19:査定するメイド
「ごめん、状況がさっぱりわからない」
ようやく再起動したフリエッタが説明を要求してきた。
「わかる。俺もどうしたらこうなるんだろうな、って思ってる」
笑いながら俺はフリエッタに同意を示す。
だが残念なことに契約やら色々と問題があって話せることは少ない。
帝国で活動する以上、貴族の機嫌を損ねるのは避けたいのだ。
「御主人様は類稀なる才能を我らに示したことで私の奉仕対象に選ばれました」
この勘違いを誘発しそうな事実であって真実ではない援護射撃をしてくれやがったアイリスを睨む。
見ると御主人様ポイントが容赦なく加算されている。
どうも俺の行動や選択がメイドとして好む方向だった場合に増加されるようなのだが……質の悪いことに普通の人間にはわかるはずもない結果すら見据えてポイントを増減させている節がある。
「なるほど……どうやら君にはアルマ・ディーエすら魅了する何かがある、ということか?」
これは対応が難しいな、とフリエッタがお手上げのポーズを見せる。
「大変素晴らしい御主人様です」と優雅に一礼してアイリスは返す。
このやり取りの真意は不明だが、俺のためにやっていることだと信じていいんだよな?
「そんなわけで問題は何もない。仕事の話に戻ろうか?」
軌道修正という名の話題逸らしで窮地を脱する。
これ以上は向こうも藪蛇と認識するだろうし、タイミングとしては悪くないはずだ。
にもかかわらずポイントが追加されている。
何か重大なミスをしたのかと不安になるから止めてほしい。
「……うん。色々と諦めた方が良さそうだし、現実的な話をするとしよう」
パンと手を叩いてフリエッタが仕切りなおす。
そして部屋に備え付けられている端末からうちの会社の情報を出力する。
現在公表しているうちのデータなど設立日と大まかな資金、積載量くらいなものである。
それを見たフリエッタが「公にできないものがありすぎるのも考えものだねぇ」と苦笑する。
運送屋が船の数を公開していないのだから怪しいにも程があるので、これには納得せざるを得ない。
「こっちとしては、この積載量をフルに活かしてほしい。小規模な船団並みとあれば仕事には困らないはずだ。信用問題に関してはギルドの方でどうにかしよう。問題は公開されている情報が少なすぎることだな」
「それに関しては諦めてもらうしかないな。誰が好き好んでトラブルの種をばら撒くのか」
ごもっとも、と肩を竦めるフリエッタ。
「クラス5のドレッドノートですからね。欲しがらない者はいないかと。特に他国の国境に近づけば近づくほど、あなたに接近する者が増えると思います。くれぐれもお気を付けください」
秘書の人もこの厄介な部分を正しく認識しており、念を押すように警戒を促してくる。
「わかっているよ。当面の問題は、いつまで隠せるか、だよなー」
「1月もあれば情報は広まるかと」
頭を抱えた俺に即座に返答するアイリス。
しかも思ったよりも早い。
「根拠は?」と尋ねる俺にアイリスは大変わかりやすく、かつ非常に対処が困難である理由を述べる。
「荷を積み込む際にどうやってもアトラスの存在が露見します。そして情報を幾ら秘匿したところで漏らす者は必ずいます。それこそクレジットをばら撒いて口を封じたとしても、それ以上に積み上げられれば情報を隠蔽することも不可能でしょう」
金を払えば口を塞げるが、同様に金を積まれれば情報は抜き取られる。
至極当たり前の話である。
そしてクラス5――バレア帝国の最新鋭ともなれば、積まれる以上の金を支払うことなど俺にできるはずもない。
つまり「やるだけ無駄」ということだな。
「いっそ大々的に公表……は無理なんだな?」
「入手経路の説明ができないんだよ」
フリエッタの提案は悪くはないが前提が既に無理。
また帝国貴族とは可能な限りかかわりたくない。
なのでその辺に触れることはしたくないし、契約上問題も発生する。
「いっそ別の船に偽装しては?」
「金がない。あとあのサイズの船を何に偽装するんだよ」
どうやら秘書の女性は艦船にはあまり詳しくないようだ。
そもそも大規模な改造は金もそうだが、アトラスのスペックは金を稼ぐために必要なものだ。
よって船体自体に手を加える余地が実はあまりない。
どれだけ強力な船であっても、こっちは戦艦の単艦運用なのである。
数にものを言わせた白兵戦狙いの特攻などされたら堪らない。
(船員は俺一人とメイドしか……あれ、問題ない?)
単体で戦艦クラスの戦闘力を誇るとされるメイドを見る。
いや、そもそも船内に侵入される、ということ自体が問題だ。
そうならないための武装をしっかりと確保しておく必要もあるし、宇宙怪獣を相手にするようなことだってないとは言い切れない。
結局、俺が「なるようになるしかない」と諦めたことでこの件は終了。
改装で増えるアトラスの積載量から「丁度良い仕事を見繕っておく」と言われて一同が大きく息を吐く。
取り敢えずまとまったということにして本日は解散との流れになった。
向こうとしても呑み込めない現実があったらしく、時間を置いて話す方が都合が良いようだ。
俺も流石に誰かさんの所為で余計に疲労した気分なのでそれで良いと頷いたのだ。
そしてエレベーターで1階へと戻ると先ほどの金髪が待ち構えていた。
その隣にはガタイの良いスキンヘッドとモヒカンの男がおり、こちらを値踏みするかのように睨みつけている。
「よぉ、随分待たせてくれたじゃないか」
もう名前も覚えていない馬鹿が下卑た笑みを浮かべて話しかけてくる。
当然無視して横を通り過ぎ――ようとして止められた。
だから俺の肩を掴んだモヒカンの腕を掴むと同時に足を払い、体勢が崩しやすくなったところに力でねじ伏せるように膝をつかせる。
そしてもう片方の手にはジャケットの内側から取り出したブラスターがあり、その銃口をモヒカンのこみかめに突き付ける。
「ヌルすぎんだよ、お前ら」
必要とあれば海賊の拠点に乗り込んで白兵戦もこなす傭兵と、護衛対象を守るために徒党を組み、艦戦以外碌に経験のない傭兵。
経験の差は歴然であり、直に人間を殺したこともない連中が粋がったところで怖くもなんともない。
生身の戦闘経験もなかったのか、モヒカンは捻り上げられた腕の痛みを訴えるばかりで抵抗すらできていない。
「おい、てめぇ何してるかわかってんのか?」
スキンヘッドが脅しの言葉をかけてくるが、モヒカンを助ける気配はなく、俺の想定外の行動に完全に物怖じしている。
さて、そんな主人に一応危険があった状態でのメイドの行動はと言うと――顎に手を当て観察していた。
しかもその対象はこのヘタレ組。
「ふむ、中々」と呟いたことからこいつらを「ダメ男」と認定していたと思われる。
つまりこいつらの脅威度はかなり低いはずだ。
「勿論。鬱陶しい連中が絡んできたからな。元傭兵として極々普通の対処をしている。俺が拠点にしてた星系じゃ、とっくに銃撃戦になっててもおかしくなかったんだが……この辺は平和だねぇ」
「そんな荒っぽいところから来てたのか、じゃあ護衛の傭兵は必要ないな?」
ニヤニヤしながら金髪がそう言うと、周囲から「またか」とか「モーンの奴め」とか色々聞こえてきた。
そうそう確かそんな名前だったな、と思い出しつつ、俺は笑顔で言ってやった。
「ああ、要らんな。うちは『武装輸送商会』だぞ? 戦力は自前で用意してるんだから護衛なんて雇うわけないだろ」
「え?」というマヌケ面を晒すモーン。
隣の禿げは「んん?」と話を理解できいないのか首を捻っている。
モヒカンは助けを求めて情けない声を出しており、呆れ果てた俺はその背中蹴って連中の元に帰してやる。
ブラスターをジャケットの内側に仕舞い、そのまま外に出ようと彼らの横を通り過ぎる。
「絶対に後悔させてやるからな!」
俺を指差し吠えるモーンを無視して外に出る。
怒りを露わにしていることはわかるが、そんなもの一々見ていられない。
外に出ると同時に色々あって疲れた俺は大きく息を吐く。
その後ろでは「あれも中々ですね」とアイリスが頷いていた。
ちなみに「馬鹿すぎるのでダメ」をはじめとした理由で御主人様として不合格らしいが、最後の捨て台詞は高得点でしたと評価していた。
「その基準だと俺の得点はどうなっているのか?」という疑問を呑み込み、次の目的地へと俺は歩く。
次のショッピングモールで楽しいお買い物タイムである。
長期の航行では足りない物が色々と判明した。
次は快適な旅路にすべく、俺が全力で考え抜いたプランが完璧であることを証明してやろう。
TIPS
帝国ではファミリーネームが使えるようになるのは上級市民から。
ネーム差別という問題を抱えているが基本は住み分けることで対処している。
 




