16:船にも色々ある
アトラスが速度を落とし、ゆっくりとステーションへと近づいていく。
ガイドラインの光に自動で合わせてくれるのでやることがない。
以前なら手動でやっていたことがこの手から離れると楽というより何だか寂しい。
もっとも「この戦艦を手動で微調整しろ」とか言われてもできないので仕方のないことだ。
なんだかんだ言って結構触ってみたのだが、やはり民間と軍用は違ったということである。
そんな風に進むアトラスのブリッジから見えるドックを眺めていると背後から声がかかる。
「御主人様。船を降りる前に真面目なお話です」
「不真面目だった自覚があるんだな。ちょっと今後について話そうか?」
「そういうことではなく」とアイリスは俺が思っていた内容をきっぱり否定。
そのフォローも一切なく本題に入ってしまう。
「契約内容は覚えておりますか?」
いつになく真剣な表情に見えるアイリス。
ちゃんと真面目な話をするような気がして「全てではないが、重要な部分は大丈夫だ」と正直に答える。
「ならばわかっているとお思いですが我々から知り得た情報を漏らさないようお願いします。それは御主人様の身を守るための盾であり、この契約を破ろうとする者に対して攻撃的な手段も選択肢に入れることが可能となる矛でもあります。自ら破るようなことが度重なればその効力を失効し兼ねない事態が発生します」
「わかってる。確か周知のものとかそうなるであろう情報は違うんだったよな?」
俺の確認にアイリスは頷く。
「既に情報としての価値が著しく低いものも該当します。その判断はクオリアが行いますので御主人様の判断と異なるケースもございます。お気を付けください」
そう締め括りスカートの端を摘まみ上げて優雅に一礼。
思ったよりまともな話だった。
「やればできるじゃないか」とこのメイドを褒めてやりたくなったが、それを言ったら何が返ってくるのか想像できない。
余計なことは言わない――俺はこの移動中にそれを学んだ。
「嫌がる御主人様を無理矢理……なるほど、これが凌辱派の言う逆転現象」
シャワー室での出来事は記憶の片隅に封印した。
なお、凌辱派の提案は既に流出してしまった映像に関しては仕方がないので受け入れた。
次に御主人様ポイントの使用に関しては黙秘された。
命令してもダメだった。
「クールタイムがまだあります」と「関連事項のため受諾できません」の二通りの拒否があったので、何かしらのルールは存在している模様。
結局謎は謎のままでアトラスが停止する。
そして下船した俺を待っていたのは一人の仕事着の男。
彼は近づくや否や挨拶も早々に用件をまくし立てるように言い始める。
「はじめまして。俺はここの責任者だとでも思ってくれ。名前はダールだ。仕事の内容は把握している。こっちが入る区画はこれだけだ、確認してくれ。それと期間は10日あれば十分だ。10日後にまた来てくれ。費用の方はこっちで、買い取り金額はこっちだ。これについては後々ちょっとした提案がある。数日待ってくれ。支払いはまとめてやった方が良いだろうから引き渡し時にお願いする。以上だ、質問は?」
手にしたボードに表示された詳細に目を通しつつ、問題がないことを確認しながら後ろに控えているメイドに視線を送る。
一応そちらでもチェックを頼む、とのアイコンタクトは無事成立し、アイリスは小さく頷いた。
「OKだ。これで進めてくれ」
「おう、決断早いのは良いことだ。うっし、お前ら作業にかかるぞ!」
そう言ってさっさと行ってしまう責任者。
あまりにもあっさりしていたので少々唖然としてしまったが、俺が知る職人っぽさってのは大体あんな感じだったな、と苦笑する。
「すみません、どうにも仕事一筋な方でして……」
いつの間にか近くにいた役人風の女性が言葉を濁す。
「いやいや、ああいうのはわかりやすくて助かる」
この手の人物は余計な考えを持たない。
行動原理から「警戒するだけ無駄な人物」というのは俺としてもやりやすい。
このアトラスを任せられる工廠は少ないが、少し探せば他にもある。
しかしああいった人物が上にいるのであれば、ここが俺にとっての最適解となるだろう。
何かあればここを頼ることにしようと決め、床に置いた荷物を持ち上げる。
「積み荷の移送はこちらで行いますので安心してください。一時間後にシャトルが出ます。それでプライムコロニーへと移動をお願いします」
「了解した」
女性の言葉に短くそう答える。
やはりセカンダリの方には入ることはできないようだ。
移動範囲もかなり制限されているらしく、ステーション内では表示されている道も少ない。
俺は真っ直ぐ指定されたシャトルへと向かう。
その後ろをアイリスは無言のまま静かについてきていた。
人混みの中、ただ静かに付き従うアイリスというのもなんだか珍しい。
思えばこのところずっとドタバタしていたな、と気の休まらない日々を思い返す。
そして気づいた。
(あれ? 人のいるところだとこのメイドは無茶なことをしないのでは?)
船内におけるアレコレは二人きりだからこそ起きたのであって、他にも乗組員がいた場合はどうなるのか?
その可能性を考えたところで否定した。
アトラスは帝国の最新鋭であり、俺が乗っていること自体が既に異常事態なのだ。
他の誰かを乗せるという選択肢はなく、あったとしてもそれは商売上のものでなくてはならない。
そして俺に近づこうとする連中は、この帝国の技術を狙っているか、船そのものを欲しているかのどちらかだ。
それを思い出して一つ息を吐く。
足は止まらない。
ただ真っ直ぐにシャトルへと歩く。
「無人のシャトル、ね……」
客は俺たち以外にはいない。
やはり扱いは腫物ということらしい。
シャトルに到着すると係の人が「中で待っててほしい」と早々に立ち去った。
小型のシャトルだがその分速度が出るらしく、プライムコロニーまで1日で到着するとのこと。
モニターに映し出された案内を見て「こんなに速度出るものなんだな」と驚くくらいには数字上のスペックが凄い。
時間はまだあるので設置されたモニターからシャトルについて調べていると、俺の座席に手が置かれた。
「御主人様。暇潰しに少しお話をしましょう」
俺の座席に覆い被さるようにアイリスがふわりとやってくる。
相変わらずスカートが大きく広がっても中の下着など見えない。
「御主人様は思ったことがありませんか?」
「何を?」
「宇宙はかくも広大です。ですがそれに比例して何故船のサイズは大きくならないのか? 宇宙に上がる前と比べてもその差異はたったの25%程度に抑えられています。宇宙の広さを考えれば、何倍にもなっていないとおかしいと思いませんか?」
言われてみれば、と俺は少し考えてみる。
こんなことを言い始めるということは何か明確な理由があってのことだろう。
手始めに大きな船を思い浮かべる。
大容量であるならば、一度に運べる量が違う。
兵器だって大型化すれば火力も変わるだろうし、スラスターにしてもそうだ。
コンパクトでハイパワーという謳い文句はよく耳にしたが大きさを誇るような宣伝はあまり記憶にない。
昔は大きくてそれが徐々に小型化していったという話は聞いたことはあるが、その理由が何かは知らない。
「ステーションの規格との兼ね合い?」
「違います」
まあ、そうだろうなと不正解を気にすることなく次を考える――が、ここで時間切れ。
「正解は『資源が有限だから』です」
「そんな理由なのか?」
正しく当たり前の話なのだが、それで今一つ納得できなかった俺の呟きにアイリスは「はい」とだけ答える。
「とても簡単で単純な理由です。この銀河は一度ディーエ・レネンス管理機構が支配しておりました。ではその時に使用された資源はどれ程のものだったでしょうか?」
この言葉に俺は「あっ」と理解できたと言わんばかりの声が出た。
「つまり、旧文明が資源を使いまくったから残された資源の底が見えてしまった? 限りがあることを実感してしまったからどの国家の船も小型化を推し進めていたのか?」
俺の回答にアイリスは「よくできました」と膝の上に腰を下ろす。
同時に俺はもう一つの答えにも辿り着く。
「鉱石がいずれは尽きる。それがわかっているから節約しているなら、船の残骸とかって金になったりする?」
この質問にアイリスは「します」と断言。
「ですが御主人様はもう傭兵ではありませんので海賊を襲ってその船を持って帰ることはできません。精々向かってくる相手を返り討ちにして比較的状態の良い船を頂くのが限界です」
それでも手続きが多くて売却は面倒でしょうが、と付け加えアイリスは俺の首に手を回す。
「精々遺棄された船を発見するくらい、か……で、何の真似だ?」
「折角見られているのだから見せつけようかと思いまして」
「俺にそんな趣味はないぞ!」
俺はアイリスを跳ね除け――ようとして失敗した。
「ご安心ください。音声データは送れないようにしております」
「それの、何処を、安心しろという?」
暴れる俺を「まあまあ」と宥めるアイリス。
「向こうも情報が欲しいのです。適当に帝国側が納得もしくは受け入れやすいようなものを流しておけば、勝手に推測して勝手に落ち着いてくれます」
「ああ、帝国側の動きを抑制するための欺瞞工作か」
「はい。御主人様の勘違いで始まったものです」
「蒸し返すのやめてくれる?」と光を失った目で抗議。
その姿を見てアイリスは御主人様ポイントを追加した。
シャトルが動き出す。
俺は一言「寝る」とだけ告げて目を瞑った。