2:不運の始まり
(´・ω・`)折角だから今日は二話投稿。
「んがっ?」
目を覚ますと知らない天井にこれまた見覚えのないインテリア。
そして広々としたきらびやかな空間。
ここは何処だ、と疑問を口にする前に記憶が蘇る。
「ああ、飲み過ぎたか」
頭を押さえながら近くの高そうなホテルに宿泊したことを思い出し、そして笑いがこみ上げてきた。
所持金121億7000万Cr――負債を払い終えてもなお誤差ですらない変動。
最早傭兵を続ける意味すらなくなり、一転して大金持ちとなった俺は先日の幸運を反芻すべく、携帯端末を手に口座の残高を見て……固まった。
表示されている残高は僅か400万クレジット。
「……え、俺の120億Crは? え? はい?」
意味がわからずただ疑問を口にする。
しばらく携帯型端末の表示がおかしいのか、自分の目がどうかしたのではないかと疑ったが、水を飲んで一息ついたとことで冷静さを取り戻す。
同時に端末からクレジットの使用履歴を直ちに確認すると――即座に見つかる桁のおかしい取引額。
「各種オプション付きで120億!? 何を買った、俺!?」
携帯端末から宙に拡大表示された項目に触れ、その詳細を隣に出す。
まず幾つかの認証キーと各種契約ファイルが目に留まる。
他にも色々と買ってしまっているようだが、今は兎に角一番高いこいつを調べる。
「……超弩級戦艦? アトラス?」
記憶にない自分が購入した品物の名前を口に出すなり即座に検索。
その結果を要約するとこんな感じだ。
超弩級戦艦アトラス
バレア帝国が誇る第二世代型超弩級戦艦であり、傑作として名高いタイタン級を改修し、帝国の最新鋭技術をこれでもかと詰め込んだ最新鋭のドレッドノートである。
それ故に軍からの期待が大きかったのだが、速度重視であったタイタンから一転し、攻防に重きを置く本艦は防衛でその真価を発揮したものの、大幅に低下した速度からこれまで通りの艦隊運用ができなくなった。
正式採用こそされたものの、一部の重要拠点の防衛に回されるに留まったことでその生産数は過剰となり、現在は製造がストップしている。
「欠陥機じゃねぇか!」
各サイトではオブラートに包んだ表現をしているが、艦隊運用に難がある戦艦など欠陥機体以外の何物でもない。
そんなものを単艦運用しようとして購入している俺は一体何者か?
決まっている、大馬鹿者だ。
「こんなものキャンセルだ! 大体ドレッドノートなんぞ買って何をする気だったんだ? 酔った状態で正常な取引なんぞできるわけないだろ!」
そう言って調べたアドレスに連絡を入れようとするが、出てくる表示は「該当なし」という文字。
まさかと思い取引先の企業を調べたところ、嫌な予感が的中した。
「存在していない? ダミー、倒産済み……いや、どっちも違う。どういうことだ?」
端末の画面を操作する手が止まり冷や汗が浮かぶ。
一瞬、最悪の状況を想定し、その憶測が十分すぎるほどにあり得ると判断してしまったからだ。
同時にこの件に絡んでいるであろう存在を大まかにピックアップする。
金の流れを知る者、船を用意できる者にこの企業の所有者。
思いつく限りを口に出し、状況を解決する糸口を見つけようとしたその時、俺は気づいてしまった。
「……しまった。全部グルか」
まさかと思い携帯端末のアプリに機器を取り付け、自分の体に残る成分をチェック――結果はアタリ。
美人の受付に勧められ買わされた挙句、一度も使う機会に恵まれなかったオプションが遂に日の目を見た。
「酒に、盛られていたのかよ」
思わずテーブルを叩いてしまった拳が痛む。
そして我が身の迂闊さよりも相手の行動までの早さに身震いする。
俺が大金を当ててからまだ半日くらいしか経過していないのに、ここまでできる相手――最早向こうの地位など口にするまでもない。
しかしこれだけ急ごしらえの計画ならば、必ず何処かに穴はあるはずだ。
(どうにかして船を返品する……いや、向こうの狙いは金と船だ。手は打たれていると見るべきだ。ならばアトラスで逃げる?)
そんなことができるわけがない。
何せ帝国の最新技術をふんだんに使った最新鋭の戦艦とは言え超大型艦。
速度的に難しく、普通に逃げたのでは防衛システムの範囲外に行く前に守備隊が駆け付ける。
帝国の技術流出を避けるためならば撃沈も止むを得ないとの判断が下されることは十分にあり得る。
そもそもこれは法的に取引ができる代物でもない。
傭兵であった頃でも購入ができるのは許可を得た上でのクラス3止まり。
最新鋭のクラス5など一民間人である俺が買える道理がないのだ。
となれば、これで相手の目的がこっちの金を奪い取ることにあると明白になり、俺がこのアトラスを自由にできる可能性は皆無に等しくなった。
(誰が裏で糸を引いているかは知らないが、ふざけた真似をしてくれる!)
現状俺が取れる方針は二つ――諦めるか、それとも抗うか。
前者を選べば口封じ。
後者を選んでも抵抗虚しく戦死の未来。
どちらを選択しても死亡する可能性が高いのならやることは一つだ。
(昨日まで傭兵だった男を舐めるなよ)
時間は余り残ってはいないだろう。
眠っている間に捕まらなかったのは、向こうにも何かしらの事情があったと見るべきだ。
体内に残留してる成分を記録し、そのデータを公共のサーバーに退避させておく。
いざという時のための保険となればよいが、そんな時は来ないだろうなと思いつつ、何もしないよりはマシだとコロニーの案内図を携帯端末に表示させる。
「……ルートはわかった。ドッグに船がない場合はどうするか?」
そもそもこのコロニーに現物がない可能性も考えられる。
その場合は最早可能な限り権限のある人物にどうにかして直訴するしかない。
当然そんな都合の良いコネクションなどないし、この条件に該当する人物が黒幕である可能性もある。
(クソ、状況が悪すぎるぞ!)
加えてこちらの動きが監視されている前提で行動しなくてはならない。
ならば、初めの取るべき一手は何か?
俺は端末を操作し目的の人物に通話を試みる。
「……ソーヤか? 金が必要なら仕事くらいは紹介してやるぞ」
「そっちの方は終わったよ、チャップマン。今、12番街のホテルにいる。羨ましいだろ?」
どうなってんだ、と疑問を口にする通話主。
俺が今やるべきは欺瞞工作による時間稼ぎ。
盗聴されている前提ではあるが、こちらから情報を流し相手側の油断を誘う。
向こうに一度通話を試みたことで何をしても無駄の可能性もあるが、これで勘違いしてくれるなら御の字だ。
「ちょっとギャンブルで大金を手に入れた。支払いは無事完了し、現在絶賛豪遊中だ」
「マジか。酒驕れ。今回の一件で骨折ってやったんだ、それくらいはいいだろ?」
「おう、クソ高い酒でも大丈夫だ。そうだな、時間はそっちの都合でいいから、いつもの場所で待ち合わせにしよう」
「……わかった。こっちの予定が決まり次第連絡する」
僅かな逡巡の後にそう返事をするチャップマン。
これである程度察してくれるだろうが、もう少しだけ俺の事情に振り回せてもらう。
俺が「いつもの場所」と言った時点で、それは厄介事があることを意味する。
そんな状況でわざわざこちらから連絡を寄越しているのだから向こうも気が付くと思いたい。
仮にも傭兵ギルドの支部長の補佐を務める大ベテラン。
最悪の事態を回避するために彼の協力を得たいが……既に傭兵ではない身である以上、ほんの少しだけ利用させてもらう程度が限界だろう。
(上手くいけば酒を奢るから許してくれよ)
取り敢えず今できる偽装工作はこれが限界。
次は俺が動かなくてはならない。
ジャケットを掴み、必要なものだけを持つとホテルから出る。
あくまで少し外出するという体での移動なので、荷物を残しておかねば怪しまれる。
フロントには宿泊予定を追加し、昨日分の料金をその場で支払う。
諸々で3000Crとかいうホテル一泊では考えられないような金額を目にしたが、今の俺にそれを気にする余裕はない。
「ちょっと買い物に行ってくる」と目的地の方向にある区画に向かうことをさり気なく漏らし、俺は上機嫌に見えるように手を軽く振ってホテルを出た。
(少し演技臭かったか?)
反省点はあるかもしれないが、そんなことを気にしている暇はない。
まずは進路上にある市場へと向かい服屋に入る。
店員の勧めを聞き流し、取り敢えず高そうな服を何着も買い込み、一セットと帽子を除きホテルに届けてもらえるよう手配する。
1万Crを軽く超えるお値段に少しだけ声が震えたが、携帯端末を使い無事に決済は完了。
突然現れた上客に店員もニッコリ。
スーツ姿の美人さんが現れて外までお見送りしてくれた。
わかりやすすぎて作った笑顔が崩れかけた。
お次は端末の買い替えだ。
これに関しては前々から欲しかった物があるので、ショップに着くなり真っ直ぐそちらに向かう。
今使っているのは20cmサイズのボードタイプ。
俺が欲しいのは同サイズのスティック型である。
内臓されているデバイスから出力されたホログラムパネルで操作するタイプの小型端末で、最新のものとなれば折り畳んだりすることでポケットに入れて持ち歩けるほどに小型化されている。
ちなみに俺が欲しがっているのは内部に収納できるタイプのもので、引っ張り出したペンのような端末をくるりと回して固定して使用する何とも男心をくすぐる一品だ。
ということで欲しかった最新機種を購入、データを移している間に諸々のサインや確認を済ませ店を出る。
早速、新型に慣れるべく歩きながらウキウキで操作開始。
不安を幾らか誤魔化せるくらいには楽しむことができた。
これで監視している奴がこちらの都合の良い方向に勘違いしてくれることを祈る。
ここで外からはこちらの姿を確認しにくい飲食店に入る。
何処にでもある昔ながらのファーストフード店だが、この手の飲食店は時間を問わず学生などの溜まり場となりがちだ。
だからこそ、俺は店に入ると同時に都合の良い人間を簡単に見つけることができた。
一人でいる俺と背格好の似通った人物――見つけた学生と思われる青年に近づきそっと話しかける。
「そこの君、ちょっといいかい?」
振り返った青年が自分の端末から視線を外して顔を上げる。
「頼みがある」と呟き、彼の手に一枚のカードを握らせる。
それを確認した青年がコクリと小さく頷いた。
TIPS:兵器クラス
クラス1:売買に許可を必要としない個人で運用可能な自衛用兵器。
クラス2:売買に許可を必要とする個人で運用可能な兵器。
ここまでが民間用
クラス3:傭兵や企業といった兵装を必要とする個人、団体が各種制限を設けて取引される準軍用兵器。または軍の型落ち品。
クラス4:軍用兵器。取引に大幅な制約が課せられる上、取引ができるのは一部の企業と信用のある傭兵のみ。
クラス5:最先端軍事兵器。技術流出防止のため取引は基本的に不可能。
クラス6:解析不能兵器。古代文明が残した遺産。または機械知性体が運用する兵器群。
一般的にクラスは3つ差があれば通用しないとされるが、5と6の差はそれ以上。
各種技術に関してもこれと似たようなクラス分けがされている。
時代や技術進歩に伴い内容は変化する。