12:知らなくてもよいこと
「――これくらいにしておきましょう」
アイリスの勉強タイム終了宣言で俺は解放された喜びから体を座席へと預ける。
襲撃からブリッジに向かい、そのまま宇宙に煌めく星々を眺めながらの勉強となったが、それで効率が変わるわけでもなく、どうにか頑張ってアイリスの進行についていくことができた。
「しかし、まさか帝国が条約違反ギリギリの武装を開発していたとは……」
話の途中でこのアトラスについて詳しい説明を聞くことになったまでは良いのだが……唐突にアイリスが「この船にも条約で禁止された粒子兵器類が搭載されております」と爆弾発言をかましてくれた。
ちなみにさっき海賊を一掃した粒子砲がそれに該当する。
この粒子兵器なるものが何故禁止されたのかを簡単に説明すれば、使用後の残留粒子によるシールドや船体への浸食が確認されており、しかもその残留時間が果てしなく長く「宇宙を汚染する」として各国が条約で禁止したのである。
なので一般的に目にする「粒子砲」とは所謂「準粒子兵器」と呼ばれる劣化品となっている。
まさか自分の船に条約違反の兵器が搭載されているとは、と戦々恐々であったが、アイリスが言うには「残留粒子を崩壊させることできちんと処理できています。帝国の技術も進んだものですね」と機械知性体を感心させるものだった。
詳しい技術説明は覚えていないが、本来その場に留まり周囲の物質に浸食する粒子を崩壊させることで残留粒子を無くす方法は、アルマ・ディーエが使用する粒子兵器と構想が同じだと言う。
但し、技術面の格差により性能は段違い。
帝国の技術は日々進歩しているんだな、と俺も感心していたところにアイリスは再び爆弾を放り投げてきた。
「アトラスが搭載している粒子砲の存在自体は周辺国に既に知れ渡っております。ですが帝国はその技術を当然秘匿します。さて、ここに帝国軍に属していない最新鋭の戦艦がございます」
ここまで言われれば俺でもわかる。
伯爵が「胃に穴が空きそうだ」と文句を言っていた理由がよくわかる。
そんな明らかに面倒事を呼び込む事情を察した俺に、アイリスは笑顔で迫って来る。
「問題です。各国がどのような手段を取るかをお答えください。正解すれば10点。不正解でも御主人様ポイントが10点加算されます」
「その点数何? あと御主人様ポイントとやらについての説明を求める」
「マスクデータなので頑張って察してください」
笑顔で要求を却下したメイドに不信の目を向けるも、この程度で揺らぐ相手ではない。
「……ダメなところを見せればポイントが貯まっていくのは想像できる。それが何なのか、またそれで何ができるのかを教えてくれ」
「お答えできません」
きっぱりと拒否するアイリスを胡乱げな表情で見ていると「仕方ありませんね」と言って一言だけヒントをくれた。
「現在御主人様ポイントは十分ございます。なので突如いなくなるようなことはありませんのでご安心ください」
つまり定期的にダメなところを見せてご機嫌取りをしろ、と言うことか?
「何も心配する必要ありません。御主人様ならば何もせずとも御主人様ポイントが尽きることはないと断言させていただきます」
「断言しないでくれる?」
こんな具合に初日は過ぎていった。
次のハイパーレーンまで後23日。
目を覚ます――と同時にアイリスの顔がそこにはあった。
「……おはよう。どうして俺は拘束されているのかな?」
無重力故にベッドに括りつけるタイプの布団中、備え付きのベルト以外のもので拘束されている現状をアイリスに質問する。
「監禁派から要請が煩わしかったので、拘束状態の御主人様を撮影することでお引き取りいただきました」
「お前らのコミュニティー物騒過ぎない?」
俺は「なんだよ、監禁派って?」という至極真っ当な質問をしたつもりなのだが、このメイドはそんなこともわからないのか、という顔をする。
「御主人様。ご奉仕と一言で言っても様々な道や派閥があるのです」
可哀そうな者を見るような目で諭された。
俺は絶対に間違っていない。
「取り敢えず、これ外してくれないか? そろそろ食事もしたいしトイレにも行きたい」
何はともあれこの拘束状態から脱しなければ始まらない。
だがアイリスは何か考え事をしているのか、じっと俺を見たままで動かない。
「アイリス?」
「……なるほど、身動きが取れない御主人様へのご奉仕とはこういうものですか」
「何をしようとしているのか察したから言わせてもらう。これを、ほどけ、今すぐに、だ」
仕方ありませんね、と不承不承と言わんばかりにベッドに撒かれたベルトを外していく。
自由になった体を確かめるように軽く動かし、飯にするかと食堂へと向かった。
そして到着するなり箱詰めにされている栄養ブロックを取り出し、ケースを確認。
「今日はどれにしようかな」とフレーバーを見ていると、後ろにいるアイリスがぼそりと呟く。
「……御主人様はコレを食事と言う」
信じられないものを見るかのような目でドン引きしているアイリス。
「普通こうだろ? もしかして料理されたものを言ってるのか? そんなもの食えるほど俺は裕福じゃないだろ」
「それはそうですが」と未だ納得できない様子を見せるアイリスだが、流石に今の俺から経済状況を理由にされてはどうにもならないだろう。
ボリボリと細長い栄養ブロックを齧りながら、まだ新品と言って差し支えない携帯端末を取り出す。
ホロディスプレイに映るニュースを眺めながら食べ終わった栄養ブロックの包装をダストボックスに突っ込み、二本目を取り出そうと箱の中を物色しているところにアイリスが一言。
「無理です。御主人様、限度があります」
「ええ……ダメな方が良いんじゃなかったのか?」
方向性が違います、と切り捨てたアイリスは問答無用とばかりに栄養ブロックの詰まった箱に手をかざす。
次の瞬間、ブシュッと空気が抜けるような音が聞こえたかと思えば箱が消滅していた。
「……は?」
「御主人様。食事はこちらでご用意します。その間に簡単なマナー講座を行いますので運ばれるかご自分で歩くかをお選びください」
有無を言わせぬとは正にこのこと。
俺はアイリスの迫力に負け「歩きます」とか細い声で返事をし、ブリッジへと到着するなり無数のホロディスプレイが目の前に突如出現した。
「どうぞ、お座りください」
そう言って艦長席を勧めるアイリスの目が本気度を語っている。
本能的に「あ、これ逆らったらダメなやつだ」と感じた俺は言われるがままに着席し、順次正面へとくるくる回るホロディスプレイを見ながらアイリスの講義に耳を傾けた。
そんな時間が何時間も続いた時、ブリッジから見える宇宙空間に突如歪みのようなものが見えた。
「アイリス! アトラスを戦闘態勢に移行しろ! 何か来るぞ!」
「御主人様。時間通りですので静かにお願いします」
「……え?」
どうやらあの現象はアルマ・ディーエと関係があるらしい。
まさか「食事を用意すると言ったがあれなのか?」と歪む空間をじっと見つめる。
そして、そいつは姿を現した。
「……ブラックバス!?」
正体不明の真っ黒な船のような何か。
レーダーに映らず、視認は困難という発見例がこの100年でも僅か数例という謎の塊が俺の目の前に現れたのだ。
「いえ、これはただのポーターです」
驚愕を露わにする俺に冷静に「荷運び用」と返すアイリス。
なるほど、一時は新たな宇宙怪獣か何かと騒がれていたが、アルマ・ディーエの所有船ならば納得もいく。
この宇宙にはまだまだ謎が多い。
その一つがたった今解明されたわけだが……こんな形で知るというのはちょっとロマンがなさすぎるのではないかと思う。
そして、長年各国が血眼になって調査していた「機械知性体とのワープ技術はどれほど差があるのか?」という疑問もまた、たった今氷解した。
(これに喧嘩を売るのは馬鹿の所業だ)
こんなワープの仕方があるか、と何のリスクもなく飛んできた船を見つめ、改めて技術力の差というものを実感させられた。