28:滅びの真実
「旧文明が、負けた……?」
現在と比べ、技術力に圧倒的な差をつけるほどに発展していたディーエ・レネンス管理機構が勝てなかった。
この事実が何を意味するか?
そして何故旧文明が滅びの時を迎えるに至ったのかを知った俺は愕然とする。
旧文明ですら歯が立たなかった相手がもう一度現れたら?
答えは言うまでもない。
「ディーエ・レネンス管理機構を滅ぼした化物が、また現れるってのか!?」
「アナザーはマスターを滅ぼしてはおりませんよ?」
予想していた返答と違ったことで、俺は「え?」と間の抜けた声を出す。
「あくまで艦隊が壊滅しただけですので」
俺の早とちりを頬を手に当て流すアイリス。
そこに補足説明をするように「それに」とアイリスが続ける。
「実際のところ『滅亡した』という表現は誤りです。正確には『表舞台に出てこなくなった』が最も近いと思われます」
「ということは……まだディーエ・レネンス管理機構は存在している、と?」
俺の言葉にアイリスが頷く。
「我々のマスターは物質世界に限界を感じ仮想世界へとその居場所を変えただけです。ただ一つ問題がありまして……その仮想世界には我々が入ることを許可されることはなかったのです」
それどころか仮想世界の本体が何処にあるのかも不明らしい。
旧文明が滅びた、という表現はあくまで「観測者がいなくなった」ことからきている表現だというのがアイリスの説明である。
ここから推測されることは山ほどあるが、とてもではないが俺の手に負える話ではなく、またこの情報に対しては秘匿義務が課せられることになるだろう。
「そんな情報を話してよかったのか?」
「普通はダメです」
きっぱりとアイリスは否定する。
「なので御主人様が口を滑られせてしまった時のためにインプラントを埋め込んでおきました」
「人の許可なく何埋め込んでんだよ!」
「うっかり喋らなければよいだけです。緊張感が増えますよ。やったね御主人様」
命軽すぎだろ、と崩れ落ちる俺を目にもとまらぬ速さでサッと支えるアイリスが耳元で囁く。
「ご安心ください。脳は吹き飛びませんので義体を用いれば問題なく私が操作可能です」
「本音ぇ!」
しまった、とわざとらしく口を手で覆うアイリス。
このやり取りは何度目だ?
「……もう話を戻すぞ」
「わかっているなら早くしてください。いつまでコントをやらせる気ですか?」
本当にダメな御主人様ですね、とこれ見よがしにポイントを加算するメイドが溜息を吐く。
「お前が言うな」と喉から出かかった声を呑み込み、拳を硬く握って話を戻す。
「サイオン関係の注意事項はわかった。ぶっちゃけそっち系の依頼を受けない方針なら問題は起きないな?」
俺の質問にアイリスは「それなら大丈夫でしょう」と頷く。
「では続いての注意事項です」
まだあるの、と露骨に嫌そうな顔をして見せるがアイリスはこれを華麗に無視。
いつもより大きなホロディスプレイが出現し、そこに映し出された生物のようなものを指して説明が始まる。
「所謂『宇宙怪獣』についてです」
このまともなお題目には俺も一安心。
確かにこのアトラスでも宇宙怪獣は危険な相手である。
注意するのも当然だと頷くとまたしても爆弾が投下された。
「現在帝国が確認している宇宙怪獣は全部で6種。ですが我々が計13種確認しており内4種を根絶しております」
「あー、データにない宇宙怪獣か。そりゃ注意も情報も必要だ」
まさかの未確認怪獣の存在に驚きよりも危機感が前に出る。
一度でもあれらとの戦闘を経験しているなら、この反応は恐らく当然だろう。
俺が……というより帝国も知らない残り3種の情報だろうとアイリスの次の言葉を待つ。
「帝国にも情報のある分は後回しに致しますのでご了承ください。まずはこちらに映る『アトモス』と呼称される宇宙怪獣ですが――」
ホロディスプレイに映る白と黒の斑模様という珍しい配色の捻じれたリング状の宇宙怪獣。
俺が知るものからすれば随分と見た目がコミカルで危険度自体はそれほど高くはなさそうに見える。
それでも注意喚起を促すとなれば、何か特殊な能力を持っているのだろう。
そう判断し、真剣な表情でアイリスの説明を聞く。
「このアトモス。マスターが『第一種特定危機』と認定しました。つまり対処不能です」
その簡素な説明に吹き出す俺。
いきなり旧文明でも対処できない怪獣を出してくるアイリスが「汚いですよ」と吹いた唾をサッと払う。
「超位次元生命体と分別されるアトモスですが……一言で言えば先に話したアナザーの完全上位互換の存在です。次元を歪め銀河を超えることに他者の介在を必要とするアナザーと違い単独での次元航行を可能とする現在唯一確認されている存在です。幸いこちらから仕掛けない限りは漂っているだけの害のない物体です」
出会ったら逃げましょう、と締め括るアイリスに俺は手を上げて質問の許可を求める。
「対処不能、というのは?」
実際に手を出したのだろうが、念のためにその辺りも聞いておく。
「マスターが言うには『何アレ、ムリムリ。絶対無理。意味わかんない』だそうです」
セリフの部分が録音された音声らしく、アイリスではない別の誰かの声だったのはさておき、答えになっていない答えに脱力する俺に残る2種の説明が追い打ちをかける。
観測不能個体:ネレイド
アトモス同様第一種特定危機。観測できないが存在はしている。座標を同一とすることで侵食、もしくはあちら側に引きずりこまれ観測できなくなる。生きたブラックホールとも考えられていたそうだが実態は不明。小惑星サイズなのでかなり接近すれば兆候を過去のデータから察知できるので回避は可能。
複製変異位相体:クラウド
見た目は小規模なガスの集まりだが、接触したものを延々と複製し続ける謎の何か。旧文明でも「よくわからん」の一言で片づけた本当によくわからない何か。複製されたものが生物の場合は必ず対象が死亡しており、何らかの因果関係はあると思われる。
出てきたものが全部対処不能ということにげんなりとする俺。
そこにアイリスがそっと近づき囁いてくる。
「御主人様は知っていますか?」
何が、という言葉を発さず、視線だけで返事をする。
「宇宙って怖いんですよ?」
だから安全に奉仕される日々は如何ですか、と唐突なセールストークにがくりと項垂れた俺が呟く。
「まさかそれをするためだけに嘘ついてないだろうな?」
すると両手を軽く上げて大袈裟に驚くポーズを取るアイリス。
まさかそうなのか、という予想外の展開かと思いきや、感心したかのようにアイリスが拍手を送ってきた。
「御主人様。思いつきで口にしたとはいえその感性は称賛に値します」
意味がわからず煙に巻くつもりなのかと追及しようとした矢先、アイリスが俺の口を人差し指抑えて黙らせる。
「機械知性体とAIの違いはわかりますか? 傍から見れば同類のように映るかもしれませんが我々には明確な違いが存在します。その最たる例が『嘘を吐くこと』と言われております」
ちなみに先ほどの話は本当です、と優雅に一礼したアイリスが微笑む。
何がそんなに嬉しいのか、それからは終始笑顔のまま残りの既知の怪獣の話を聞いた。
基本的に帝国が解明している部分だけの説明となったが、アイリスが「ご褒美」と称してまたとんでもないことを口にする。
「そう言えば御主人様が借金を背負うことになった宇宙怪獣との戦闘の件ですが――」
その一言で思い出したくもないあの日の出来事が俺の脳裏に蘇る。
全てが再び狂わされた事件にすらならなかった一件。
「事の真相をお知りになりますか?」
ただの一人の傭兵に全ての責任を被せた敗戦の記録の真実を前に、俺は深く息を吸うと真っ直ぐにアイリスを見つめ首を横に振った。




