17:ここから始まる運送業
ステーションへと到着し、帰りの船を予約しようとする。
すると既にそちらも手配されていたようで、チケットコードを携帯端末に送ってくれた。
「準備がいいな」と感心しつつ、まずはステーション内を軽く見て回る。
ニルダー星系は帝国の工廠としてはかなり大きく、当然そのような惑星は直轄領となっている場合が多い。
そんな宙域の治安が悪いはずもなく、こういった場所を海賊は避ける傾向にある。
よって傭兵にもあまり縁がない。
精々船を買い替える際に、大枚をはたいて軍用艦を手に入れる時くらいだろう。
ということで何か違いはないか、と見て回ることになったのだ。
「うん、あんま変わらんな」
びっくりするほど変わりがない。
ステーションの設計など何処も大差ないということか、と少しだけがっかりする。
ちなみにアイリスの補足によると、ステーションやコロニーのようなものは大体規格が統一されているので数種類しかないとのこと。
まあ、そんなことだろうな、と変わり映えのしないゲートを抜けてコロニーへとやってきた。
「最初にするのはギルドへの挨拶か」
納品の確認もしてもらわなければならないので、携帯端末に地図を表示させる。
「ここですね。ルートは――これでよろしいかと」
アイリスがスッと手を出し目的地を示すとそこまでの最短距離を指でなぞる。
そのルートを記録し、周りに何があるか見ながらのんびり歩き出す。
「しかし料理されたものを日常的に食うようになると、あの手の店の味が別の意味で恋しくなってくる」
俺の視線の先にはファーストフード店。
あの手のジャンキーな食い物はどうして人をこうも惹きつけてやまないのか?
「中毒症状を引き起こす成分が含まれているからです」
身も蓋もない答えが聞こえてきた。
「値段を抑えてそれなりの味と量を確保するならば調整にかかるコストを安価に抑えるのは必至。その結果の産物と言えなくもないですが売る側としては問題ありません。消費する側が極端な量を摂取しない限りは健康面にも害はなくささやかな食の楽しみを欲する人にはコストパフォーマンスに優れた店です」
最後に「人の自制心が試されます」とアイリスは締め括る。
「つい最近まで正にそうだった俺には刺さる言葉だ」
「ご安心ください。必要とあればジャンクフードも作れますので何も問題はありません」
チェーン店のハンバーガーも悪くないが、クオリア製の調理器具で作られたものにも興味がある。
船に戻ったら一度食べてみようとアイリスと談笑しながら歩いていると声がかけられた。
「ちょっといいかな? 白昼堂々とコスプレをするのはどうかと思うんだ。会場は何処? そういうのは現地でやってくれないかな?」
まさかの地元のポリスメンだとは思わなかった。
しかもアイリスを「メイドのコスプレ」と認識しており注意されている。
問題を起こすのはよろしくない。
後ろを見るとあからさまに不機嫌な顔でこちらを見ているアイリスが目に映る。
あれは恐らく「お前がどうにかしろ」という視線だ。
俺は一つ息を吐き、幾つかの選択肢を思い浮かべた。
「……彼女は本職のメイドでして、コスプレでもなんでもないんです」
コスプレということにしてポリスにお引き取りを、とも考えたが、それをするとアイリスから何を言われるかわからない。
まだ警官を言いくるめる方がマシだと判断したのだが、当のポリスは困惑している。
「ええ……いや、本職と言われてもね。そういうお店?」
「いえ、本物のメイドです」
意味がわからない、と言った具合に首を傾げる警官。
俺は「本物ですので何も問題ありません」で突き通し、その場に警官を残して逃げるように立ち去った。
そして一息ついたところでアイリスが声をかけてくる。
「御主人様。私のことを『本物のメイド』とは……これは日々のご奉仕が実を結んだと言っても過言ではありませんね」
「お前わかってて曲解してるだろ?」
俺が呆れたように言うとアイリスは首を振って否定する、
「いえいえ。体が正直な御主人様がついにお口も正直になってくださったのだと私喜びのあまり声も大きくなってしまいます」
「おいぃ!」
ただでさえ注目を集めてしまったところにこの発言。
案の定周囲から聞こえるひそひそ声。
「お前、後で覚えてろよ!」
「はい。しっかり覚えておきます」
アイリスの腕を掴みその場から逃げるように足早に立ち去る。
放置すれば何をしでかすかわからない以上、連れ歩く外ないのだ。
ギルドまでは周囲の声が気になったが、建物に入ってしまえばこっちのもの。
受付でカードを読み込ませ、座席にどかっと腰を落として順番を待つ。
大仰に座席に座る俺の横で行儀よく立っているメイドがいるので視線を集めるが、ここにいるような人間なら態々こっちに来るような暇人はいない。
「なんでここにメイドがいるんだ?」
そう思っていたのだが……暇な奴は何処にでもいるようだ。
かかわる気がないので無視していると無遠慮にもこっちを観察している。
こちらは背を向ける形なので相手を確認できないが、声からして若い男のようだ。
「んー、貴族の付き人って感じじゃなさそう? となると趣味?」
わざわざ口に出している当たり声をかけて欲しいのだろうが、俺は相手にしたくないので無視を継続。
すると調子乗った男はアイリスのすぐ傍までやってきて驚愕の声を上げる。
「うお、すんげー美人。スタイルも最高。君、何処かでモデルとかやってなかった?」
俺を無視してアイリスをナンパする金髪のロン毛。
アイリスがチラリとこちらを見るが、今度はこちらが丸投げしてやる。
正直この手の軽い奴は相手をするだけ時間の無駄だ。
「もの珍しいから」と理由で近づき、相手の機嫌を損なう可能性も考えずに声をかける。
警戒心もなく寄って来る人間などどんな育ちなのか、と疑うレベルの非常識さだ。
だがそんな非常識を覆せるのが権力だ。
このアホがどんな力を持っているのかは知らないが、それが機械知性体であるアルマ・ディーエに通用するかと問われれば俺ならこう答える。
「絶対に無理だ。現実を見ろ」
なので仮にこの軽率な男が立場のある人間だったとしても、アイリスに任せれば何の問題も起きない。
単に「何かうざったいからアイリスに丸投げする」というわけではない。
正に完璧な対応と自画自賛していたらアイリスも完全に無視している。
その対応が気に障ったのか、男の声が段々苛立ったものに変わっていく。
「おい、聞こえてるんだろ。返事くらいしろ!」
だがアイリスは無視。
当然俺も無視だ。
完全にいないものとして扱っている俺たちに業を煮やしたのか金髪の手がアイリスの胸へと伸びる。
「いいサイズだな。天然か? ちょっと確かめ――」
言い終わる前にチャラ男君が吹っ飛んだ。
「失せろ。殺すぞ」
冷たく言い放つアイリスだが、俺の目がおかしくなければ彼女は微動だにしていない。
では何をしたのか?
憶測だが不可視の何かで突き飛ばしたのだと思われる。
騒ぎ出す周囲を他所に俺は何をしたのかが気になっていた。
ノロノロと起き上がった金髪がアイリスを指差し怒りの目を向けて叫ぶ。
「ぼ、僕を誰だと思ってるんだ!」
「肉」
予想外にも程がある一言に周囲の喧騒すら停止する。
言われた本人も理解ができないのか怒りを忘れて呆然としている。
「調理されて御主人様の口に放り込まれたいのですか?」
最後に「鬱陶しい」と付け加えて視線を外すアイリス。
俺が無視したことに腹を立てたのかこっちに飛ばしてきた。
全員の視線が俺に集中しているのをひしひしと感じる。
冷や汗を流しながらこの場の空気をどうしたものかと思案していると救いの手が舞い降りる。
「武装輸送商会のソーヤ様。7番窓口までお越しください」
静寂を吹き飛ばすかのようなタイミングでのこのアナウンス。
俺はゆっくりと立ち上がり金髪の顔を無言でチラリと一瞥してから窓口へと向かう。
それに続くアイリスが俺をメイドの主人として確定させる。
「お前……覚えたからな!」
憎々し気に吐き捨てる金髪を無視し、俺は窓口の前に立つ。
お嬢さん、という呼び方がこれでもかと似合う小柄の受付嬢が事務的に微笑む、
「ソーヤ様ですね? イラスティオン星系より……ひっ!」
受付嬢の笑顔が一瞬して恐怖に染まった。
一瞬アイリスが何かしたのかと一瞬後ろを振り返ったが「私ではない」と首を横に振る。
周囲がどよめく様子が背中越しに伝わってくる。
身に覚えが全くないし、元傭兵と言ってもそこまで強面でもないはずだ。
「き、危険物第一種A項と第二種のB項についての……つ、追加のご依頼がございますのでお時間を頂きたく……」
どうやら受付嬢はこの危険物とやら運ぶやべー奴と俺を認識し小さな悲鳴を上げてしまったらしい。
(おい、俺に何を運ばせた!?)
積荷の項目は目を通したし、おかしなものはなかったはずだ。
だは結局のところ俺の知らない危ないブツが混ざっていた、という以外の答えは出てこない。
こうして俺は運送屋として非常に不本意なデビューの幕が上がる。
これは果たして運が良いのか悪いのか?
言わなくてもわかる――きっと後者だ。