27:アトラス発進
シャトルから降りて固まった体をほぐすように体を伸ばす。
同星系のステーション間の移動で丸一日かかるのはやはり時間がかかりすぎではないか、と思う。
民間機ということで速度があまり出ないのはわかるが、重要施設があるとはいえこの速度制限は少々不便に感じてしまう。
しかしそれも些細な事。
今は改修したアトラスの受け取りで頭の中はいっぱいだ。
手を加えた船を受け取りに行くこの時間は何度経験しても胸が躍る。
「御主人様も男の子ですね」
「唐突に人の胸中を口に出すのやめてもらえる?」
俺の反発にアイリスは「顔に出ております」と自分の頬を両手でムニムニする。
そんなに出ていたのか、と自分の頬に触れて確認。
アイリスが頷いてポイント加算した。
「さらっと人を騙すのもやめよう」
「残念。フェイクです」
そう言ってくるりと回転させて見せてくれたホロディスプレイに表示されていたのは、これから受け取るであろうアトラスとその周囲の作業風景。
「このメイド……」
「メイドですがなにか?」
すまし顔で返すアイリスに何を言っても無駄だと早々に諦める。
今はアトラスを優先する時だ、とステーションを足早に進む。
ドックに到着したところでタイミングよくダールと遭遇。
それから間もなくあの時の役人風の女性も合流し、引き渡しも滞りなく終わった。
「出港は最低でも3時間後。補給が完了すれば連絡するが、こちらの指示があるまでは出るな。あとはステーションから離れるまでは制限速度を遵守しろ。金の方はこっちだ。ここで確認しろ」
ダールは相変わらず言うべきことをさっさと言って終わらせる。
差し出されたボードを指で操作し、差し引きで560万Crのプラスとなっていることを確認。
数は少なかったとは言え流石はクラス5の実弾武装。
素材の分もあったが改修費用を払ってなおこの黒字である。
俺は頷きボードに表示された「同意」を押して取引完了。
口座に入金されたことを確認し、ダールと握手をすると彼はさっさと行ってしまった。
役員風の女性が頭を下げるが、それを手で制してアトラスへと飛ぶとアイリスも俺に続く。
やはり無重力は落ち着く。
(……待て、スカートだよな?)
思わずこちらに向かって来ているアイリスに視線を送る。
俺のアイコンタクトを受け取ったアイリスが微笑み頷いた。
「勿論履いておりま――」
「捲らなくていい!」
ギリギリ制止が間に合った。
危うく評判というダメージを受けるところだった俺は安堵の息を漏らす。
同時に聞こえてくるのは小さな舌打ち。
「狙っていたのか? いや、狙っていたな?」
「御主人様。扉にぶつかりますよ。早く入って中を確認致しましょう」
俺の追及など見て見ぬふりで先を勧めるアイリス。
不毛な争いに発展しても場所が場所なので俺に不利である。
溜息を一つ吐いてアトラスに入ると、早速改修した部分を見に行く。
するとそこは見事なまでの空洞となっていた。
「おお……前の船が幾つ入るんだ、ってくらいのスペースだな」
「詳細はこちらとなります」
スッと差し出されたホロディスプレイに映るアトラスの図解。
「なるほど、こうなったか」
奇麗さっぱりなくなった艦載機用のハンガーと搭乗員用の住居スペース。
貨物室は通常時は4つに区切られており、隔壁を解放することで大小二つのカーゴスペースと変更することもできる。
変形はロマン。
基本的には用途に分けて使い分けるつもりであり、高額の物品程それに相応しい扱いが求められるための措置でもある。
また今はまだ構想の段階ではあるが、帝国からの依頼での要人移送なども引き受ける予定がある。
要するにこのアトラスの内部を全て見られても問題のない人物を相手にした限定的なサービスとなるが、国家からの依頼が安いはずもなく、内容次第では結構な稼ぎになると見ている。
これについてはアイリスの方からもお墨付きを得ており、それはそれは良い笑顔で「御主人様ならば必ずや厄介で面倒な依頼が舞い込んでくることでしょう」と言い切られた。
その分儲かることも後付けで保証してくれたが、こいつのこの妙な方向への信頼をどのように裏切ってやろうかと思案するも、自分の運の悪さは自身が一番よくわかっており、ただ溜息を吐くばかりである。
全ての改修部分や結構な変更がなされた住居区画を見て回っていると結構な時間が経過しており、作業員から「補給が完了しました」との連絡がくる。
後は出港許可を待つだけとなり、ブリッジにて待機となる。
待機時間はありがたいことに1時間もなく、ブリッジに管制室から通信が入り出港許可が出たことを告げられた。
「それでは……アトラス、発進!」
俺の言葉でゆっくりと動き出すアトラスは鈍重なドレッドノートと言えど最新型。
おまけに改修で色々取っ払った上に荷物はなし。
これならば快速として名を馳せるタイタン級の本領を発揮できるはずだ。
「速度制限がありますのでプライムコロニーまで18時間となります」
「……速度制限なんか嫌いだ」
あっさりと制限に引っかかると出鼻を挫かれた。
逆を言えば速度が制限されるくらいには出せる。
次に最高速度を出せる日は何時になるのやら。
「ま、後は自動航行に任せてもう少し船内を見回ろうかね」
改修したての船ならば当然とばかりにウキウキで艦長席を立って扉へと飛ぶ。
そして扉を開けると目の前にはアイリス。
思わず後ろを振り返るとそこにもアイリスの姿。
「メイド忍法分身の術です」
「いや、ホログラムだろ。何言ってんだお前?」
アイリスは舌打ちするとブリッジにいるホログラムを消去する。
ポイントの加算がないことから単に失望しただけのようだが、お前は俺に何を求めているのか?
先ほどまでの声の発生源に違和感がなかったことに技術の無駄遣いを感じるが、出入り口を塞がれているためブリッジからは出られない。
取り敢えずどいてくれないと出ることができない、と手振りで示すがアイリスは動いてくれない。
怪訝な表情を浮かべる俺にいつもの無表情なアイリスが用件を口にする。
「これから本格的に依頼を受けて仕事をする前に一つ注意事項がございます」
何かと思えば唐突な確認。
忘れていることでもあったか、と思考を巡らせるが特に思い当たる節はない。
「それはサイオン教会が関与する依頼についてです」
「なんでまたサイオン?」
思いがけない注意点に反射的に俺は聞き返す。
サイオニックの総本山がいきなり出てくる理由が思いつかず、首を傾げる俺にアイリスが淡々と説明をしてくれる。
「サイオニック関係は我々アルマ・ディーエとは明確に意見が異なる存在です。はっきり言ってしまえば敵対すらしております。よって私との契約でそれらの利する行為を原則禁じております」
「あー、そう言えばそういう項目もあったような……」
ようやく思い出した契約事項にサイオニック関連の禁止事項が確かにあった。
内容自体はそこまで厳しいものではなく、主に特定事項に対する接触、接近の禁止だったと記憶している。
その確認をしたところアイリスは満足そうに頷く。
「サイオニック技術自体はディーエ・レネンス管理機構が宇宙へと上がる前から存在している古い技術です。しかしその解明は未だ行われておりません」
かなり謎が多いとは聞いていたが、そんなに古くからあるものだったのか、と初めて知った内容に感嘆の声が漏れた。
「問題はその力そのものではなく『サイオニックパワー』と称される力を使った代償にあります」
「え、あれってなんか代償とか必要なものだったのか?」
聞き返す俺に頷くアイリス。
「何が必要なのかは我々もはっきりとは確認しておりませんので確たることは言えません。ですが極めて危険な力であることに違いはありません」
「その言い方だとまだ疑惑の段階のようにも聞こえるが……」
「我々のマスターが残した観測情報から『何か』が消費されていることは確実です。それが何なのかが未だ不明なのです」
まさかの旧文明でも未解明の案件だった。
それは知って良いものなのか、という疑念が顔に出ていたのか、アイリスはわざとらしく「しまった」と口を手で覆う。
「知らなかった方が幸せだったかもしれません」
どうしましょう、という声の棒読み加減に伸びた手がアイリスの頬を摘まむ。
「残念。頬を引っ張られたところで普通に喋ることが可能です」
「意図してねぇよ」
ただの怒りに任せた反応だと言わんばかりに頬を引っ張るがアイリスは無反応。
それどころかお返しとばかりに爆弾を投下してきた。
「話を戻しますがその消費された何かが原因で呼び出される可能性があるのです」
「……何が?」
そして俺は人類が誰も知り得なかった事実を知ることになる。
それは何故栄華を極めたはずの旧文明が滅んだのか、という銀河最大の謎に迫る新事実だった。
「我々はそれを『アナザー』と呼んでいます。かつてサイオニック技術の実験の果てに出現した別の銀河からの侵略者。ディーエ・レネンス管理機構の艦隊すらも滅ぼした破壊の権化。サイオニックの使用はこのアナザーを呼び寄せる引き金となっております」
TIPS:主義主張
サイオンは機械知性体を「魂を持たない人工物風情が知的生命体を名乗るな」と否定し、機械知性体はサイオンを「物理法則を無視する不可解で安全性も認められない力を振るう危険極まりない最も愚かな生命体」として否定している。




