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不運なソーヤの運送屋  作者: 橋広功
32/109

30:目的地までの日々

 ニルバー星系を出たアトラスは順調に予定していた航路を進む。

 隣接するオークサン星系から分岐点となるセデを通りモーリモンへ向かう。

 モーリモン星系の先にあるのが海賊被害が多発するノボーク星系である。

 このノボーク星系はハイパーレーンの接続先が多い割に要所ではない。

 5つあるハイパーレーンの内3つがコロニーすらない僻地に繋がっているという正に「海賊の隠れ家」となる条件をこれでもか、と詰め込んだ星系となっている。

 海賊にとって防衛部隊がわざわざ来ることのない辺境であり、逃げ道の多い商船の通り道ともなるここはかなりの良立地ということだ。

 さて、そんなノボーク星系を抜ければこことは違って船の行き来が多いマンマール星系に辿り着く。

 隣が海賊多発地域ということでこちらまで進出してくる命知らずはいるが、要所だけあって防衛部隊が駐留しており襲撃の成功率は限りなく低くなっている。

 このマンマール星系にある4つのハイパーレーンの先に、今回の目的地であるリカー星系である。

 そして今アトラスが航行しているのはノボーク星系。

 つまり海賊が獲物を今か今かと涎を垂らして待ち受けている星系が現在位置だ。

 そんな危ない星系で二度目の粒子砲の発射をブリッジで確認する。


「……アイリス」


「御用でしょうか御主人様」


 サッと傍にやって来たメイドに向き直ると沈痛な面持ちで口を開く。


「俺ここにいる意味ある?」


 先ほどの粒子砲は艦長である俺には一切通達のなかった一撃である。

 つまり無断。

 このアトラスよりもセンサー能力に優れるアイリスが先んじて海賊船を発見。

 艦長である俺に許可なく主砲を操作し、勝手に射撃して撃沈している。

 判断を下すべき艦長の判断を必要としていない船に果たして俺は必要か?

 そんな疑問をふと口に出てしまったのだ。


「雰囲気的に必要です」


 さもそれが当然であるかのように断言するアイリス。

 どうやら俺の存在は雰囲気で必要なようだ。

 権限らしい権限もなく、乗組員に下剋上を食らった気分である。

 ちなみに海賊勢力はこの宙域に何か設置しているらしく、こちらのセンサー範囲外からアトラスの存在に気づいていた。

 やりたい放題にもほどがあるので「たまには掃除をしろ」と帝国軍に苦言を呈したくなる。


「情報の共有もなしに同業が二度沈んでいるのです。そろそろ連中も軍艦による釣り出しと判断し近づいてくることはなくなるでしょう」


 どうやら本格的にここに座っている理由がなくなりそうだ。

 ノボーク星系を突破するまで後10日。

 目的地まではまだまだ時間がかかるのはわかっているが、そろそろここいらで何か変化が欲しくなってくる。

 既にアトラスの変更された部分は堪能し終わり、次に船内に欲しい施設や機能などを考えることもまとまっている。

 勉強や訓練にも休息は必要であり、本日の予定は何もない。


(海賊の襲撃もないとなると暇だな)


 艦長席に背中を預けたところで通信が入った。

 ブリッジの巨大モニターが向こう側を映し出すが、その映像は少々乱れている。

 通信を寄越した相手はフリエッタ。

 映像の乱れで少々わかりにくいが、その表情から良くない話であることは見て取れた。


「きちんと通信が届くということは航海は順調ということで良いのかな? ちょっとお前に知らせておいた方がよい事件が起きた。モーンの一件は覚えているな? 一応確認するが辺境送りとなった、まではいいな? その辺境行きの船がヴォイド・イドと遭遇。信号が途絶えてから84時間が経過しており生存は絶望的、だそうだ。お前にも思うところはあるだろうが、図らずしもこれで文字通り二度と会うことはなくなった。ま、何か言いたいことがあるなら返信でもしてくれ、以上だ」


 通信が終了し、その結果を知っていた俺は居心地の悪さから頭を掻く。


「返信は……必要ないかな?」


「形式的にメールだけでも送っておく方が無難かと」


 アイリスの進言に「それもそうだな」とやる気のない返事をしてキーボードを引っ張り出し叩く。

 星系が少々離れてしまっているのでリアルタイムの通信に限界や条件がある以上、タイムラグを考慮して一方的になるのはよくあることだ。

 ましてやここは海賊多発地域。

 何が置かれているかわからない宙域でリアルタイム通信を行うほど馬鹿ではない。


「まあ、こんなもんでいいか」


 そう言って作った文章を送信。

 内容は「わかった。特に思うところはないから気にするな」と酷く簡素なものである。

 一応は救えていたであろう命だ。

 なんとなく居心地の悪さを感じた俺はただ一言「寝る」とだけ言うと艦長席を蹴って扉へと飛んだ。


「添い寝が必要ですね。参ります」


「呼んでねぇよ。くんな」


 手で「あっちいけ」と追い払うも腕を掴むアイリスが不満気な顔を見せる。


「メイドを寝所から遠ざけるのは如何なものかと」


「寝てる間に何かされたら堪らないんだよ」


 俺の返しに一瞬だけアイリスが固まった様子を見せると今度は頷いた。


「『その手があったか』みたいな顔すんな。少しは俺の意思を尊重しろ」


「最大限尊重してはおりますが同様に私の意思も同等以上に尊重しております」


「お前の中の主従関係どうなってんの?」


 当然の疑問に返って来る答えは「御主人様にはまだ早いかと思われます」という意味不明なもの。

 俺は胡乱げな目をアイリスに向けると振りほどいて自室へと向かう。

 真っ直ぐに自室へと向かい、扉を開くとそこには姿勢を正したアイリスが立っていた。

 当然ながら追い抜かれた記憶などない――となればその正体は一つ。


「はいはい、ホログラムホログラム……」


 二度も同じ手に引っかかるかと左手を立体映像へと伸ばすとむにゅん、とその豊かな胸に指が沈んだ。

 しばしの沈黙の流れ、指を動かしその感触を確かめる。

 このホログラムは触れることもできるのか、と感心していると胸を揉む手が掴まれる。


「では合意ということで」


 その言葉に反応するより先に俺の口が手で塞がれる。

 一瞬のうちにアームで拘束された俺はベッドへと放り込まれた。

 身動きの取れない中、俺は「合意とは何か?」という疑問を頭の中で繰り返し続けた。




 大量の御主人様ポイントを獲得した翌日、そこにはあからさまにメイドと距離を取る俺の姿があった。


「御主人様。そのように距離を取られてはご奉仕ができません」


 憮然とするアイリスに俺は独り言のように呟く。


「確か『触らぬ神に祟りなし』だったかそんな言葉があった気がする」


「ご安心ください。今しがた神は死にましたので存分にお触り下さい」


 そう言ってご立派な胸を「どうぞ」とばかり差し出すアイリス。

 勝手に殺してやるな、と言いたくなるが、視線の先には大変魅力的な果実。

 しかし触れば合意。

 故に触れない。

 距離を取るのは防衛手段だ。

 そんな俺の態度にアイリスは首を傾げる。


「何かご不満が?」


「むしろ不満がないと思っていることに不満を覚えるよ」


 最早天然という言葉では片づけられないこの価値観の差。

「でも体は正直ですよ?」と見当違いの言葉が出てくれば身の危険も感じるというものだ。


「加減をしろ、と言っているんだ。あと無理矢理はやめろ」


 何度目かもわからないセリフに俺は大きく息を吐く。

 すると予想だにしない反応が返ってきた。


「なるほど。加減をすればよいのですね?」


 思わず「え?」という声が出た。

 そして考える。

 このメイドが俺の意見を素直に聞き入れるだろうか?

 疑いの目を向ける俺の前に突如として現れるホロディスプレイ。

 そこには「ご奉仕プラン」という怪しげなコースが幾つも表示されていた。


「どうぞ。その中からお選びください」


「……『がっつり』だの『こってり』だのお前のセンスどうなってんの?」


 ヌードル食うわけでもあるまいし、このネーミングはどうなのかと率直な感想を口に出す。


「『もっとマシマシ』のオプション追加ですね。わかりました」


 それに対するアイリスの強硬姿勢。

 実は結構気に入っていたのだろうか、という疑惑はさておき、このままでは碌でもないプランに決められるのは必定。

 ならば被害を最小限にすべく俺が取る手段は一つ。


「この『さっぱり』で頼む。オプションは必要ない」


 俺の選択に「えー」とわかりやすく不満を口に出すアイリス。

 だが自分から提案した手前拒否することができないのか、如何にも渋々といった様子でホロディスプレイを操作。

 むしろ何故それ以外の選択肢があると思ったのか不思議でならない。

 まさか他にもまともなプランが用意されていたのか、と念のため確認してみたが隠し要素等はなさそうだ。


「では今後はこちらのプランに従いご奉仕させていただきます」


 残念そうに息を吐くアイリスを見て、これは本当に改善されるのではないかと希望を見出してしまう。

 だが最後の確認として待ったをかけ、念には念を入れてプランの中身をチェックする。

 その結果、やはり見落としはないはずだとの結論に至る。

 そして最初の質問でプランの変更が可能かどうかを確認し、それができるとわかると俺は更に疑いの目を向けて落とし穴を探す。

 しかしここでタイムアップ。

「そろそろ学習のお時間です」との言葉で俺はハッとなる。

 思考を一度リセットするのも悪くはないと、艦長席に備え付けられている端末を手元に引き寄せる。

 準備が整いアイリスに向かい頷くと授業が始まった。


「本日は交渉術について学んでいただきます」


 運送屋に転職した以上、交渉術は必要不可欠と言っても過言ではない。

 ようやく実践的なチョイスがきたということは、それなりに基礎の部分が出来上がってきたという証左。

 俺は不敵な笑みを浮かべ頷く。


「まずは基本的な交渉術として挙がるものを幾つかご紹介します」


 傭兵時代に培ったものはあるが、荒事がベースの連中の交渉術など「舐められたら終わり」に終始している。

 新しいスキルの獲得を前に、ホロディスプレイに表示された文字とアイリスの言葉に集中する。


「最初に無茶な要求を提示しその後に本来の要求をすることで相手に『譲歩した』と思わせる。例としては値段交渉の際に最初は吹っ掛けて相手側が席を立つ前に値引きを行う等が該当します」


 まるで先ほどの事例が具体例でもあるかのように感じた俺はじっとアイリスを見る。

「なにか?」と返すアイリスがポイントを加算し続けていることに気づいた俺は、それでも無言で抗議するかのようにじっと見続けた。


(´・ω・`)次はおまけ回。

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― 新着の感想 ―
[良い点] (ヤるだけヤって)さっぱりする(ただし主にメイドが)プランですね分かります。 [一言] 次回も楽しみにしております。
[一言] >雰囲気的に必要です 君臨すれども統治せず⁉
[一言] ホログラムの胸を触ろうとしたら本体だったのでそのまま揉みましたと、ギルティですね
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