13:増える債務
所有者の許可なく続々と運び込まれる荷物を見ながら思う。
「これ、録画できないかなぁ」と見た目コミカルな運搬用ロボの隊列を見ながら、船の制御を完全に乗っ取られている現状から目を逸らす。
「御主人様。作業の方は後24分で終了します。こちらに受領のサインをお願いします」
アイリスがそう言うと目の前に出現するホロディスプレイ。
映し出された項目を入念にチェックすると、見過ごせないものを発見した。
「おい、俺が金を払うのか?」
「勿論です。全て御主人様のためのものとなっておりますので」
俺は大きく一つ溜息を吐き、今更多少借金が増えたところでどうということはない、とその金額を確認。
表示されている29800という数字を見て「まあ、これくらいなら」と麻痺した金銭感覚で伸ばした指先が止まる。
「……C? クレジットじゃな――」
最後まで言い終わる前にアイリスが俺の指を動かし同意させる。
「これで完了です」
「おい、ちょっと待て! まさかこれクラウンか!? クレジット払いじゃなくてクラウン払いか!?」
焦る俺にアイリスは冷静に返す。
「アルマ・ディーエの技術を用いた品物ですので取引は全てCとなっております。クオリア製の最新型調理機です。良い買い物をなさいましたね」
そう言ってニッコリと笑うアイリス。
ちなみに俺が何も気づかず同意を押していたら御主人様ポイントが加算されていたとのこと。
「俺はCなんて持ってないぞ!」
銀河市場ではクレジットが共通通貨だが、例外がないわけではない。
それが未開惑星とアルマ・ディーエだ。
クオリアとの取引は基本的には不可能だが、それ以外の遺産から旧文明の商品を購入できるケースというのは存在する。
その際に使われるのが「クラウン」だ。
このクラウンは旧文明の通貨であり、現在でもアルマ・ディーエが使用している銀河市場からは独立した通貨である。
入手方法は極めて限定的で、クレジットで買うこともできなくはないが、持ってる相手が何らかの事情で手放すよう状態にでもならなければまず取引が成立しない。
そして気になるその相場だが……正に法外と言ってよい。
「……1Cが16432Cr」
携帯端末を操作する俺が崩れ落ちた。
記憶が確かなら前に目に入った時の相場は12000付近だったはずだ。
今後相場が下がることも考えられるが、その逆もまたあり得るのだ。
「これ、払えると思ってんのか?」
「出世払いで構いせんよ?」
俺が出世したところで払えるとは到底思えない。
「最悪クオリアから仕事を斡旋してもらいその報酬を支払いに充てるということもできますが?」
天からの救いの如き提案に思わず顔を上げてしまうが、これは巧妙な罠である。
そもそも支払いがCであるどうかもわからない上、承諾してしまえば返済まで仕事をさせられる。
問題はその仕事の内容にある。
クオリアが求める業務が世間一般のそれと違うのは想像に難くない。
これは事実上の身売り――そう結論づけて警戒を強めていると、アイリスはやれやれと身振り手振りで俺を馬鹿にする。
「御主人様。旨い話には裏があると言いますが、私が提示する条件は極めて良心的な提案です。勿論支払いはCで行われるので返済に関しては無理のないよう調整するつもりなのでご安心ください」
アイリスの言葉に「本当に?」と疑いの視線を向ける。
その視線を心外だ、とでも言うような素振りを見せるが、ちょっとこれまでの言動を振り返ってみようか?
「御主人様がお望みならそのように飼い殺しにすることも可能ですが……」
「普通で頼む」
かしこまりました、とアイリスはスカートの端を摘まみ上げ優雅に一礼。
「いや、本当に頼むからな? 人間にはできっこない仕事や命にかかわるようなものはNGだからな?」
「御主人様。そのように念を押されてしまっては『本当は逆のことがお望みでは?』と疑ってしまいます。メイドとして主人の意向に沿うよう努力いたしておりますが、そのようなフリをされては判断を誤ってしまいそうです」
なんでだよ、という俺の至極真っ当な疑問に返答はなく、作業を完了させた運搬ロボを見送った。
中には俺に手を振るロボもいたのには驚いた。
消えるポーターをブリッジから眺め、食堂へと移動して待つことしばし、やってきたのは自信満々といった表情のアイリス。
その手には料理が乗せられたトレーがその存在を誇るかのように輝いている。
「おい、なんだその光は?」
「おや? こういう表現はお好きでない?」
何もないところで発光する料理とか初めて見た。
料理自体はムービーや電子情報の中で何度も見たことはあるが、生で見た初めての料理が光り輝いているのはどうかと思う。
発光が止まり、テーブルに料理が並べられる。
「仔牛肉のビーフシチューにソフトシェルクラブのソーラムタンサラダ。付け合わせのパンはカムイッドとなっております。硬いのでシチューに絡めてお召し上がりください」
「おお……なんか凄くそれっぽい」
ムービーで見たことがある光景にちょっとだけ感動した。
早速スプーンを手にビーフシチューとやらを頂く。
仔牛肉とやらをスプーンで切り、シチューと共に口へと運ぶ。
「……うっま!」
俺が今まで食ってきたのは何だったのか、と疑問が湧くくらいには隔絶した美味さがそこにはあった。
夢中になってスプーンを動かしていると、アイリスから一言。
「御主人様。パンやサラダもありますのでそちらもどうぞ」
「あ、ああ……」
言われるがままにパンに手を伸ばし、パリパリと少し硬い表面を千切ってシチューに浸けて食べる。
美味い――ただそれだけしか出てこない。
次にフォークを手に取りサラダへと意識を向ける。
「そう言えば……生の野菜って初めて見るわ」
食っても大丈夫なのか、と視線で問いかけてみると「いいから食え」という圧力を含む笑みが返ってくる。
数種の野菜とドレッシング。
その上に散りばめられたソフトシェルクラブとやらの身。
フォークを突きさしまずは一口。
「んー、こういう感じか」
決して強くない酸味と野菜の歯ごたえが心地良い。
そこにアクセントとして複雑な味わいのカニの身が自己主張をしており、全体が奇麗にまとまっている。
「このソフトシェルクラブってのはカニだよな? 普通のカニと何が違うんだ? あとソーラムタンってのは何?」
サラダをモグモグと食べながら矢継ぎ早に質問を飛ばす。
口の中にものが入っている時は喋らないように、と軽く注意されたが、アイリスは快く質問に答えてくれた。
「ソフトシェルクラブとは脱皮直後の甲羅の柔らかい個体を指すものです。このサラダには身に混じって甲羅の部分も混ざっており、それが味に深みを与えると言われています。ソーラムタンは人名です。このワインビネガーとイエローオイルを用いたドレッシングの考案者となっております」
「ほー」と感心したように話を聞きながら目の前の料理を貪る。
皿を舐めるような勢いだったのか、残ったソースはパンでふき取るようにして食べるものですと事前に注意されてしまったが、食べ終わった俺を満たすのは確かな満足感と幸福だった。
「如何でしたか、御主人様?」
「……食堂が重力区画に設定されている理由を思い知ったよ」
正にぐうの音も出ないとはこのことだ。
何一つ反論する気にもならないこの満足感。
アイリスが必要である、と断じる理由が理解できてしまった。
となると俺としても協力することにやぶさかではない。
「しかし、そうなると何か月分の生ものの保存にも気を遣う必要があるな」
何気なく呟いた一言にアイリスが補足説明をしてくれる。
「これらは全てデータを基に再現したものとなっております。こちらの原料を用いた素材の再現率は99.9%を誇り、天然素材とそん色のない仕上がりです」
「へぇ、この箱の中に元となった原料が入っているのか」
アイリスが取り出したケースを受け取り、それをまじまじと見つめながら感心したように呟く。
すると「その原料がこちらになります」と突如目の前に現れるホロディスプレイ。
そこにはうねうねと蠢くピンクの肉塊。
「合成蛋白質ことワーム君です」
蠢く肉塊を死んだ目で見つめながら「これを食ってたのか」という声が漏れた。
「勿論加工してありますので原型など微塵もありません」
ドヤ顔で胸を張るアイリスに、俺は黙って手を伸ばすとその豊かな胸を思いっきり掴んだ。
ささやかな仕返しのつもりだったのだが、アイリスは「食欲の次は性欲ですか? 仕方ありませんね」と何故か御主人様ポイントが加算された。
こいつに一矢報いることができる日は果たしてやって来るのだろうか?
TIPS:通貨
銀河市場通貨は「クレジット」で「Cr」と表記され、全ての取引はクレジットで行われている。
例外として旧文明通貨である「クラウン(C)」を機械知性体は使用しており、基本的にクレジットでの取引を彼らは拒絶する。そのため、圧倒的技術力差がある彼らとの取引に使用できるクラウンは時にとんでもない価格で取引される。
1Crが100円くらいを適当に想定。