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不運なソーヤの運送屋  作者: 橋広功
23/109

21:予想外の一手、返すは緊急の一手

 ということで組合へ行って依頼を見てからホテルに帰ってきてアイリスが一言。


「無能が」


 盗聴器は仕掛けられていなかった。

 そもそも従業員の買収に失敗していた。

 しかもその理由が金をケチりすぎたことにあるというのだから擁護しようもない。

 相応のランクのホテルで従業員の教育が行き届いていた、とかならばまだ救いはあっただろうが……これには俺も苦笑い。

 献策したアイリスもご立腹の様子だ。


「よもやここまで愚かとはこの私の目を以てしても見抜けませんでした」


「連中は本気なんだよな?」


 俺の確認に「そのはずです」とアイリスは肯定。


「考えられるのは連中が本気でも元々が手ぬるいのでこの程度、もしくは偶々何かの手違いがあった」


 俺が指を折りながら可能性を一つずつ挙げていく。

 向こうにも何かしらの事情があったのかもしれないが、いきなりこれでは拍子抜けもいいところだ。


「こうなったらこちらから情報を流しましょう」


 解決を急いでいるのか、それとも予想を外したのが悔しいのかアイリスの提案は攻めの姿勢だ。


「こっちからねぇ……何を流すつもりなんだ?」


「まずは相手の目的をおさらいしましょう」


 確認は必要だな、と俺はベッドに腰掛けアイリスに続きを促す。


「モーン・ハイドリッシュに最初に目を付けられたのは私です。そして彼の通話を傍受した結果どうやら私の体を好き放題することが目的のようです」


「……知らないって罪だな」


「わかっているなら勉強の時間を増やしましょう」と遠い目をする俺にアイリスが淡々と忠告する。


「俺……というより商会を叩き潰すのが手段で、アイリスを手に入れるのが目的、か」


 頭の中で出した結論にアイリスは頷いて肯定する。


「こういう言い方すると『アルマ・ディーエを奪う』とか『クオリアの技術を手に入れる』っぽく聞こえるが、ぶっちゃけただの下半身事情だろ?」


 その通りです、とアイリスは再び頷き口を開くと俺との距離を詰める。


「なので最も効果的な煽りとして考えられるのは相手の端末に御主人様とのプレイをライブ配信することだと思われます」


 そう言って俺の服に手をかけるメイドの頭に「んなわけあるか」とチョップをお見舞い。

 アイリスは悪びれる様子もなく「良い反応です」と姿勢を正す。

 機械知性体のジョークはわかりにくい。


「それではフロントに今後の予定を教えておきましょう。移動ルートを相手が予想できるのであれば何処で襲撃されるのかがわかります」


「襲撃されるとわかっていれば問題は発生しない、ということか」


「念のために仕事を理由に尋ねてくる者がいればこちらの予定を教えるよう伝えておきます」


 随分と念を押すな、と思ったが、連中ならばそれくらいしなければならないのも仕方ないなと思い直す。


「それじゃ、取り敢えず今決める必要があることも決まったし、ホテルの食事を満喫することにしようかね」


 そう言って部屋を出る俺に付いてくるアイリス。

 食べる必要はなかったよな、と口ではなく振り向いて目で語る。


「折角ですので実際のデータを取得したいと考えます」


「その体でも飯食えるんだな」


 当然です、と胸を張るアイリスを引き連れ会場へと向かう。

 味はそこそこであったが、品数が多く可能な限り食べようとしたことが仇となり食いすぎでダウンすることになった。

 たが不思議と気分は悪くない。

 偶にはこういう失敗も良いのかもしれない。




 翌朝、目を覚ました俺は大きな欠伸をしながら携帯端末を手探りで探す。

 枕元にあるはずのものがなく、時刻の確認ができなかった俺は丁度視界に入ったメイドに聞くことにする。


「アイリス――」


「はい。今日も言いつけ通りに履いておりません」


 俺が用件を言う前にスカートを捲り上げるアイリス。

 言いたいことは色々あるが、口に出してしまえば思う壺だ。


「……今何時?」


 アイリスの奇行を無視して時刻を尋ねるとスカートを摘まむ指を放して7時40分であると教えてくれる。


「朝食は8時に部屋に運ばれてきます。支度を手伝わせていただきますのでお立ち下さい」


 何か変なことをされるのでは、と警戒したが特におかしな点はなく、普通に身支度を整えた俺が一言。


「どうしてこの普通を普段からしないんだ?」


「面白味に欠けるからです」


 曇りない目でキッパリと言うアイリス。

 何を言っても無駄だと理解している俺はそれ以上何も言わなかった。

 それから朝食を終え、予定通りにホテルを出る。

 初めに向かうのは組合だ。

 最初にモーン・ハイドリッシュの件を伝えておく必要がある。

 通話で済ませてもよかったが、昨日の話の続きもあるのでギルドまで行くことになった。

 油断――と言えばそうなのかもしれない。

 少なくとも、相手の馬鹿さ加減を見誤っていたという点では、俺もアイリスも同罪と言える。

 なにせこんなにも早く、そしてこんなにも短絡的な手段に出てくるとは思ってもみなかったのだ。


「見つけたぞ!」


 コロニーの商業区画にて、俺を指差し叫ぶ者が現れた。

 声を聞いてもピンと来なかったが、姿を見ればそれが誰かわかった。


「えー、確か……誰だっけ?」


 覚えているが敢えて挑発する。

 数は3人から5人に増えているが「だからどうした?」という話だ。

 人数が少し増えた程度では脅威にはならない。

 だからさっさと直接的な手段に出てもらおうとしたのだ。


「覚えてろ、と言った!」


 俺の言葉に激高したモーンが懐から取り出した物を俺に向ける。


「玩具の銃か?」


 そう言葉が出かかった瞬間――俺は後ろに引っ張られ、入れ替わるようにアイリスが前に出た。

 そしてムービーで聞いたことのあるそのままの銃声が辺りに響く。


「よもやそんな骨董品を持ち出してくるとは……」


 忌々し気なアイリスとニタニタと笑うモーン。

 状況を把握した俺は撃たれて静かになったアイリスを確認するべくこちらを振り向かせる。

 そして当然の如く無傷にしか見えない。

 物理ダメージよりも自分が予測する範疇にない物を持ち出されて凹んでいるのだと思われる。


「凄いだろ? まだ使えるリボルバーだ。パパのコレクションの一つだよ。ブラスターだと揉み消すのが難しくてうるさいんだ」


「いや、その歳でパパ呼びは気持ち悪いわ。つか銃弾調べられたら一発でアウトだから余計揉み消すのが難しくならないか?」


 俺の言葉にイラっとしたのかモーンから気持ち悪い笑みが消え、下げられていた銃口が再び俺に向けられた。


「残念、銃弾はナノマシンを使っているから分解される。証拠は消えるんだ。こんな風に!」


 モーンが声を荒げると同時に再び銃声が響く。

 だがその銃弾をアイリスが振り向きもせず拳で撃ち落とす。

 この光景にはモーンとお連れ様も口を開けてポカンとしている。

 身体強化が進んだ現代でも流石に飛んでくる銃弾を殴るのは無理だ。

 これでアイリスが人間ではないことが向こうもわかっただろう。


「お前……人形かよ!」


 帝国では当たり前のようにアンドロイドやドロイドを見かける。

 様々なことに従事する人工知能をバレア帝国は相応に尊重し、各種権利を持って活動できるように取り計らいがされているが、そんな彼らを受け入れない者も確かに存在する。


「クソ、クソ、クソォ! やっと見つけたと思ったのに!」


 どうやらモーンはアイリスを人間だと思っていたらしく、周囲が騒然とする中で身勝手な怒りに任せて三度目の発砲。

 しかしその銃弾は向き直ったアイリスの手前でピタリと停止している。

 状況を把握した俺は冷静さを取り戻し、機械知性体を見初めてしまったモーンの運の悪さに心の中で合掌する。

 その時、俺の耳が彼女の小さな呟きを拾った。


「失態だ」


 アイリスの口から放たれた声はあまりに冷たかった。


「愚か者が予想を超えた。違う。斜め上の思考の先が読めていなかった。こんな骨董品を持ち出す非効率を想定できていなかった」


 まるで空間が歪んだかのようにアイリスの周囲が揺らめいて見える。

 その異常性に気づいたモーンが発砲するが、その銃弾は果たして何処へと消えたのか?

 少なくとも、俺が感知できる範囲には着弾していない。

 あの距離で、真正面に放たれたはずの銃弾が何処かに飛んで行ったのだ。


「私は御主人様を危険に晒した。お前を脅威と認定する」


 その宣言の直後、空間の歪みが消え、そこになかったはずのものがアイリスの背後に出現した。

 それをどう呼称すべきかはわからない。

 ただ、最初の印象を述べるならば「背後に浮かぶ無数の剣」である。

 その一つ一つが砲身であることは想像できる。

 まるで映画の中で見た剣のような形をした板状のそれが向きを変え、その矛先を彼らに向けた。

 流石にこの状況で相手が何者であるかを察したのか、モーンと取り巻きたちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「逃がすとでも?」


 冷たく言い放つアイリスの声に反応した剣が周囲に展開し、あれが攻撃した際の周囲の被害が俺の頭を過る。


「止めろ!」


 咄嗟に放たれた制止の言葉。

 アイリスは一瞬ビクリと反応し、同時に展開していた剣の一つが爆発した。

 何処からともなく悲鳴が上がり、騒ぎが加速度的に大きくなっていく。

 俺がアイリスに駆け寄ろうとした瞬間、見えない何かに押さえつけられ地面に伏せる格好となる。


「すぐに終わらせます」


 そう言って一瞥すらしないアイリス。

 押さえつけられる力は決して強くはない。

 首を上げて見上げるとそこにははためくスカートの奥が目に入る。


「今すぐ戦闘を停止しろ!」


「聞けません」


 即答するアイリスをどうにかして止めようと押さえつける何かを引っぺがし立ち上がる。

 だがどうすればいい?

 手を伸ばせば届く距離にいるアイリスをどうやって止める?

 人差し指が指し示す先の標的はどうでもいいが、その周囲の被害だけは食い止めなくてはならない。

 どうすれば止められる?

 停止命令はダメだった。


(……だったら!)


 俺は覚悟を決めて踏み出した。

 そして背後から抱きつくようにアイリスに迫り、両腕を封じるようしてその大きな胸を揉みしだいた。


「何のおつもりで?」


 邪魔をされたアイリスの声は冷たい。

 思わず怯みそうになってしまうが引き下がるわけにはいかない。


「――が見えてんだよ!」


「は?」というアイリスの声にかぶせるように俺は叫んだ。


「尻が見えてんだよ! さっきからチラチラ見えるせいでムラムラしてきただろうが! 今すぐ奉仕しろ! いや、安全なところに今すぐ行ってご奉仕だ!」


 中断させることができないなら、新たな命令を優先させる。

 これがどれだけの危険を伴うかはわかっている。

 背に腹は代えられないというが、これは緊急用、非常時の手段だ。

 社会的な死を避けるためには手段を選ぶ余裕も時間もなかった。

 そもそもこれで解決するかどうかもわからない。

 しかし、アイリスの動きは止まっている。

 そしてゆっくりとこちらに振り向いたアイリスは笑っていた。


「それはそれは……仕方ありませんねぇ」


 効果は覿面だ。

 ニチャリと笑うアイリスを見て「あ、これ計算ずくだ」と察してしまった俺は有線式アームでグルグル巻きにされてアイリスに運ばれる。

 上機嫌でスキップするアイリスに担がれる俺は揺れながら思う。

 過労死してくれるなよ、我が理性。

 俺の悲鳴はコロニーの区画の中に消えていった。

AIと機械知性体の違いは明確な自我。自立した意思を持つのが機械知性体。帝国のAIはまだまだその域に到達できていない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 借金が増えなくて良かったですね しかし、風評が尊い犠牲に…
[一言] 小悪党は見逃さずに痛めつけて欲しい。 手足の一本でも吹き飛ばして格の違いを見せつけた後で治療すれば後腐れ無し、治療費用はソーヤに負担させる。
[一言] そのじこぎせいに敬礼(*`・ω・)ゞ
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