x3:二人の日常
この長い航海、船内という限られた空間での生活は存外やることが多い。
船員として船に乗り込んだ以上、仕事が割り振られる。
それに加え無重力空間での筋力の低下をなくすためのトレーニングも必要だ。
昔と比べれば重力区画の設置や肉体の強化など技術の進歩により大幅な改善が行われても、これに費やす時間というのは決して少なくない。
鍛えた体やスタイルを維持するためにも適度な運動は必要であり、何でもかんでも科学技術に頼るのはよくないとする者が多数派を占めるのが現代の風潮というものだ。
さて、そんなやることが多く、暇などないのが当然とも思われる船乗りたちの中、艦長という責任ある席に座る一人の男が呟いた。
「暇だ」
この船の名はアトラス――バレア帝国が誇る最新鋭のドレッドノートであり、最先端の技術をこれでもかと搭載した軍用艦である。
畏怖すら覚えるその堂々たる姿は帝国の威信を背負うに相応しく、帝国軍の選ばれし精鋭のみが乗艦するはずだったアトラスには元傭兵の男が一人、そして機械知性体であるメイドを一人だけが乗っていた。
そしてアトラスを完全掌握したメイドの手により、名ばかり艦長となった元傭兵のソーヤにはやることがなかった。
航行中、特に意味もなくブリッジで艦長席に座るソーヤが何度目かの呟きを漏らす。
「暇だな」
「それは私に相手をしろとの命令ですね。承りました」
「違う。そうじゃない」とソーヤが首を振って否定。
そして慌てて取り出したのがゲームのコントローラー。
「なるほど。連敗記録を伸ばしたいのですね?」
「今度はゲームを選びなおした。真っ向勝負で勝てないなら。別の方向から、だ」
ニヤリと笑うソーヤ艦長には秘策があるらしく、メイドであるアイリスが「ほう」とその勝負を受ける。
ブリッジの巨大モニターに映るのはレースゲームの画面。
「こうきましたか」
所謂ファミリー向けとされるパーティーゲームの要素をふんだんに盛り込んだレースゲーム。
多人数プレイを前提とし、実力差があっても楽しむことができるよう配慮がされたこのゲームにはあるシステムがある。
それは言ってしまえば一発逆転要素。
レース順位が下位であるほどに優遇されていくシステムである。
その中には実力差など簡単にひっくり返るほどの強力な救済アイテムなども存在している。
真剣な表情となるアイリス。
これにはソーヤも連敗ストップに期待を持った。
「さあ、今日こそ連敗を止めさせてもらうぞ!」
「準備万端でその志の低さが素晴らしい。御主人様ポイントを加算します」
ホロディスプレイを操作するメイドにぐぬぬ、と言葉がでないソーヤ艦長。
そして勝負の時は来た。
この日のために攻略サイトを巡ったりで必勝の策を以て挑むソーヤを前に、いつも通りのポーカーフェイスで応じるメイド。
その結果は全戦全敗――策は尽く叩き潰され、全てのレースで周回遅れとなるほどに差を付けられた。
「……いや、バグだろ」
「ただの乱数調整です。ランダムで出るアイテムなど欲しいものを取ってくださいと言ってるようなものです」
どうやらゲーム選択を間違えたことにようやく気付いたソーヤ艦長。
ならば、と次のゲームを取り出す。
「これはまたレトロなものをお持ちで」
画面に映し出されたのは一見しただけで古いとわかる昔流行ったことがある画風の美少女キャラ。
そのジャンルは何と陣取りゲーム。
明らかに有利要素などない選択だが、ソーヤの不敵な笑みが秘策の有無を語る。
「この日のために落札した限定版だ。決着をつけるぞ!」
「その前に御主人様の口座から用途不明の出金が幾つかございます。そのお口からお聞かせ願いたいので是非吐き出しやがってください」
迫るメイドに「待って」「タンマ」と制止を呼びかけるがソーヤは簡単にブリッジの隅に追いやられる。
凡そ30分程度の追及の後「無駄遣いした分はご奉仕されます」という常人には意味不明な約束をさせられ、ソーヤは再度アイリスに勝負を挑む。
「『ノートリア』――フフメイア社制作のアクション要素を取り入れた陣取りゲーム。ゲームそっちのけで動き回る美少女キャラのパンチラを楽しむバグゲーですか」
アイリスの説明にソーヤがニヤリと笑う。
真っ当な手段では勝てないならば、まともな戦いをしなければ良いのだ。
「真っ向勝負では勝てないとみるやたかがゲームに躊躇なく邪道へ走る御主人様。素晴らしいのでポイントを加算します」
まずは精神へのダイレクトアタックで牽制が刺さる。
ぐぬ、といううめき声を漏らしたソーヤが胸を抑え崩れ落ちるが、キッとアイリスを見上げ立ち上がる。
物凄く程度は低いが、恐らくこれは彼にとって負けられない戦いなのだろう。
「さあ、勝負だアイリス! 今度こそ、この連敗記録を止めてやるぞ!」
3時間後、58戦目にて試合開始直後にアイリスの操作するキャラが画面外にぶっ飛ぶや否や、ゲームシステム上あり得ない形で陣地を急速拡大させていた。
開始僅か7秒で占領率が100%を超え、最早原型を留めていないバグったキャラが縦横無尽に高速で跳ねまわる姿を前に、ソーヤの操作キャラが直立不動で停止している。
「……キャラが動かねぇ」
「所謂『不動バグ』ですね。ご愁傷様です。それと占領率が1000%を超えたので投了してもらってもよろしいですか?」
制限時間はまだ4分以上残されている。
完全にバグを掌握された以上、最早ソーヤに勝ち目はなかった。
今も明らかにおかしな速度で増加し続ける数値を眺めながら、ソーヤは次のゲームを模索し始める。
彼が連敗から脱する日はまだ遠い。
(´・ω・`)おまけ回は基本思いついたネタの吐き出し口。基本がコメディなので思いついたはいいが使いどころがなさそうなものを供養することが多いかもしれない。




