3:潜入
コロニーに接続されたステーションへと繋がる道を走る。
ファーストフード店で見つけた学生と思しき青年に声をかけた俺は、1000Crの入ったカードを手渡しこう言った。
「すまない、怪しい連中に追われている。しばらくの間……一時間でいいから俺の服を着て、店内の外から見える位置で時間を潰してくれ。後は好きにしてくれて構わない」
その後はトイレで服を着替え、着ていた服を袋と一緒に彼に手渡すと店員を騙して裏口から脱出した。
そしてようやくステーションへと辿り着き、傭兵時代に知った非常口から入港のチェックを抜けて中へと入る。
これで罰金確定だ。
(ステーションには入ることできた。ルートは……大丈夫、覚えている)
ここでもトイレへと真っ先に移動し、人の流れの中に入り込めるようにタイミングを計る。
最初の目的地はステーションのターミナル。
そこから見えるドッグの中に俺が購入したことになっているアトラスがあるかどうかを確認する。
(……警備員の動きに違和感はなし。まだ気づかれていないとみるべきか?)
人混みの中を溶け込むように俺は歩く。
流れに逆らうことなく進み、それとなく左右を確認しながらドックを一望できる場所を探す。
既に無重力区画には入っている。
人の数もまばらとなり、注視すれば俺であることなど簡単にわかる状態だ。
それでも足を止めるわけにはいかない。
先へ先へと進み、シップの発着場が見える待合室に到着した。
「……ない」
当然と言うべきか発着場に戦艦などあるはずもなく、見える範囲ではドックの中にもそれらしい船はない。
可能な限りドック内部を上から眺めてみたが、アトラスは疎か、戦艦らしきものの姿は確認できなかった。
やはりあのサイズの戦艦はこのステーションには大きすぎたようだ。
ならばやることは一つ。
外に船があるかどうかを確かめる。
そう意気込んだところであっさりとアトラスが見つかった。
(まあ、あれだけでかけりゃ嫌でも目立つか)
外を見るための展望スペースではしゃぐ子供が指差すその先――検索時に見たままの姿の船がそこにはあった。
やはりドックに入れるには大きすぎたらしく、ステーションに横づけされた状態でアトラスはその巨体を宇宙に漂わせていた。
あのアトラスが俺が購入したことになっている船である可能性は高い。
一部の重要拠点にのみ配備されているはずのものがどういう理由かはらからないが、ここにある。
なのでこれは決して根拠のない希望的観測ではない。
そして外にあるというなら外に出るだけだ。
中に入ってさえしまえばやりようはある。
俺が行くべき場所は決まった。
ここからは隠密行動が限界となる。
何せ向かう先は従業員や作業員のスペース――つまり関係者以外立ち入り禁止の区域。
全く無関係の人間が入り込もうとすれば各種チェックで立ち往生は必至。
それを強行突破する外ないのだから部外者の存在がバレるのは時間の問題と言える。
しかも宇宙に出るためのスーツと戦艦に取り付くための作業用の何かを拝借しなくてはならない。
前科が増えることは間違いなく、最悪その場で発砲される危険はある。
当たらないことを祈るしかないが、比較的前線基地からは距離がある星系なので武装の質が低いことを願うしかない。
つまりどうにもならないのでやっぱりお祈りする。
「ダメだ、無理な気がしてきた」と弱気になるが最早手遅れ。
時間がないので綿密な計画は無理、という判断からこうして強硬手段を取るに至ったわけだが……流石に従業員用スーツがこんなに簡単に手に入るとは思わなかった。
おまけにIDカードを残したままなのだから、この「アインセル」という男性は一体何をやっているのか?
(鍵がかかっていない更衣室に放り出された作業着。こうも都合が良いと何かあるんじゃないかと疑ってしまうな)
着替えた俺はヘルメットを操作し、シールドを下ろすとそのまま顔を隠すように若干俯きながら通路を進む。
足に描かれた微妙にダサくてでかいスーツ会社のロゴが視界に映る。
見たことがない会社のものなので多分安物だろうな、と感想を漏らしたところで前方に人の気配を感じた。
無重力ブロックとはいえ、作業員用の通路ならばどっちが上でどっちが下かくらいのルールはある。
同じ作業着の人と何度かすれ違いながらも首回りをチェックし、バックパックの酸素残量を再度確認しつつ床を蹴り上昇する。
その先にあったのは宇宙空間で移動するための手段。
「充電中のブースターパックか」
少し離れたところにコックピットを開けた作業用モービルに乗った男と話す誰かが見える。
エネルギーの残量とハッチの位置を確認すると、充電中のブースターを掴み取り、繋がったケーブルを引っこ抜く。
手にしたブースターをバックパックに装着し、折り畳まれていたブースターが展開すると青白い光を放ち俺は無重力空間を飛び立った。
後ろから「おい!」とこちらを制止する声が聞こえたが、それに振り返る暇などない。
そのまま逃げ切って目的地に辿り着くなり手に入れたIDでハッチを解放。
自動で閉まるハッチを横目に、宇宙空間へと繋がる通路を伝って外へと出る。
周囲を見渡しアトラスを探すと少し距離はあるが、確かに先ほど見た船影の一部を確認できた。
「……あっちか」
心なしか呼吸の音が大きい。
ブースターの出力を少しあげ船へと近づく。
そしてステーションに点滅する赤い光が幾つも見えた。
(もう警報が鳴っているのか)
どうやら時間はあまり残されていないようだ。
ようやく船体に触れることができたのはいいのだが……あまりに大きい。
「こいつの非常用ハッチを探すのか……」
これは少し無謀だったか、と思い始めてきたところで見つかった。
事前に得たデータでは艦の詳細情報は得られなかったので、出たとこ勝負になると予想していたが、こうも簡単に発見できるとは思ってみなかった。
そちらに飛んで端末をセンサーに押し当て、認証キーを入力すると非常用ハッチが開く。
開かない可能性も十分あったが、どうやらこっちの変更をしないままに認証キーを渡していたようだ。
俺がここまで辿り着くことはないとの油断か?
それともただ時間が不足していたからか?
理由の考察は後にして、今は兎に角内部に入る。
中に入ると同時にハッチが閉まり、薄暗い艦内を見渡しながらバックパックに取り付けたブースターを解除する。
この手の物を艦内で使用すると何かしらのセンサーに引っかかる恐れがある。
最新型なら尚更慎重にいくべきだ。
そう思いながら通路に出たところで小型のロボットが俺の前に立ち塞がった。
「げ、ガードロボ!?」
こちらを確認するなりキュインと小さく音を立てて銃口が出現。
機種は不明だが四脚型のガードメカなら、その攻撃方法は機銃による掃射が真っ先に思い付く。
「待て、撃つな! 認証キーがある。俺はこの船の正式な所有者だ!」
両手を上げ、敵意がないことを示しつつ、端末に表示されたままになった認証キーをガードロボのセンサーに引っかかるように動かす。
しばらくピーピーと音を立てていたガードロボが警告音を解除し、巡回ルートへと戻っていく。
「あっぶね……ここまで来て蜂の巣は冗談じゃないぞ」
だが、今のでわかったことがある。
この認証キーは元々この船についていたものだ。
それをそのまま企てに使う理由はわからないが、このミスは致命的だと言わせてもらう。
急ぎブリッジへと移動、アトラスを起動させる必要がある。
良くて立て籠もりからの総督、または統治者との直通通話と思っていたが、これならばそれ以上を間違いなく狙える――と考えたのだが、ブリッジまでが意外に遠い。
全長1km越えの銀河でも最大クラスの船という肩書をこんなところで痛感させられる。
とは言え、それは大きく突き出た二門の特型の主砲故のサイズ。
(それを除けば……いや、やっぱデカいわ。というか通路長!)
前へ前へ、上へ上へと進んでいるがブリッジへと中々辿り着かない。
いい加減焦りが見え始めたところでようやく到着。
早速アトラスを起動させたのは良いのだが……やはりこれだけ大きいと立ち上がりに時間がかかる。
「早くしてくれ」とバンバン両手でコンソールを叩くが、当たり前のように何の反応も示してくれない。
動かすことさえできれば、後はこの星系から離れるためにハイパーレーンへと自動航行で向かう。
ハイパードライブを起動し、別の星系まで逃げることができれば後はひたすら交渉だ。
交戦してステーションに被害が出ようものなら弁明など不可能。
ここから一刻でも早く離れなくては俺が望む未来はない。
「そのためにも、できるだけ早く動いてくれよ……」
馬鹿みたいに広いブリッジから見えるステーションを見ながら、生命維持装置を起動するためにコンソールに添えた手を動かす。
そしてブリッジに明かりが灯るや否や管制室から通信が入った。
「貴様! そこで何をやっている!?」
映し出されたのはちょび髭のオッサン。
それを無視してまずは生命維持装置を起動される。。
同時にアトラスを自動航行モードへと設定し、最寄りのハイパーレーンを指定する。
到着までは16時間――この船の鈍足っぷりを考えれば異常な早さ。
(流石、ハイパーレーンに近すぎることで有名なイラスティオン星系のステーション。これなら隣接する星系まで移動するのも現実的に思えてくる)
管制室からの通信を無視して黙々と作業する俺を業を煮やしたのか、巨大モニターに映るオッサンが唾を飛ばして叫んでいる。
「答えろ! その船は貴様のような輩が乗っていい船じゃない! 今すぐ降りろ!」
「はあ? 私が買った船なんだから乗って何が悪いんですか? 認証キーを使って正規の手順で起動させてるのがわかりませんかね?」
「嘘を付くな! 一民間人が、最新鋭の軍用艦を買うことなどできるはずがないだろう! さっさと降りろ! でなければ他国のスパイとして扱うぞ!」
まあ、管制官程度とは話しても意味がない。
だが時間稼ぎをするには打ってつけとも言える。
「しかしですね、この船は確かに私が購入したものなんですよ。降りろ、と言われましても買った船の試運転くらいはさせてください。話があればそれから聞きますんで」
あと俺は他国のスパイではありませんよ、と携帯端末を使って自分の帝国IDを提示。
どうせすぐに調べられるのでこちらから先に提示しておく。
ついでに取引記録も見せてやり「自分には何もやましいことがない」とついさっき幾つもの前科を作ったこと棚に上げて太々しく対応。
「……ふざけたことを! 元傭兵の一市民が、戦艦なんぞ買えるわけがないだろう!」
「でも買えちゃったんですよねー」
相も変わらずモニターに映るオッサンを見ることなくコンソールを操作し、ようやく動き出したアトラス。
船がでかいから一人で運用するのは無理だな、と溜息を吐いたところで向こうもこっちが動き出したことを確認したようだ。
「逃がすと思っているのか! もういい、防衛部隊を出せ!」
「ちょっとちょっと、こっちの話も聞いてくれる?」
一方的に通信が切られ、武力行使を宣言されたことで少しばかり焦ってしまうが、前線から距離のある星系に配備されている部隊なんぞ、型落ちなのは間違いなく、海賊の相手をするのが精々だろう。
となれば、シールドを展開して全速力で逃げればハイパーレーンまで到達できる可能性も十分ある。
最悪は緊急措置としてハイパードライブを起動させる手段もあるが……安全を確認されているハイパーレーン以外でのハイパードライブ航行など自殺行為に等しい。
頭を過った案を即座に否定し、状況を整理する。
(この状況でこちらの話も聞かずに強硬手段を敢行する――となればここの責任者、あるいは統治者が黒幕と考えるしかない。だとしたら、この船を俺に売った相手はやはり貴族か!)
少なくともアトラスを買えるだけの財力と、艦隊の編成を義務付けられている爵位を考慮すれば、相手は間違いなく子爵以上であることは確定。
大方買ったは良いが運用できず、さりとて簡単に処分できるものでもないアトラスで一儲けしようとでもしたのだろう。
幾ら貴族とは言えこんなものを買えば財政は圧迫される。
「金に困った貴族がやりそうなことだな、おい!」
こうなると向こうも船には用があるので撃沈される恐れはない。
つまり侵入さえされなければどうにかなるような気がしてきた。
だが結局は運試し。
それに気づいた時、俺は「これは無理かもわからんな」と表情を暗くした。
TIPS
バレア帝国のコロニーの形は円筒状。その両端にステーションが接続できるようになっており、そこから別のコロニーを接続することで居住区画を増やしていく。技術の進歩はあれど、この形式は昔から踏襲されており、コロニーの接続数が規模の目安となっている。1つだけなら辺境、二つで主要星系への接続地域、三つ以上で都会や重要拠点付近。
簡単な用語解説
ハイパードライブ:超光速移動を可能とするSFチックなアレ。膨大なエネルギーを必要とするため、これの前後はシールドすら展開できないことが多い。
ハイパードライブ航行:上記を使用した星系間移動方法。事前に色々設定する必要がある。
ハイパーレーン:上記を安全に利用できる航路。ここ以外で使用すると惑星等に衝突する可能性があり、極めて危険。