25:美女と依頼
連絡があるまでは休暇という名の訓練期間。
並行して各種勉強も交えているが、これが思いの外面白い。
「アステリオ社とナール・ウース社の確執はそっから来てたのか」
色々と知るに当たりこれまで謎だったあれこれがわかってくるとその次が知りたくなってくる。
まさか勉強を面白いと感じる日がやってくるとは自分でも驚きである。
これに関してはそのように誘導するカリキュラムに因るところが大きい、と胸を張る教師スタイルのアイリス。
「人間のことをよくわかってらっしゃる」
率直な感想に「当然です」とアイリスも満足気だ。
こんな具合に過ごしていると、4日目にしてフリエッタから連絡がきた。
「待たせてすまなかった。話がまとまったから報告だ。内容はメールで済ますこともできるがどうする? 先方がお前と面会したいと言ってるが……断ることもできるぞ?」
それを聞いて俺は少し考える。
この面会を希望する相手の目的は何か?
(いや、この場合は「アイリスの存在を知っているかどうか?」が重要だ)
ふと視界の端にいつものメイド服のアイリスが映る。
そちらを振り向き、口を開くと同時にアイリスが一言。
「依頼主は知りません」
無関係でしょうと興味がないのか淡々とそれだけ言って黙ってしまう。
つまり余計な面倒が付いてこない相手ということだ。
俺は「会っても問題ない」と判断し、向こうの希望に沿うことをフリエッタに告げる。
「いいのか? 色々警戒しなきゃならないと思うが……」
言葉を濁すフリエッタに再度「問題ない」とだけ伝えると、理由を察したらしく溜息が聞こえてくる。
「いや……うん。反則だろ?」
「俺に言われても困る」
細かな連絡事項と仕事の内容を最後に通達され、通話はそれで終了する。
それから指定された時間に間に合うように身支度を整えてからホテルを出た。
その道中で俺は気になったことをアイリスに尋ねる。
「お前が姿を見せることに問題はないのか?」
既にメイド服で歩く姿を大勢に見られているので今更だが、商談相手に正体を知られても大丈夫かどうかの確認をする。
「問題ありません。相手は敵に回ったところで何もできない小者です。それ以前に私という存在を察した時点で敵対できるだけの度胸がある人物ではありません」
会ってもいないのにこの酷評。
組合に到着し、真っ先に向かうは受付……なのだが、俺が前に立つと既に受付のお嬢さんが涙目になっている。
その視線の先には俺、ではなくアイリス。
前回帰る前に依頼を見せてもらっていたのだが、アイリスが「この中からお選びください」と大量にある中から瞬時に厳選してくれた。
それでも個人業者向けの細かいものが大量にあるため、どう見ても三桁は余裕であるのだから人手不足に偽りなし、である。
依頼内容と報酬、そして運ぶ荷物の量を考慮して選んだものを俺は指差した。
「流石は御主人様です。数ある依頼の中からそれを選ぶとはお目が高い」
パチパチと拍手をするアイリスに訝し気な視線を送る。
こいつが褒める時は大体俺が何か間違った選択をした時だ。
「……この依頼の問題点は?」
「違法薬物が紛れ込んでおります。まさか一発目で踏み抜くとは私も脱帽でございます」
そう言って一礼するアイリスと顔面蒼白になる受付嬢。
ちなみに180分の1を引き当てたらしく、アイリスが凄い勢いでポイントを加算していた。
このようなことがあって正体を察したこの受付嬢は以降、アイリスを見る目つきが変わってしまったのだ。
(俺が運んで来た時も小さく悲鳴を上げていたし、根が臆病なんだろうな)
受付嬢として大丈夫なのか、と思ったが、ここは傭兵ギルドではないので問題ないのだろう。
そんなわけで何度目かの応接室。
待っていたのはフリエッタとその秘書――そしてやたら際どい衣装を着た如何にも「やり手です」と言わんばかりのスタイル抜群の美女。
これを「取るに足らない小者」と断じたアイリスから察するに、恐らく見せかけだけの相手である。
胸元が大きく開いた赤いドレスにウェーブのかかった長いブロンドの髪。
宝飾関係の企業だけあって身に纏う宝石類だけで幾らになるかわからないほどに豪勢である。
一般的に「美人」とされる要素を詰め込んだようにも見えるため「作り物」感が否めないのは事実だが、それでも美女と呼ぶに相応しい美貌の持ち主であることには変わりなく、身に纏う装飾品が一層それを引き立てていると感じた。
「……時間に遅れたわけではないが、待たせてしまったようだな。武装輸送商会のソーヤだ」
差し出した手を握る美女も自己紹介を行う。
「聞いていた通り、アンドロイドにメイドの恰好をさせているのね。ディナスティー商会のシェリア・ハーバーよ」
いい趣味ね、と小馬鹿にしたような物言いだが、アイリスはそれを真っ向から受け止めて「御主人様は大変良い趣味をしております」と返す。
アンドロイドと思っていたものが挨拶中に突然口を挟んできたことに驚きの表情を見せるが、咳払いを一つして手を離したシェリアが早速本題に入る。
「資料には目を通してもらったと思うけど、質問は?」
「荷が宝飾関係だけならなかったが、この大量のレアメタルが気になるくらいだな」
「そっちはついで。こっちにも取引相手の都合を汲まなきゃならない時もあるのよ」
事実上の黙秘だがギルドを通しての仕事で不正や違法な取引はしないはずだ。
ましてや今回が初めての取引となる。
どこかの誰かに捨て駒にされている可能性があるのであれば、アイリスがこの場に付いてくることもない。
「そういうことなら聞けないな」
そっちの事情ならこっちは深入りしませんよ、と「何かあればそっちの責任だからな」と予防線を張っておく。
当然シェリアは良い顔をしない。
新参者が生意気な口を、とばかりに噛みついてきた。
「ええ、勿論登録しているもの以外に何もないことは私が責任を持つわ。だけど、こんなことは言いたくないのだけれど……ちゃんと期日を守れるの? 最近は何処も海賊が増えてて物騒なのよ?」
ジャンク船のお前の船でちゃんと仕事できんのか、という公表している情報からは真っ当な返しが飛んできた。
当然遅れたり荷物に問題が発生した場合、損害賠償が発生するし契約次第では面倒なことになる。
今回はその辺りがかなり常識的な範囲なので、特にこちらから言うべきことはない。
「こっちはギルドの顔立ててあんたみたいな新参者を使ってやってるの、そこら辺理解してる?」
もしも海賊に荷物が奪われようものならそれを補償してくれるのはギルドである。
但し全額ではなく一部。
それも依頼の際に支払った金額で決まるため、儲けを考えると補償されるのは精々2割、よくて3割が一般的だ。
たった一度の失敗が破滅に繋がることも十分にあり得る。
だからこそ、信用のない相手とは仕事をしないのがこの業界だ。
「相応の見返りがあったからこそ、この仕事を俺に依頼した。安心しな、元傭兵という経歴は伊達じゃない。新参だろうが荒事なら業界でもトップだ」
俺の反論にハッと鼻で笑ったシェリアがつかつかとアイリスの前まで歩く。
「随分と高価そうなアンドロイドだけど、こんなの買う金があったら船の方を先にどうにかしな。ジャンク船に乗ってる船員のことも少しは考えな」
「船員は御主人様と私のみとなりますのでその心配は不要です」
そう言って前に出るアイリス。
距離がかなり近かったこともあってか、二人の豊かな胸部がぶつかり形を変える。
「ちょっと挟まってみたい」という欲望はさておき、一歩下がって距離を取ったシェリアがやや困惑しているかのように見えた。
恐らくは自分が知るアンドロイドらしくない行動に戸惑っているのではないかと思われる。
そこに容赦なく爆弾を投下するアイリス。
「脂肪細胞培養式12万Cr。18cmとはまた随分と盛りましたね?」
「んなぁぁぁぁあああぁぁぁぁ!」
豊胸処置を受けていることを盛大にばらされシェリアが叫び声を上げる。
「え、マジか?」という顔をするフリエッタと金額を聞いて自分の胸に目を落とす秘書。
俺はというと「やっぱり天然ではなかった」と予想が当たって満足気に頷く。
「ななな、なんで、それを知って……ちが、違う! これは天然で……え、知って?」
狼狽しきっているものの何とか否定したシェリアだが、自分の言葉でおかしな点に気が付いた。
「え、待って? 記録なんて残ってない……なんで金額を……?」
言葉にする度に違和感に気づき、少しずつ自分の中で真実へと近づいているのだろう、その顔が徐々に青褪めていくのが目に見えてわかる。
「嘘、でしょ?」
彼女が出した結論は間違いなく正解。
恐怖に塗り潰された媚びを売るような半笑い……先ほどまでの高飛車なやり手のイメージなど最早欠片も残っていない。
これで察することできないものがこの場にいないはずもなく、俺は一つ大きな溜息を吐き、アイリスはいつも通りに無関心。
フリエッタに至っては「あちゃー」という感じに顔を手で覆い隠してる。
なお、秘書の人は未だにお金の計算でもしているのか、我関せずとでも言うかのようにじっと自分の胸を見ている。
「う、嘘よ。こんな、何処にでもいるような男が――ヒッ!」
アイリスが一歩踏み出しシェリアが小さな悲鳴を上げた。
その姿を見てアイリスがあのニチャリという笑みを浮かべる。
俺はただ黙ってその横顔を眺めながら思う。
まさか俺の同類なのか、と。




