18:面倒事の予約
通された応接室は一言で言えば古風だった。
木製と思われる机の奥に部屋の主がドンと構えているが、そちらよりも映画の中でしか見たことがないような調度品を物珍し気につい眺めてしまう。
「はは、自分で言うのも何だが中々良い趣味だろ?」
そう言って気さくに笑う髭を生やした男が片手を上げて挨拶する。
「アルカイスのレイ・メール期で統一するのは良い趣味というよりかは酔狂ですね。革命で最も多くの作品が消えた時代をレプリカで再現するのは時間と労力に見合ったものとは言い難い」
「おお……メイド服を着ているだけではなく語れるレベルときたか。ちょっと仕事の話を抜きにお喋りしたくなった……が、仕事の話が先だな」
秘書らしき美女に睨みつけられ、あっさりと屈する髭男。
「まずは自己紹介をしておこう。この支部を任されている『フリエッタ・オーシャン』だ。歳は66で恋人募集中。趣味はアンティークの蒐集で好みのタイプは男を許すナイスバディな女性」
今度食事など如何かな、と堂々とアイリスを誘っているが当人は無視。
なお、スレンダーな秘書の睨みつける温度が下がった気がする。
ともあれ、俺も気にせず自己紹介。
「武装輸送商会のソーヤだ。名前はまだ仮だが、ネーミングセンスには自信がない。早速で悪いがここに通された理由を聞かせてくれ」
握手のために差し出された手を無視してソファーに腰を落とす。
アイリスは相変わらず俺の後ろにいる。
「おや? 彼女の紹介はしてくれないのかい?」
「必要を感じない」と仕事の話を催促する。
フリエッタは「ええー」と不満気だが、アイリスは当然とばかりに口を挟まず俺の後ろで立っている。
「あー、そのー、なんだ? 流石に気になるから教えてくれない?」
恐らくだが最も大きい感情は好奇心。
確かに俺でも「何故メイドが?」と疑問に思うことは間違いない。
正体を明かすことでどのような問題が発生するかはわからないが、どんな問題でもアイリスが力技で解決できる。
そう判断した俺は振り返ってアイリスを見上げる。
「アイリスです」
それだけ言って優雅に一礼し、その後は「これで終わりだ」とばかりに黙っている。
多分フリエッタが知りたいのはそこじゃない。
「いや、私が知りたいのは名前じゃ……ああ、もういいか。それじゃまずは確認からだ」
そう言って秘書の方に手をやると珍しい紙の書類を受け取り俺の前に差し出す。
「まず君が運んできてくれた危険物について、だ。まずが第一種から。本来なら色々と制約が付くものなんだが……ぶっちゃけ誰も受けてくれないから塩漬けになってた依頼でね、流石になりふり構っていられなくなってのことだった。本来なら免許や許可が必要なものでね、その調整をここでしようって――」
「私がいるので必要ありません」
きっぱりと横からお断りをねじ込むアイリス。
フリエッタがアイリスを指差し俺を見る。
正直に言うか適当に誤魔化すか……少し悩んで俺は後者を選択した。
「何でもできるスーパーメイドだ」
「ご紹介に預かりました超・メイドです」
ノリノリで乗っかるアイリス。
最近こいつの判断基準が少しずつだが読めてきた。
その成果と言えなくもないが、超・メイドはないだろう。
「……下手すれば船ごとボカン、だったけど……あんたらそれでいいのか?」
「超・メイドですので問題ありません」とアイリスは自信満々に答える。
気に入ったのか再び超・メイドを自称する。
「まあ、その手のものの扱いは問題ないと思ってくれ」
「正直『はい、そうですか』で通じる話じゃねぇんだが……こっちもせっつかれているからなぁ」
「もしかして、誰も受けたがらない所為で危険物の輸送依頼が溜まっている、とかか?」
フリエッタが「ビンゴ」と両手の人差し指で俺を差す。
「いやね、ちょっとした振動でドカンといっちゃう危ない粉を大量に運べと言われてもさ。一度に大量に運ぶ馬鹿はいないのよ? おまけに少量でも他の荷物との兼ね合いで嫌がる子ばっかり。ほら、今ル・ゴウとの緊張高まっててそっちに軍が行ってるだろ? 襲撃が予想されない安全なルートがほとんどなくて皆及び腰なんだよ」
ここで俺は思い至る。
爆発する粉――間違いなく誘導兵器に使うアトモス粉末だ。
傭兵時代に何度も見たあのピンクの爆発の素を運んでいたのかと今更ながらゾッとする。
「危険手当つけてやったら?」
「考えたけど、軍が購入するもんだから頭押さえつけられる」
赤字になっちゃう、とお手上げであることを身振り手振りでアピール。
「もうぶっちゃけさ、規約とか色々無視してもう一回君に頑張ってほしくもある。けどそれをしたらしたで騒ぐ連中がいる」
「手詰まりだな。諦めて普通の仕事こっちに回してくれ」
「ちなみに今回の君への報酬はこんな感じ」
スッと差し出されたボードに表示された金額――驚きの140万Cr。
だがよく見てみるとアトモス粉末の代金よりも大きなものがある。
多分これがもう一つの危険物なのだが、残念なことにこの「サンプルB」なる品目には全く見覚えがない。
「アイリス、これについてなんだが……」
俺がそう言葉を濁したところ、とんでもない事実が発覚した。
「そちらは私が独断で輸送を決定しました。金属生命体のサンプルです」
「何勝手に運んでんのお前!」
金属生命体とは宇宙怪獣の一種として極めて高い危険度を誇る生きた金属である。
活動が停止していたとしても、突然再開して周囲の金属と同化して活性化することで知られている。
俺は一度傭兵として奴らの撃退に参加したことはあるが、その戦場は正に阿鼻叫喚だった。
金属生命体を破壊した破片が船体と接触すると同時に浸食を開始。
そのまま船ごと船員が食われて行く様が公共チャンネルで流されたのである。
死の間際まで必死に救助を要請する味方の姿に士気を保つことは難しく、俺も即座に前線を下げて遠距離から狙撃するだけの支援行動へと移行したほどだ。
そんなトラウマものの金属生命体を無断で船に積んでいたともなれば、最早一言どころでは済まない。
「こちらの金属生命体――我々が『アイ・ガッシュ』と呼称する種ですが特定の波長をぶつけることで完全に無力化が可能です。なので何の問題もありません」
その発言で俺は振り上げた拳の落としどころを失い、同時にフリエッタがアイリスが何者なのかを察する。
「あー、色々聞きたいこととかあるんだけど……取り敢えず、そっちのメイドさんはアルマ・ディーエで間違いないね?」
俺は「そうだよ」と間違いなく発生するであろう面倒事に大きく息を吐きつつ答える。
「となると、帝国側の意向としては下手に君の機嫌を損ねたくはない。他の国に行かせるのも不味い……うわ、これどうしたもんかな?」
支部長だけあって日頃からトラブルに対処しているのであろう、この事実がどのような意味を持つのか徐々に理解し始め顔色が悪くなっていく。
「あ、折角だからもう一個。さっき下で金髪の変なチャラい男がアイリスにまとわりついてた。なんか『僕を誰だと思ってる』的なこと言ってたから多分面倒なことになる」
「そういうことはもっと早く言ってくれる?」と恨みがましい目で見られたが、横の秘書が「報告済みです」と冷たい目でフリエッタを睨みつけたので大人しくなる。
「……で、そいつは誰なわけ?」
フリエッタに尋ねるも言い淀む。
代わりに答えてくれたのは隣の秘書。
どうやらあまり真面目に仕事をする支部長ではないようだ。
「名前はモーン・ハイドリッシュ。傭兵との間に太いパイプがあり、輸送船の護衛に口利きができる人物です。下手に怒らせれば正規の傭兵を護衛として雇うのが難しくなるので、うちでも厄介者扱いとなっております。少なくとも、独自のコネクションがない場合は敵対するには分が悪い相手となっております。ソーヤ様は元傭兵でしたね?」
「ああ、だが傭兵同士の横の繋がりなんて脆いもんだ。もっと言えば、この辺では活動していないからな。護衛を専門とするような連中には全く顔が利かない」
それは困りましたね、と思案顔の美人秘書。
だが戦力については全く問題ない。
「ああ、うちは『武装輸送商会』だからな。戦力に関する問題は発生しない。気にしなくてもいいぞ」
「既に契約している傭兵が?」
「いや、うちが所有してる船は一隻だけだ」
そう言って俺はニヤリと笑う。
さあ、船自慢を始めよう、と思った矢先に黙っていたアイリスが口を開く。
「御主人様の船はタイタン級です。なので護衛自体必要ありません」
私の船はドレッドノートです、と言わせてもらえない俺とそんな話聞いてない、と頭を抱えるフリエッタ。
美人秘書は意味がわからないのか首を傾げている。
「なんで戦艦乗ってる奴が運送会社作ってんのさ?」
「傭兵やれなくなったからだよ。しかもタイタン級アトラスだ。クラス5だ。最新鋭だぜ、凄いだろ」
「帝国の法どうなってんの?」と更に頭を抱えるフリエッタ。
クラス5と聞いてようやく問題を理解したのか秘書まで頭を抱えている。
そんな状況でも冷静に御主人様ポイントを加算しているアイリスに言いたい。
お前の所為だぞ、どうしてくれる?
(´・ω・`)大体OOに出てきたアレみたいなの想像しておk。数自体はかなり少ない。