14:失われたあれこれ
「おいおい、ほんとにこいつ足遅いな」
「速度からすると……中型輸送船くらい。でもサイズがちょっと変だな? それでこの速度か? 過積載の可能性もあるが、中古品って話だったな」
「つか、こいつ護衛なしとか馬鹿だろ。宇宙舐めてるだろ」
「元傭兵だってよ」
「安全ルートの情報でも買いましたかー、ってか?」
ゲラゲラと品のない笑いがブリッジに響く。
俺はそれを顔を顰めながら聞き、隣に立つメイドに質問する。
「……なあ、これ何?」
「海賊の通信ですが?」
それはわかる。
何故それをわざわざ傍受してブリッジで流しているのかということだ。
「御主人様は何もやることがなく暇そうでしたので、連中の断末魔でも聞かせて差し上げようかと思いました」
アイリスはそう言うとアトラスの主砲を発射。
海賊どもは宇宙の塵となった。
ちなみに最後のセリフは「ん? 何か光ったか?」である。
射程の違いというのは本当に強い。
一般的な光学兵器の何倍もの有効射程を持つのが粒子兵器。
そんなものを搭載したアトラスに海賊如きが何かできるはずもなく、何事もなかったかのように航行は続く。
ミスホーク星系へと到着し、次のツボルディアのハイパーレーンまで後18日と出た。
そこからニルバー星系に行けるので初仕事の終わりが見えてきた。
「鈍足と言っても帝国軍用艦の最新鋭。致命的なレベルではないんだな」
艦隊行動に支障が出るから生産中止となったみたいだが、速度重視のタイタン級に合わせることができなかった部分が大きく、アトラス自体はサイズや武装を考えればそこまで足の遅い船ではない。
更にこのアトラスは現状でも既に未搭載の兵器があり、通常のものより重量がかなり減っているのも影響していると思われる。
ともあれ、海賊を一掃したのでお勉強タイムが再開される。
ちなみに海賊の通信を傍受していたのはアイリスが勝手にやっていただけであり、アトラスではあの距離でどうこうする能力はない。
義体を使用している機械知性体ですら戦艦に匹敵すると聞いた覚えがあるが、多分それは純粋な戦闘能力だけを言っているのだろう。
そんなわけで何事もなく、無事ミスホーク星系へと到着。
目的地であるニルダー星系まで31日とハイパーレーンまでが遠い。
「次に降りた時は時間を潰せるものを持ち込もう」と心に決め、携帯端末に避難させていたムービーを鑑賞。
本日の勉強は終わっているので今は自由時間。
何度も何度も見返したものだが、良いものは良いのだ。
「御主人様は本当にビーチバレーがお好きですね」
じっくりとムービーを見ていると突如背後から声をかけられる。
「うお、部屋に入って来るならコールくらいしろ!」
「コールはしましたが音が鳴らないようにしましたので御主人様は気づかず私はこうして入って来ることができました」
「俺のプライバシー何処よ?」
俺の責めるような質問を無視してアイリスはずいっと顔を近づけ携帯端末に映るムービーを見る。
「確認できるだけで御主人様がそのシーンを見るのは27回目となります。御主人様はビーチバレーがお好きなのですか?」
「だから俺のプライバシーは? いや、見るものが少ないというのもあるが……娯楽として見れるものがこれくらいなんだよ」
実際問題前の船から持ち運べなかった大量のデータの中から厳選したとは言え、この本数の少なさは致命的だ。
それもこれも無駄にでかいゲームのデータ容量が悪い。
暇さえあればやっていたからトロフィーを獲得したデータが惜しくなって残してしまったのは失敗だった。
十分やり込んだので今更起動させる気にもならないゲームを残し、何故何度もお世話になったムービーに別れを告げたのか?
正に痛恨のミスだった。
そんな風に後悔に打ちひしがれているとアイリスは俺の手から携帯端末を取り、そこに映る映像を指差す。
「特にこの部分を繰り返し見て――」
「ほっとけ!」
奪い返した携帯端末のムービーアプリを消す。
なお、指摘された箇所はお気に入りの女優がマイクロビキニで飛んできたボールをトスするシーン。
ハイテンションのあまり軽く飛んだせいでビキニが上にずれてしまうところである。
その後は周囲の声に惑わされつつ集中的に狙われたために水着を戻すこともできず、露わになった胸を気にしすぎて敗北からの罰ゲーム、というのがこのムービーの大まかな内容だ。
「なるほど。御主人様はポロリズムの方でしたか」
知らない単語が出てきたことで首を傾げて見せる。
しかしそんな俺の疑問に答えてはくれないアイリスは勝手に納得して完結してしまっている。
取り敢えずムービー鑑賞タイムだから出て行ってもらおうとアイリスを個室の外へと押す。
「御主人様は本当にドールがお好きですね」
その何気ない一言に「何が」と迂闊にも返事をしてしまった。
そして俺の夢は崩れ去った。
「先ほどのムービーに出ている女優は全てアンドロイドかセクサロイドですよ?」
アイリスの言葉に俺は「え?」という間の抜けた声を出してしまう。
「昨今のポルノムービーには生身の女性は出てきません。全てドールで代用されております」
「嘘だ!」
思わず声を荒げる俺。
しかしだからこそ「一昔前のものが何故こんなに高額で取引されているのか?」というこれまでの疑問を解消するには、この答えはあまりにも説得力がありすぎた。
それを否定するように、俺は携帯端末のアプリを再起動。
アスレチックステージでローションまみれのあられもない姿を晒しながら泣き言を言う女優を映す。
「こんな演技がアンドロイドにできるのか!?」
「ただのトレース機能ですが声に関しては本物です。その系統の声優を起用していますね」
「アンドロイドなら、首のところにメーカーロゴとかあるだろ!?」
「映像の方に編集した痕跡がございます。それと露出の少ない最初のイメージ映像だけは女優を使っていますね。宣伝文句と矛盾しない作りです」
ドサリと俺が崩れ落ちる。
「神は死んだ」
大袈裟な、とアイリスは御主人様ポイントを加算する。
「俺が……俺が見ていた夢は、一体なんだったんだ?」
「夢です。目を覚ましてください」
冷徹な一言に俺は立ち上がる気力を失いただ項垂れている。
その姿をピロンピロンと音を立てて保存しているアイリス。
顔を上げるとそこには実に良い笑顔で写真を撮り続けるメイドがいた。
次の瞬間、溜まるものが溜まっていた俺は多分吹っ切れた。
「……しろ」
「おや?」
「俺の相手をしろ、アイリス!」
怖いもの知らずも甚だしい発言である。
機械知性体相手に「抱かせろ」とか自殺行為に等しいと言った後に気が付いた。
直ぐに撤回しようとしたところ「かしこまりました」とアイリスは優雅に一礼。
「……いいの?」
「むしろ何故ダメだとお思いで?」
そこにいたのはいつものアイリスではなく、初めて会った時のあの邪悪な笑みを浮かべたメイド。
本能的に察した――選択を間違えた、と。
「待って、やっぱ――」
「キャンセルはできません」
しゅぱっと伸びた手が俺の口を塞ぎ、スカートから伸びた無数の三本爪の有線式アームが迫る。
抵抗虚しくあっという間に服を脱がされた挙句にベッドへと放り投げられた俺は、そのままアームによって押さえつけられた。
「さあ御主人様。ご奉仕のお時間です」
「望んでたのと違う……」
事が終わり、裸のままベッドでめそめそしている俺にアイリスが冷たく一言。
「7回も出しておいてその発言は如何なものかと」
無理矢理そうさせたのは誰だったかと言い返したかったが、そのような気力など何処にもない。
人間精も根も尽きた状態では何もできないのだ。
ただ己の不甲斐ない肉体を嘆く。
「くっ……俺は、この程度だと言うのか!?」
無力な自分に叱咤の言葉を浴びせたところで、衣服を整えながらも胸元だけはしっかりと開けられたアイリスが腰を曲げてこちらを覗き込む。
視線は自然とその谷間へと吸い寄せられた。
「ご安心ください。御主人様の体は正直です」
「何をどう安心すればよいのかなぁ!?」