22:結末は思い通りにならないものである
日が変わる。
重力下でベッドにただ横たわるだけのなんと心地良いことか。
衣服を着ることもせず、解放感に支配された俺は再び目を瞑る。
精も根も尽き果てたとばかりにぐったりと横になっていると、今日はもうずっとこうしていたいという怠惰な願望が頭をもたげる。
窓から差し込む光が既に朝を迎えていることを示しているが、俺の体は言うことを聞かないかのように動いてくれない。
ならば仕方ない。
もうずっとこうしていよう。
「御主人様。朝です。起床してください」
「ハイ、オキマシター」
メイドの一声で体を素早く起こす俺。
しかしどうしたことか、それ以上は体が動いてくれずベッドから出ることが叶わない。
有体に言えば腰にきてる。
つまり腰痛だ。
「……すまん。腰を痛めた」
軽く手を上げアイリスに現状を通達。
これは本当に今日一日は休んだ方がいいかもしれない。
「ふむ。それではマッサージなど如何でしょう?」
驚くほどに普通の提案。
それ故に怪しく感じてしまうのは気の所為だろうか?
「ご安心ください。各種データは取得済みです。御主人様の腰痛には完璧を以てお答えしましょう」
自信満々のアイリスにマッサージくらいなら大丈夫だろう、と首を縦に振った。
それが間違いであったことはすぐに理解した。
「では仰向けになってください」
「うつ伏せだよな、普通? 押し倒そうとするな、こっちはまだ裸なんだよ!」
迫るメイドの両手をしっかりと掴み、抵抗の意思を見せるが残念ながらこの決定に異議を唱える者が現れた。
そう、腰だ。
前日の激しい攻防によりダメージを負った腰がこの抵抗運動にストライキを敢行。
結果、敢え無く俺は屈することなった。
「体が正直な御主人様」
「その言い方やめろ」
「1割くらいは冗談ですので安心してお任せください」
冗談の割合の少なさに抗議を入れつつも、抵抗力を喪失した俺に何かできるはずもなく、無情にもアイリスの魔の手に蹂躙される。
そして全てが終わった時、何故か腰痛が収まっていた。
「……人体の不思議を見た」
「そこはメイドである私の手腕を褒めるところでございます」
そう言って胸を張るアイリスだが、衣服が乱れたままなので全く決まっていない。
下手に視線を向ければどのような言いがかりをつけられるかわかったものではないので、ここは素直に頷いておく。
こうして今日の朝は終わりを迎えた。
「組合に行くぞ」
すっかり遅くなった朝食兼昼食を終えた俺はそう宣言する。
アイリスはただ「畏まりました」と優雅に一礼。
昨日の件についてフリエッタと話をしておかねばならない。
できれば昨日の内にやっておきたかったことではあるが、事態を収拾するためにはああする外なかったので致し方ない。
そんなわけで場所はホテルから組合へ――今日は人が多く受付前には列ができている。
「時間帯が悪かったか」と頭を掻く。
ここで周囲を見渡した時にばったりと目が合う秘書の女性。
向こうの表情から「なんて時に来てくれるんだ」という否定的な意思を感じたが、多分俺に言われても仕方のない話だ。
恐らくこっちの要件を察しているのか、近づいてくるなり「こちらにどうぞ」と前に使った応接室へと案内される。
そこで待ち受けていたのは頭を下げるフリエッタ。
「正直、すまなかった」
アレの暴走を止められなかったことに対する謝罪かと思いきや、既に色々とケリが付けられてしまった後だと知らされた。
全てを聞かされた俺の第一声はと言うと、実にシンプルなものだった。
「要するに『逃げられた』ってことか?」
「ある意味ではそうだが、二度とモーンがお前さんらの前に現れることはないと言い切れる」
白昼堂々あれだけのことをやらかした本人が事実上「お咎めなし」では納得できない。
俺は不満を露わにしたが、フリエッタはお手上げだという姿勢を崩さない。
「奴の父親にアルマ・ディーエの存在が露見し、こちらが事態を把握する前に『辺境星系への追放処分』として逃がされたんだ。モーンはともかく、父親のローンは間違いなく有能だ。おまけに処分の理由がこれまでの明るみになっていた不祥事の件だったために、半ば騙される形で受理されていた」
「それだと今回の件は別途に請求できる形か?」
俺の質問にフリエッタは頷く。
「むしろ請求されることを望んでいるだろうな。向こうからすれば、そっちのメイドさん――アルマ・ディーエと接触する機会を設けるようなもんだ。どんな理由をねじ込んででも面会しようとしてくるぞ」
「単純に法的措置だけで対処することは?」
フリエッタがアイリスを見て腕を組む。
どうやらアイリスが呼び出した兵器が爆発した件に問題があるようだ。
「都合良く捻じ曲げられた後か?」
俺の問いかけに「察しがいいね」と溜息を吐くフリエッタ。
「流石、一代で帝国貴族と繋がりが持てるまでのし上がったやり手だよ。多分バックについてる貴族からも武装輸送商会の取り込みに動くように言われてるだろうし、多少法を捻じ曲げてでも接触してくるのは間違いないな」
「面倒な」
思ったままの言葉が口に出る。
これに関してはアイリスはどうなのか、とそちらを見る。
俺の視線を受けて僅かに思考するような間があったが、アイリスが放った一言は実に機械知性体らしい一言だった。
「どうでもいいですね」
目的が自分にあると知ってもこの態度。
いや、恐らく既に知っていたからこそ、こうも無関心なのだろう。
ここまでの付き合いで感じたアイリスのものの見方は恐らく「俺とそれ以外」だ。
要するに「奉仕対象か否か」が判断基準であり、そうでない相手に対しては等しく無関心。
俺と何かしらのかかわりがあったとしても、貴族だろうが海賊だろうが同じ対応を取るだろう。
まだまだ確実なことが言える段階ではないが、少なくともアイリスが連中が俺に対して損害を与えるなどの実害が発生しない限りは直接的な手段に訴える可能性は低いと見ている。
前日の一件についてはそれを利用した節があり、何処から何処までが予想外だったのかが結局不明なままである。
応接室の座り心地の良いソファーで考える。
「この一件で俺は機械知性体の理解を深めることができるか?」
少なくともどのようにアイリスが対処するかは見ることができる。
判断材料にはなる。
聞く限りでは引き際を間違えるような相手ではなく、安心してアイリスの動きを見ることができるとも言える。
「確認するが、俺が打てる手はない、でいいんだな?」
「どちらかと言えば、下手に動いてほしくない」
そう言ったフリエッタの視線の先は俺の後ろに控えるメイドに向けられている。
多分これがまともな反応だ。
アルマ・ディーエの恐ろしさを理解していない方がおかしいのだ。
正直なところ、俺もアイリスにはあまり表立って動いてほしくない。
面倒事が増える予感がするというのもあるが、機械知性体が暴れた場合の被害なんざ見たくもない。
しかもその責任を俺に押し付けようとしてくるのは確実。
ならば俺があずかり知らぬところで静かにこそこそやっていてほしい。
「それが普通の反応だわな」
「欲に憑り付かれた連中は何をするかわからん。大丈夫だとは思うが注意はしといてくれ。それと、まだそっちに回す仕事の方は調整が済んでいない。もう2,3日待ってくれ」
フリエッタの言葉に「了解だ」と短く応え立ち上がる。
応接室から出た俺は廊下を歩き、人がごった返すギルドを見て今日のところは帰ることに決めた。
道中、歩きながら俺は晴れない気分のまま溜息を一つ漏らす。
「結局、上手いこと逃げられて終わり、か」
せめて一発ぶん殴るくらいはしておきたかった。
知らず知らず握り締めた拳に視線を落とし、存外腹を立てていた自分に気づく。
その対象が本人か、はたまたこの結末かははっきりしないが、少なくとも俺は不機嫌だった。
そこに後ろにいるアイリスが事実を確認するかのような言葉を並べる。
「どの道モーン・ハイドリッシュは二度と御主人様の前に姿を現すことはありません」
わかっている。
もう出会うことのない相手に、いつまでも拘泥する意味はない。
そう言おうと思った矢先、アイリスは今の言葉の意味を正しく説明する。
「エサクレ星系へと向かうシャトルがアポストルの進路と重なります。接触は確実と思われますのでモーン・ハイドリッシュの生存は絶望的と言って良いでしょう」
「アポストル?」
あの男の生死よりも聞きなれない単語を聞き返す。
直感的にだが、こちらの方が重要な気がしたからだ。
「バレア帝国が宇宙怪獣『ヴォイド・イド』と呼称する細菌群のことです」
「あれ細菌なのかよ!」
ヴォイド・イドに関しては迎撃戦に一度参加して記憶がある。
初めての怪獣迎撃戦での死闘と思っていたものが、実際は細菌相手にバカスカ撃ち込んでいただけだったとは少しショックだ。
事実を知るとあの時のテンションがどうにも恥ずかしく思えてきた。
「アポストルは無機物有機物問わず取り付き食い荒らす大変厄介な存在です。集合意識と呼ばれる統一された群体であり『全てを食らう者』の異名を持つエネルギーさえ確保できれば無限に増殖する化物です。ディーエ・レネンス管理機構が発見。制御に失敗したことで宇宙へと解き放たれましたが『その数を常に一定保つ』という命令を組み込ませることで事なきを得た銀河のイレギュラー。それがアポストルです」
「何してくれてんの、お前の親?」
あれに文字通り飲み込まれた惑星が存在すると知っている俺は、その悲劇の元凶である旧文明に非難の声を上げる。
「ちなみに発見が遅れていた場合、独自に宇宙へと進出していたことは確実。その場合対抗手段を作る前に100を超える星系が汚染されていたとされています」
「それが本当ならよくやった、お前の親」
そしてそうでなかった場合の被害がとんでもないと知っての掌返し。
先の発言を気にした風もなく「当然です」と胸を張るアイリス。
「少なくとも生きたままアポストルに食われることが確定した人物のことなど考えるだけ無駄でしょう」
「今からでも通達すれば助かるのかもしれないが……ぶっちゃけそこまでする理由なんてない。巻き添えになる人たちのご冥福をお祈りするくらいか」
ホテルへの帰り道――結局後味が悪いことには変わらない結末にモヤモヤしつつ、なんとなく何か良い気分転換はないものかとアイリスに尋ね、その3秒後に後悔した俺の迂闊な場面があった以外には何事もなく、その日はホテルで映画鑑賞や娯楽室でのゲームに興じて終わりを告げる。
それにしても、と思う。
「運が悪い奴もいたもんだ」
熱めのシャワーを浴びながらふと呟く。
これまで散々好き勝手やっていたその因果でも巡ってきたのかもしれないが、その結末は俺でも同情するレベルの最悪なものだ。
アイリス曰く「死に方としては最悪の部類」である。
これまでの差し引きを考えれば、相当あくどいことをやっていたのではないだろうか?
ならば、俺の死に様は如何なるものか?
自分の不運を呪ったことは何度もある。
自分の生き方が決して人に誇れるものではないという自覚もある。
だがしかし、だ。
曇りガラスの先に映るシルエットが俺の最期だとは思いたくはない。
今夜もまた、ホテルの一室に俺の悲鳴が響き渡る。
ちなみに周囲の迷惑にならないように消音措置を取っているらしく、助けが来ない理由を知った時の俺の目を見たアイリスが、バイブレーションのように指を動かしポイントを加算していたことを追記しておく。




