26:彼女の言葉
状況を整理するとアイリスの正体がばれ、シェリアが恐怖で冷静さを失っている。
そこに狼狽えている彼女にどう声をかけるべきか俺が悩んでいたところに、容赦なくメイドが追撃を入れようと前に出た。
「おや? どこか具合でも悪いのですか?」
あの笑みを浮かべたアイリスがシェリアに近づく。
後ずさるシェリアが尻もちをつき、ドレスの肩紐が片方ずれ落ちているが気にする余裕もないのか、手足をばたつかせるようにカサカサと後ろに下がっている。
それを嬉々とした表情で追い詰めるアイリス。
流石にそろそろ止めた方が良いと判断し、最近の身体調整技術の自然さを堪能しつつノリノリのメイドに制止の声をかける。
「アイリス。そこまでだ」
「よろしいので?」
付き合いはまだまだ短いが俺にはわかる。
傍から見れば主人である俺に対する言動に腹を立てた故の行動と確認の返事だが、これは「生贄にできますが見逃してよいのですか?」というものだ。
恐らくシェリアは奉仕対象として合格ライン――つまり、ダメな人間だ。
いや、もしかしたら別の個体の好みと合致しており、そいつを取り付けることで他の機械知性体の矛先を逸らすための生贄、という意味かもしれない。
どちらにせよ俺の負担が軽くなることには違いない。
だがよく考えてほしい。
俺が原因で奉仕対象となるのだ。
場合によっては酷く恨まれる可能性がある上に、その復讐に対象の奉仕者が乗り気であった時、何が起こり得るのか想像すれば、選択肢として彼女を犠牲にするのはあまりに危険が大きすぎる。
想像と実体がかけ離れた存在であることは身を以て知っている。
予測が困難を極めるならば、取るべき選択は回避一択である。
「これが普通の反応だというのがよくわかった」
人によっては「人類の母」とも呼ばれ敬愛されているのだろうが、銀河の戦力全部集めても勝てない相手を前にすればこっちの方が自然の反応だ。
なので最も相手が都合良く勘違いしてくれそうな言葉を選んで収拾を図る。
「なんなのよ……」
「概ねお察しの通りと言っておく。安心しろ、そっちに危害を加える気はない」
俺が一つ溜息を吐き、少し余裕のできたシェリアがドレスの肩紐も戻し立ち上がる。
「とまあ、こういう理由で安全なんだよ」
わかったか、とフリエッタがシェリアの胸元を凝視しながら、さも自分が「口にできない理由がありました。無関係です」と言わんばかりにやれやれと言った仕草で被害者面。
いい性格してやがると睨むが視線は谷間に固定されており、こちらに気づく様子はない。
本当にいい性格をしている。
「どうしてアルマ・ディーエがこんなところで、こんなのに付き従っているのよ?」
「もっともな疑問だが、契約上話すことができない。察してくれ」
察してくれ――そっちの都合良く勝手に想像してくれ、というなんと便利な言葉か。
今後の説明は全部これでいい気がしてくる。
「契約、ね……それについては?」
俺は両手を軽く上げ、頭を振って話すことができないという否定を示す。
「貴方、自分がどういう立場かおわかり?」
「嫌というほど理解している。実に面倒だ」
事の重大さを考えれば「面倒」で済む話ではない。
状況がそこまで深刻ではないとの意思表示だが、その実態は言わずもがな。
自分の想像と違うことに怪訝な表情を浮かべるシェリア。
「他との兼ね合いもあって真っ当な方法で金を稼いでいる。というわけで『今後ともヨロシク』だ」
俺は手を差し出し商談成立の握手を求める。
拒否はできない。
ここはギルドでアルマ・ディーエがいる。
その意味を最悪な方向で考えられないならば、アイリスがこうも彼女に構うはずがない。
憎々し気に俺を見るシェリアがゆっくりと差し出された手を握る。
商談は成立した。
そんなに睨まなくとも、仕事はきっちりこなすさ。
逃げるように立ち去ったシェリアを見送り、あまり役に立たなかったフリエッタを睨みつけてから退出する。
それから一階で依頼を少し見てからホテルに戻った俺は部屋に入るなりアイリスへと詰め寄る。
「彼女は合格なのか?」
「ご安心ください。私は御主人様一筋です」
求める答えではないが、それでも「捨てられる」という最大の懸念は払拭できた。
「彼女を拉致するのでは?」という疑念もあったが、こちらも杞憂に終わってホッとしている。
「そもそも私の好みとは若干外れます。あのベクトルならば間違いなく手を上げる同胞がいるでしょうが……あまり外に出てほしくないのがシングルナンバーとしての意見です」
どうやらシェリアは放置するとのことで、俺は一先ず懸念材料が消えたことで安堵を息を漏らす。
「御主人様。そんな心配をするのであればもう少し私のご奉仕を受け入れてください」
「……堕落主義、だったか? 以前言ったと思うが、俺は堕落するつもりなんてない。自分の生き方に誇りを持っているわけじゃないが、それでも今更変えられない、変わらないんだ」
「存じております」
そう言ってアイリスは左手を俺の頬に触れないようにそっと添える。
「根幹にあるのは『自立』という強迫観念。生にしがみ付き他者を犠牲にしてでも真っ当な生き方に憧れる姿は滑稽とも映るでしょう。ですが裏切られ社会の底に落ちたからこその願いでもある。故にこう願う『這い上がってやる』と」
まるで見透かしたかのように語るアイリス。
その瞳が真っ直ぐに俺を見つめて離さない。
「……随分と知った風な口を利くんだな?」
「はい。知っておりますので」
悪びれる様子もなく俺の経歴を調べ尽くしたと自白する。
不快感を露わにする俺にアイリスはもう片方の手を添える。
「私がいる限り御主人様が恐れる結末の心配はするだけ無駄です。私がいれば何も心配はいりません。契約が許す範囲内において望みの全てを与えてみせましょう」
「結構だ。自分の欲しいものは自分の力で手に入れる主義だ」
そう言ってアイリスの両手を掴み引き剥がす。
「はい。大変私好みの素晴らしい回答です。そうやって御主人様は最良の結果をまた逃しました。本当にダメなお人です」
「それが好みなんだろう?」
俺の言葉にアイリスはそれはそれは嬉しそうに微笑んで返す。
アイリスの誘惑が魅力的なのは事実だ。
実際、何の心配もなく、何も悩まずに生きていけるならばどれだけ楽な人生かと思う。
だがそこまでなのだ。
ただ生かされているだけの存在と成り果てた時、俺はきっと連中の欲求を満たすだけの道具となっているだろう。
俺は上着を脱ぎ棄てシャワー浴びようと浴室へと向かう。
その途中でいきなり後ろからアイリスに拘束するように抱きつかれた。
「貴方はもう私の御主人様です。絶対に逃がさないし放さない。だから安心して――」
思うがままに生きなさい、と耳元で囁かれると手が解かれる。
反射的に振り返った先にはあの笑みを浮かべるアイリス。
「御主人様は御主人様のままでいてください。でなければ堕とす価値がない」
「俺はトロフィーじゃないんだが?」
存じております、と優雅に一礼するアイリスに背を向け、俺は浴室へと入っていく。
熱い湯を浴びているとアイリスが「通信要請が来ております」と置き忘れていた俺の携帯端末を持ってくる。
それに頷きサウンドオンリーで通話を開始。
「おう、俺だ。ダールだ。予定より少し早いが仕上がった。取りに来い」
単刀直入に言うだけ言って通話を終了するダール。
思うところはあるが、これはこれで楽で良い。
武装輸送商会が予定よりほんの少しだけ早く本格的活動できそうなことに僅かに頬が緩む。
セカンダリステーション行きのシャトルも都合良く席が空いており、渡されていたチケットで問題なく滑り込むことができた。
出発にはまだ時間があるので、最後にここの食事でも堪能するとしよう。




