29:大盛が生まれた日
「おや? 事の真相を知りたくないのですか?」
予想外の返答にアイリスが首を傾げるが、俺の答えは変わらない。
「正直に言うとキャパシティオーバーだ」
お手上げのジェスチャーでこれ以上は無理であると伝える。
知識は最近めきめきと増えてきている自覚はあるが、処理能力は今まで通りだ。
なのでここらが限界である、との判断である。
「後は絶対碌でもない理由で聞かない方いいと俺の勘が告げている」
どちらかと言えばこちらが本命。
ただでさえ知らなくても良さそうなヤバい話を聞かされまくっているのに、この上さらに帝国から睨まれそうな厄介なネタまでぶち込まれてたまるか、という話である。
そういう理由ならば、とアイリスも口を閉ざした。
ただの先送りには違いないが「これで一息つける」と安堵の息を漏らしたところでアイリスが俺を呼ぶ。
まだ何かあるのかとそちらを向いた直後、何故かアイリスに唇を奪われた。
唐突すぎる熱い口づけに状況が理解できず、困惑している俺の思考に突如何かが流れ込む。
その異様な感覚に思わずアイリスを突き飛ばした。
「はい。お聞きしたくない、とのことでしたので直接脳内にお届けいたしました」
「ちょっと俺の扱いについて話をするぞ?」
というかその技術はなんだ、と疑問を口にする前にハッとなった。
「まさかインプラントか?」
「その通りでございます」
アイリスはそう言って優雅に一礼。
今すぐ外せ、という前に頭の中に今しがた得た事の真相が浮かび顔面蒼白となり、次に怒りが湧いてくる。
「帝国と傭兵ギルドがグルじゃねぇか!」
思わず叫ぶくらいにはショッキングな内容だ。
「しかも! 一切! なにも! 俺に非がねぇじゃねぇか!」
知ってしまった内容を簡潔にまとめると、あの日の迎撃システムの作動は誤作動でも故障でもなく、正常な動作だった。
しかもその理由が戦闘中であったアメーバのような宇宙怪獣「センチネル」が帝国軍の攻撃に対し適応した結果だったのだ。
偶々近くにいた俺が対怪獣用の粒子崩壊弾頭を乗せたミサイルへのデコイとして利用されたのが、あの一件の真実であり、兵器に対処をし始めたセンチネルの情報を秘匿するために帝国と傭兵ギルドが協力したというのが真相だ。
表沙汰にはできない事実であるのは確かだが、押し付けられた側としては堪ったものではない。
「ちなみに関係者のシナリオでは御主人様は賠償金を支払うことができずに監獄行き。その後の接触で拾い上げることで人手不足の辺境防衛へと回すつもりだったようです」
その詳細についてもしっかりアイリスは送っている。
地味に給料が良かった上に仕事自体は楽。
おまけに兵装のクラス差から海賊相手にも安全、安定のラインを維持できるとなれば待遇自体はかなり良い。
謝罪込みの優遇なのだろうが、そうはならなかったので俺の怒りは正当である。
(シナリオ通りだった場合は……どうだろうな)
多分最終的には許していたかもしれない。
ともあれ、俺は深呼吸をして頭の中を一度整理する。
そして今やるべきことを明確にした。
「取り敢えず一発殴らせろ」
本人の意思を無視したこのやりたい放題……最早一言言うでは済まないレベルだ。
俺の怒りももっともだと思ったのか、意外にもアイリスは「どうぞ」とだけ言って頷いた。
なので目の前のメイドに向かって全力で拳を打ち込み――床に叩きつけられた挙句に腕を取られて押さえつけられている。
取られた腕が本来曲がるべきではない方向にしっかりと決まっており、力の差も相まってが脱出できる気がしない――というかビクリとも動かない。
痛みを訴える俺が床をぺちぺちと叩き降参の合図を送る。
「ご安心ください。胸で手を挟み込んでおりますので痛さと気持ち良さでイーブンです」
「関節キメてる側が言うセリフじゃないよなぁ!?」
それからしばらくは肉体言語にて不満を投げ続けるも、いつの間に変則的な訓練となってしまい、気づけば気を失っていた。
俺が目を覚ましたのはプライムコロニーに到着したことを告げるアナウンスで、着艦間際のタイミングだった。
「予定していた荷の積み込みが始まります。完了まで26時間はかかると思われますが如何致しますか?」
「取り敢えずインプラントの位置を吐いてもらおうかな?」
兎にも角にもこれをどうにかしない限り安心して眠れない。
どのような条件付きになっているかは定かではないが、こいつを通して脳に直接知識をぶち込まれるなど幾ら何でも怖すぎる。
「先に言っておきますが取り除こうとすれば爆発します。もしかして機械化がお望みですか?」
それでは早速と返事を待たずに俺に手を伸ばすアイリス。
その手を叩き落し残念そうにしているメイドを睨みつける。
「御主人様がメイドジョークを理解してくれない」
「ジョークで肉体を機械化されて堪るか」
この無駄なやり取りに憮然とする俺がいつものジャケットを掴み外へと出る。
それに当然のようについてくるアイリス。
「ただの挨拶回りだ。ついてこなくていい」
「ダメです。現状御主人様を狙う者がいなくなったわけではありません。そういうセリフはご自身を自分の力で守れるようになってから言ってください」
俺は舌打ちをすると後ろからついてくるメイドを引き離すように足早にギルドへと向かった。
「……なんであんたたちがここに来るのよ?」
そこにいたのは今回の仕事の依頼主の一人シェリア・ハーバー。
応接室でフリエッタと仕事の話をしていたところに秘書の女性から案内される形で入室する。
「ただの挨拶。それとこれが予定航路。ワホー星系を経由してモーリモン、リカーに向かう」
「ちょっと、うちの商品運ぶのに海賊多発星系通るのやめてくれる?」
フリエッタに渡すものを渡してさっさと退散する予定だったのだが、シェリアが予定航路に口を挟んでくる。
「問題ない。こっちはクラス5の兵装だ。海賊程度じゃどれだけ集まったところでシールドすら突破されない」
「万一があるでしょ……クラス5?」
自分の耳を疑うように聞き返すシェリア。
これには俺も思わず「しまった」と心の中で口を滑らせてしまったことを後悔する。
「ワケあり品だが性能は軍用だ」
「誤魔化せるわけないでしょ。どんな事情で軍用兵装を所持しているのよ」
そっぽ向く俺に詰め寄るシェリア、そこに乱入するかのようにメイドが割って入る。
「うるさい大盛ですね」とシュバッと近づいたアイリスが、前回同様谷間を強調しているシェリアのドレスの胸元を掴んで無造作に引きずり下ろした。
ギャー、という悲鳴を上げたシェリアが飛び出した大きな胸を抱え込むように座り込む。
「御主人様を煩わせるな大盛」
「訴えるわよ、あんた! しかもなによ、大盛って!?」
そのままですがなにか、と見下ろすアイリス。
そして何故か睨まれる俺。
恐らく監督不行き届きとでも言いたいのだろうが、俺にそんな責任はない。
そもそも帝国の法に照らし合わせれば機械知性体は「個人」として扱われる。
なのでこのメイドのやらかしの責任を問われる謂れはない。
だが俺が何か言わなければならない場の空気というのはひしひしと伝わってくる。
本来ならこの場を収めるべきフリエッタが、あろうことかシェリアの乳をガン見していて職務放棄中なのだ。
「あー、なんだ。俺もどちらかと言えば巨乳が好きだし。大盛でもいいんじゃないか?」
問題があるとすれば、生身の女と会話をする機会の少なかった俺には少々難易度が高かった。
「ふざけんな、バーカ!」
シェリアはまるで子供の喧嘩のように捨て台詞を吐いて泣きながら逃げ出した。
ミッション失敗である。
「お前なんてことしてくれんの?」
「御主人様のフォローのお陰です」
ポイントを加算するアイリスに責任を押し付けようとするも当然のように返してくる。
「そういうことだから後任せるわ」
仕方がないので残念そうに大盛を見送ったフリエッタに丸投げすることした。
ええ、という情けない声を漏らすフリエッタに背を向けて応接室を後にする。
乳ばっか見てて何もしなかったんだから後始末くらいはやってくれ。
余談だが仕事のキャンセル等はなかったが、武装輸送商会宛に大量の抗議メールという名の嫌がらせが送られてきた。
それに対応しようとしたアイリスに俺が待ったをかけて送信しようとしたファイルをチェック。
そこには77cmから95cmへと成長する誰かさんのバストの記録が写されており、俺はこのファイルを握り潰すことで今後の憂いを断つことに成功した。
(ファミチキください)




