えなど知ったことかと自分を優先するメイド。

 ならばと妥協点を探り合うこととなったまでは良かった、というべきか?

 傍から見ても程度の低い議論は白熱し「あーでもない」「こーでもない」と時間ばかりが無駄に過ぎる。

 そして無駄な時間を費やして出た結論がこれだ。


「……結局のところ、どっちも『満足したい』に尽きるわけか」


「そうなります。なので最初から申し上げている通り平行線ですので諦めてください」


「諦められるか」


 限界など把握済みですので安心して身を任してください、などと平然と言ってくる相手に誰が体を預けるというのか?

 しかしアイリスは強硬姿勢を崩さない。


「そもそも借金している身分で待遇の改善を訴えることがおこがましい」


 アイリスはずびし、と俺に指先を突き付け正論の暴力で殴ってくる、


「くっ……しかしたとえ借金をしていようと労働環境の改善を訴えることは悪ではない!」


「ほう。労働環境と申しましたか?」


 一瞬光るアイリスの目――そこに寒気を感じた俺は即座に否定する。


「ものの例え! 例えばの話。この件は労働とは無関係!」


 はっきりと聞こえる舌打ちをしたアイリスに心の中で「セーフ」と安堵の息を漏らす。

 しかしこのままではこの日常は変わらない。

 ならば、と何でもいいから思いついたことを口にする。


「まだラブラブなメイドとかなら耐えられると思うんだが……いや、やっぱダメだ。逆に怖い。というか止めてくれ」


 想像して重過ぎる愛故に圧し潰された未来が見えた俺は言った傍から否定する。


「愛憎主義の連中ではあるまいし。そんな感情は私にはありませんのでご安心ください」


「なんかまた知らない主義が出てきた。そうホイホイ変なの出されたら不安になるんだけど!?」


 気にすることではありません、とそれ以上の情報は得られなかった。

 なお、変なの扱いについての言及はなかった。

 どうやらアイリスも同じような意見らしく、それを察した俺は「知らない方が良いこともあるな」と説明を求めることはしなかった。


「ということで投薬か肉体を改造するかをお選びください」


「酷い二択!」


 最終的に俺が頭を下げて現状維持で許しを請う形での終わりとなった。

 よって俺の気の休まらない日々はまだ続いている。

 勉強と訓練を繰り返し、逃亡と捕縛を続けているうちに確かな変化に気づく。


「お疲れさまでした。第一目標である5分をクリア。おめでとうございます」


 パチパチと拍手を送るアイリスに頷き、最近感じている自分の中の変化について話す。


「このところ妙に訓練中に冴えるというか、反応? いや、違うな。なんというか『あ、これはまずい』とか『これはダメだ』とか、事前に危険がわかるようになってきた気がする」


 俺の言葉にアイリスはそれこそが訓練の目的の一つであると説明を始める。


「御主人様は元傭兵であり基本は船。戦闘経験もそのほとんどが船を操縦してのものです。なので生身の状態での危険のハードルをしっかりと知る必要がありました」


 それを叩き込まれたことによって体が覚えた危険に反応するように、生身の状態でも勘が働くようになったとのことである。

 また危険に対する嗅覚も並行して鍛えられていたらしく、ここまでの日常が全て訓練であったと種明かしをされたことで俺は脱力した。


「あー、全部訓練だったんだな。第一の目標をクリアしたということは、訓練内容が変わるんだよな?」


 これで気の休まらない日々とかお別れだ、と安堵の息を漏らす。


「いえ。それはそれ。これはこれです。私のご奉仕には今後とも変化はございません」


 きっぱりと俺の望みを否定するメイド。

 ちょっとでも見直したことを後悔した俺は次なる訓練内容に崩れ落ちることとなる。


「次は10分間耐えてください。当然今まで以上に訓練は厳しいものとなります。死ぬ気でついてきてください」


 ほとんど死刑宣告に等しいアイリスの言葉に俺は有無を言わさず逃げ出した。

 最早恒例となった船内鬼ごっこは更に苛烈を極めることとなる。

 これも訓練の一環と言っていたが、果たしてこれがいつ、どこで役に立つことになるのか?

 その疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。




 今日も今日とて訓練の日々――かと思いきや、ブリッジから見えるハイパーレーン。

 荷を運ぶ船団が丁度目の前でハイパースペース航行へと切り替え消えていく姿を目撃する。

 これを見て目的の星系への到着を実感する。

 俺は艦長席へと飛び移り、座席に座るとコンソールからアトラスの状態をチェック。

 遅れてやって来たアイリスにハイパーレーンに到着したことを伝えると「わかっております」と俺の隣に立つ。


「アトラスをハイパーレーンに移動。後にハイパースペース航行に」


「畏まりました」


 ハイパーレーン到着に合わせてハイパードライブが起動する調整はアイリスの丸投げ。

 こういうのは機械知性体に任せるに限る。

 寸分の狂いもなく、ハイパーレーンに到着するや否やドライブが起動。

 ハイパースペース航行へと移行したアトラスのブリッジから流れる星々を眺める。

 そして僅かな衝撃。

 通常航行へと戻り、アトラスは無事にリカー星系へと到着した。


「はー、長かった。運び屋が速度を求める理由がちょっとわかった」


「船内という閉鎖空間に長期間滞在することは精神的に健康とは確かに言えません。無駄に速度だけを求めることはある意味では最適解とも言えるでしょう」


 相変わらず走り屋への当たりが強いアイリスに何かあったのかと問うと、どうやらクオリアに激突した馬鹿がいたらしい。

 しかもどういうわけかクオリアの迎撃システムをかいくぐる変態軌道を披露したにもかかわらず、避けるという選択肢を放棄して突っ込んできたのだそうだ。


「何その頭の悪い天才パイロット」


「稀に有機生命体はそういった一芸に秀でるあまり種の限界を超える者が現れます」


 あの時はクオリア内部でもかなり騒ぎになりました、と当時を思い出したのか不機嫌になるアイリス。

 そのストレスの矛先がこっち向かってこないよう、用のあるプライムコロニーまでの航路と日数を表示。


「プライムコロニーまでは9日。他の船との兼ね合いもあるし、降りるまでに1日くらいはかかるか?」


 表示された数値とコロニーの情報を見ながら呟く俺の隣で、アイリスは独り言を口にするかのようにブリッジから見える景色を見ながら語る。


「好意的に見れば有機生命体は可能性に満ち溢れていると言えます」


 こちらよりも前を走る船団の光を眺めながら、俺はアイリスの言葉に耳を傾ける。


「御主人様がその可能性を私に見せてくれるかどうかはさておき――」


 ここまでの訓練でアイリスが俺をどのように評価したのかはわからない。

 だが彼女ははっきりとこの時口にした。


「期待はしていますよ。これまで以上に生き足掻きなさい。貴方次第では課せられた債務など簡単に消え去ることを覚えておいてください」


 僅かではあるが確かに聞こえたアイリスの本音部分。

 期待はしている――だが果たしてそれが何に対するものなのかを聞けぬまま、俺は徐々に小さくなっていく前方の光を眺めていた。

TIPSにもならないおまけ

少数派派閥(派閥認定されていないような小規模または自称)

愛憎主義:愛と憎しみは表裏一体。恋愛を楽しむ者や、妊娠して逃げられてからが本番という者もいる。当然逆もあるのでやり捨てダイナミックも発生する。奉仕部分に異議を唱える者多数。

完全主義:完璧ではなく、奉仕対象を完全に「奉仕するためだけの存在」へと作り変える。監禁からの派生で瓶詰はここ。現在は同好会レベルの規模。

同化主義:御主人様を機械化。後に同じ義体で一つになって思考すらも操り始めるやべー連中。操り人形を作成するみたいなので人形主義とも呼ばれる。これも同好会レベル。一人二役がデフォなのでホラー。

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― 新着の感想 ―
[一言] 少数派閥で愛憎派が一番マシとかいう地獄絵図 他二つはサイコとしかいいようがないw
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