15:到着ニルバー星系
(´・ω・`)予約したつもりがミスってた。やっぱり熱あるとダメだな。
ニルバー星系に到着し、目的であるセカンダリステーションまで後7日となった頃、ブリッジでは沈黙が流れている。
その静寂を破るようにその場にいるメイドが口を開いた。
「御主人様」
それは呼びかけであり宣告でもあった。
自分でもわかっている――だが、それでも認められないものはあるのだ。
「何故勝てると思ったので?」
「これでも結構やり込んでんだぞ!?」
アイリスとのゲーム勝負は全戦全敗という結果に俺は逆切れした。
事の始まりはこうだ。
勉強時間が終わり、休憩と称してメイドから逃げ、暇を持て余していたところでアイリスと遭遇。
逃げ出した俺と捕まる俺の時間が誤差の範囲であったことはさておき、これ以上いいようにされてたまるか、と使った言い訳がゲームであった。
もう起動する気もなかったゲームだが、この場を凌げるのであれば思い出の中から引っ張り出そう。
するとメイドが妙に協力的になり、ブリッジの特大モニターでゲームができるようになった。
見覚えのないゲームコントローラーもついてきたので、このケースを想定して前回のポーターが持って来ていたのではないかと思われる。
これに関しては素直に褒めてしまったが、加算される御主人様ポイントで誘導されていたことに気がついた。
何でも良いから一泡吹かしてやりたい俺は、丁度対戦可能なゲームであったことを思い出し、暇潰しを理由にアイリスをゲームに誘った。
ゲームのジャンルはシミュレーション。
内容を簡潔に言えば「アント」と呼ばれる昆虫の勢力を拡大させ、地域を制圧するゲームである。
時間内で各種スコアの合計値が最も高い者が勝者となるシンプルなものだが、リアル志向をこじらせたこいつは一筋縄ではいかない。
様々な自然災害や天敵の襲来を初め、この小さな昆虫の繁栄を妨げる要素が幾つも用意されており、プレイヤー同士での戦闘ともなれば、それは最早戦争である。
互いに貯め込んだリソースを吐き、どちらかが倒れるまで戦い続ける。
当然他のプレイヤーがそれを黙っているはずもなく、一つの争いが連鎖的にゲームの勝者を決めることも多々ある仁義なきゲームである。
プレイヤー2にAIが2の4人対戦で始まった「アリ地獄」は序盤こそ俺がリードしていたものの、中盤に追いつかれ、終盤にはもう手の届かいところまで差が広がっていた。
「……このゲーム、やったことないんだよな?」
「解析が完了しておりますので問題ありません」
ゲーマーがキレそうになる酷い答えが返ってきた。
ならば、と今度は格闘ゲーム。
オンライン対戦はTOP500にまで食い込んだこの実力――わからせようとしたのが間違いだった。
反応速度がかかわるゲームでは勝ち目がないと理解するには良い教材であったとだけ言っておく。
同様にパズルゲームも一戦で止めた。
そして現在やっているのが育成バトルシミュレーションという、要するに育てたモンスターでデュエルするゲームである。
流行に乗っかり購入して最後までやってしまったゲームだが、暇なときについつい手を出してしまう中毒性故か、結構な時間を費やしやり込んだ作品でもある。
この運要素が多いシステムのゲームならば、と俺はこいつに賭けることにした。
その一戦目が終わる。
結果は先ほどの通り見事な惨敗。
だがこのゲームならば、運ゲーを制した先に勝利がある。
そう思ってゲームを続けていた。
「申し訳ありません。どうやらゲームがバグってしまったようです」
表示されているのは「モザイクでも入れた方がいいじゃないのか?」という可愛らしいモンスターが戦うゲームとは思えない見た目グロテスクなクリーチャー。
「待って」
こんなの知らない、と目の前の光景を否定。
だが無情にもデュエルは開始され、開幕5秒で俺の真っ白で丸々と可愛いモコモコの動物はピンクの肉塊へと変えられた。
それを触手のようなもので吸い上げながら「ホゲェェェ」とおぞましい雄たけびを上げて勝利のポーズ。
「こんなデータあったでしょうか?」
不思議そうに首を傾げるメイドを見て俺が一言。
「ゲームはもう止めよう」
このジャンルでは無理だと悟った。
アイリスがゲームデータの入っている俺の携帯端末からコードを引き抜き、ブリッジへと収納して片づけをしてくれる。
「御主人様。ご奉仕のお時間です」
突然の奉仕宣言に俺は「え?」と声を漏らす。
「勝負事には『負けた者は言うことを聞く』がつきものです。なのでご奉仕します」
「普通勝った側が『ご奉仕しろ』にならない?」
アイリスが「なりません」とキッパリ否定するや否やスカートの中から有線式アームが飛び出し、逃げる間もなく俺は捕まった。
ニルバー星系セカンダリステーション――帝国が誇る大規模造船所の一つであり、ニルバー星系における二番目のステーション。
工員のために用意されたコロニーは残留許可は疎か、下船許可すら下りないほどに徹底されており、無関係な人間は立ち寄ることさえ許されない雰囲気を漂わせた帝国の機密の塊でもあった。
今回立ち寄ることが許されたのは偏に「そっちの都合に合わせてやる」とアイリスが強引に決定したお陰でもある。
だからこそ、こうやって防衛部隊が総出でお出迎えしてくれているわけだ。
アイリスに捕獲されてからのご奉仕の日々――トイレだけは勘弁してくれ、と最後の一線だけはどうにか死守していると7日などあっという間だった。
自分でできることもさせてもらえない辛い毎日を思い返し、やっと到着したと思えば無数の砲門が歓迎してくれているのだ。
撃たれることはないとわかっていれば怖くはないが、中々に肝が冷える光景だなと感想が漏れる。
しかしこの奉仕漬けから脱出できるのであれば問題などない。
ようやく俺は自由を一つ取り戻すことができるのだ。
「ちなみに体だけはすっかり正直になった御主人様の映像はこちらの派閥の方々に大変好評でした」
「サラッと人の映像流出させるの止めてくれる!?」
ようやく終わりを迎えたと思えば突然話を戻しての爆弾発言。
「勝手に撮影するな」と注意したが、どうやら基本的に外に出た機械知性体の見た映像は自動的に送信されているらしい。
全てではないが、クオリアからの要求を拒否するのも限界があるらしく、非常時以外は送信状態になっているとの説明を受けた。
「凌辱派の皆様から熱いファンレターも届いております」
「いるか!」
なにが悲しくて凌辱派とかいう有機生命体を何だと思っているのかと抗議したい連中から手紙を受け取らねばならないのか?
それは当然の拒絶だった。
しかしそこに追加の情報が加わることで俺は頭を悩ませることとなる。
「凌辱派の皆様から食用有機物カートリッジの代金を受け持つとの提案がされております」
俺の思考がピタリと一時停止する。
「また今後も映像を提供頂けるのであれば引き続きカートリッジの代金をこちらで支払うとのことです」
天秤にかけられたのは尊厳と金。
以前の俺ならば迷うことなく拒絶した。
だが今の俺は借金漬けに加え尊厳などないかのような扱いを受けている。
天秤は揺らぎ続ける。
決断ができない――助けを求めるようにアイリスへと視線を送ると、そこにはホロディスプレイにコココと指で高速で突くメイドの姿があった。
「申し訳ありません御主人様。御主人様ポイントを増加させる指が止まりません」
相談する相手を間違えた。
取り敢えず返答は保留となり、俺の乗るアトラスがゆっくりと港へと進んで行く。
なお、アイリスは承諾することを強く推奨していた。
理由は経済的なものを前面に押し出したようだが、追及すると奉仕欲求をあっさりと認めた。
また気になって確かめたところ、食用有機物カートリッジは帝国で販売されているフードブロックの原料で代用可能ではないかという疑惑が出てきた。
こちらの追及に黙秘していたアイリスだが、御主人様として命令したら意外なことにあっさりと可能であると白状した。
「ポイントの乱用はお控えください」と文句を言われたが、その辺の説明をされた覚えがない。
ちょっと色々と話し合う必要があるのではなかろうか?




