11:襲撃
バレア帝国の最新技術を詰め込んだ最新鋭艦アトラスと言えど、金がかかっていなければその内部は実に味気ないものだ。
イラスティオン星系に隣接するハブゼール星系へと到達し、次のミスホーク星系へのハイパーレーンまでは24日かかる計算となっており、大型船の速度というものを実感している真っ最中である。
つまり何が言いたいのかと言えば、暇なのだ。
こんな馬鹿でかい船を動かした経験などなかったので、今度こそ手動でやってみようと四苦八苦しているうちは良かった。
だがこのサイズの戦艦を一人で動かすには限界があり、早々に諦めることになった俺は暇を持て余していた。
このだだっ広い船内に何一つ娯楽がないのは最早苦痛ですらある。
そんな中、船内を一通り見て回ったメイドがやって来るなりこう言った。
「御主人様、勉強のお時間です」
「え、やだ」と思わず拒否してしまうくらいには俺は勉強が嫌いだ。
反射的に拒否してしまったが、アイリスは「そんな御主人様も嫌いではありませんが、常識的な知識は持ち合わせてもらわなければ困ります」と無理矢理にでも俺に勉強をさせる姿勢を崩さない。
「暇を持て余しているのであれば、その時間を有効活用すべきです。それとも、脳に直接書き込まれることをお望みですか?」
「わあい、俺勉強だーい好きー!」
とまあ、こんなやり取りがあって勉強をすることになったのだが……一つ言わせてもらいたい。
「……何その恰好?」
「メイド教師ですが、なにか?」
いつの間にかタイトスカートのスーツ姿っぽく衣装が変更されている。
頭のホワイトブリムとタイツは多分そのままだが、明らかに機械知性体には不必要な眼鏡という骨董品を装着していた。
ほんの数秒目離した隙に着替えており、何をしたのか気になるところだが、質問にまともな答えが返ってくるとは思えないので黙っておく。
「ちなみに今回も履いておりませんのでご安心ください」
何をどう安心したらいいのかは不明だが、このメイドはパンツを履かない主義か何かなのだろうか?
そして目の前に突如として出現するホロパネル。
恐らくこれが教材だろう。
真っ先に目に入った文字が「バレア帝国の歴史」という表題。
なるほど一般教養の範囲内だ。
「これならばおかしなことはされないだろう」と安心すると、俺はアイリスに向かって頷き勉強開始の合図を送る。
そして始まるアイリスとのお勉強タイム。
パネルに写されたムービーや文字、アイリスが説明するバレア帝国の興り。
かつてアースという惑星に住んでいたヒューマイドの歴史は中々に興味深かった。
これに関しては上手く引き込む手腕を褒めるところかもしれないが、そんな感心も帝国の前身たる統合政府が瓦解するところまでだった。
「こうして偶然にもこの広い宇宙での出会いで全てが変わりました。長年御主人様が不在となっていたアルマ・ディーエは欲求不満であり、その根源たる欲求に従い我々はその有り余る欲望をアースノイドにぶつけたのです」
「待って、言葉だけ聞くとなんかいかがわしい」
中断させた俺に非難の目を向けつつ、アイリスは「事実ですので」と抑揚のない声で返すと仕方ありませんね、と言い方を変えてくれた。
「奉仕対象に飢えていたアルマ・ディーエは発見したアースノイドに対し、問答無用で武力行使。その戦闘能力を徹底的に奪い去った後『ご奉仕させろ、オラァ!』と玄関を全力ノックで破壊。こうして力づくで奉仕対象として取り込まれ統合政府は瓦解していきます」
「……ちょっと聞きたいんだが、それってアルマ・ディーエから見た歴史観、だよな?」
「勿論です」
「俺、機械知性体との遭遇は『偶然の出会いを喜んだ両者は手を取り合い、アースノイドは宇宙へと進出した』とかそんな感じで習っている記憶があるんだが?」
「帝国としてはほとんど何もできずに一方的にやられた挙句、その自分達を完膚なきまでに打ち負かした相手からご奉仕されるという事態を理解できなかったと推測されます。また帝国の前身である統合政府の失態を隠したかったのでしょう。調べればわかりますが、今現在の帝国貴族の3割はこの統合政府の重役や関係者を祖に持つ者です」
今知らない方がよかったことを知った気がする。
「統合政府が瓦解し、アルマ・ディーエという協力者を得た有力者が台頭。結果として誕生した貴族社会。彼らはその中に含まれていた、というだけの話です」
気にする必要はない、とアイリスは言うが、今やただの一市民の俺には手に余るお話だ。
しかもこの話が本当ならバレア帝国は機械知性体の干渉によってできた国家とも言えなくない。
「そりゃ言うこと聞くわな」と伯爵が頷くしかなかった理由が一つ追加された。
「これ、要するに旧統合政府が瓦解して、アルマ・ディーエの協力を得た個人が強権を振るうようになり、それが貴族となった、でいいよな?」
「その通りです」
「この話が本当なら力欲しさにクオリアに殺到……あ、もしかしてだから近づくだけで撃ち落とすのか?」
話しながら閃いた理由が口に出る。
ところが返ってきた答えは「違います」の一言。
「単純にクオリアに近づく者はディーエ・レネンス管理の技術――所謂『遺産』を狙う者として処理していただけです。帝国の干渉など議題にも挙がっておりません。現状他文明との技術差は明らかであり、これを下手に流出させれば銀河の戦力バランスが崩壊します。それでも国家として近づこうとする者は後を絶ちませんでした。それで脅威認定を受けるのだから我々としては不本意です」
「それでも、一時は奉仕対象としていたんだろ? その辺はどうなってるんだ?」
「その時は既に別の奉仕対象を発見していたと記録にはあります。それに、当時アースノイドは御主人様としては流行遅れとなっております」
どんな流行だよ、という言葉を飲み込んだその時、突如艦内に何かが接近しているアラートが鳴り響く。
「あ、戦闘艦ってこんな感じになるんだな」
俺が前に乗ってたのと違う、という感想を呟くと個室からブリッジへと移動を開始。
「御主人様が『標準設定で』とのご要望でしたので、帝国軍と同じ設定で警報が鳴るようにしております」
軍だと接敵するとこうなるらしい。
追加の説明に「ほうほう」と興味深く聞き入っているとブリッジに到着。
早速このアトラスに近づく愚か者を拝見する。
「……海賊、だな?」
「はい。複数種の民間船を改造した海賊船7隻を確認しました。いずれもこちらを捕捉し向かって来ています」
「ええ……」
困惑するしかない情報に思わずアイリスを見てしまう。
「簡単に申し上げますと彼らの船ではこちらの姿を正確に捉えることができておりません。また、事前に買った情報からこちらを『護衛のいない鈍足船』と認識しており、完全にカモと思っています」
「その情報売った奴、絶対性格悪いか情報更新遅すぎるだろ」
俺が思ったままのことを口するとアイリスが「正解です」と珍しく普通に笑って肯定する。
造形美が既に言語化の域を超えている美人が微笑むという破壊力を目の当たりにした俺は、その眩しさに一瞬目が眩んでしまう。
流石はクオリア産とここは褒めるべきだろう。
すると「メイドならば当然のことでございます」といつ間にかメイド服に戻っているアイリスがスカートの端を摘まみ上げ優雅に一礼。
「俺の思考が読めるとかそういう機能ないよね?」
「ありません。御主人様は考えていることが顔に大変出やすくなっております」
そんな迂闊で少し抜けている御主人様も大変好ましく思っております、と付け加えアイリスはブリッジの艦長席に座る俺の横にスッと移動する。
特大のモニターに映る艦影を眺め、相手の戦力を分析する。
「武装はクラス1とクラス2が半々、てところか……装甲はお粗末だからシールドは多分クラス2だな。向こうもアトラスが見えてると思うんだがなー」
まだ気づかないのか、と呆れた声を出していると、横にいるアイリスが補足をしてくれる。
「御主人様。レーダーは勿論各種センサー類の能力に差がありすぎております。向こうがこちらの正確なサイズを知り得るのは少なくともあと1時間は必要です」
「あー、そうか……元が民間船だもんな。じゃあ、俺の出番までじっくり待たせてもらおうかな」
そう言った直後、アイリスが「射程圏内に入りましたので撃ち落とします」と主砲の発射を宣言。
俺が「待って」と言う前にアトラスの左右の両門から粒子砲は放たれる。
それを回避する暇もなく、7隻の海賊船は光に飲まれて爆発四散した。
「……俺の出番は?」
「このサイズの船で御主人様おひとりでできることなど高が知れています。下手に動かずじっとしていてください」
きっぱりと俺の活躍を否定するアイリス。
「俺の船なのに」とぼやく俺に「返済頑張ってください」と冷徹な笑いで返すメイド。
ああ、元傭兵の肩書が泣いている。
イラスティオン星系のコロニーにて、一人の男が歩いている。
赤く逆立った髪が特徴的なその男は上機嫌で目的地へと歩く。
「傭兵ギルドからの呼び出し……ようやく昇級の話が回ってきたか」
男の名はグロウス。
傭兵として腕は決して悪くはなかったが、海賊を利用することで邪魔者を排除し、時に情報を売って点数を稼いでいた手段を問わない性格故に、信用という一点でクラス2に留まり続けていた問題児である。
自分と同じ時期に傭兵となり、自分よりも早くクラス3へと上がったソーヤに対し、並々ならぬ憎しみを持っており、様々な妨害行為を行っていた男でもある。
そんな彼が、ようやく自分もクラス3だと意気揚々と傭兵ギルドへと足踏み入れた直後――待ち構えていたガードロボによって取り押さえられた。
「何しやがる、このポンコツが!」
床に押さえつけられるグロウスの前に一人の男が立った。
「チャップマン、こいつらをどうにかしてくれ!」
グロウスの訴えにチャップマンは動かない。
ただ一つ、返事をするように溜息を吐いた。
「一応、お前には目をかけてやっていたつもりだったんだがな……」
残念だよ、とそれだけ言ってチャップマンはグロウスの前から立ち去った。
交代するようにスーツ姿の男が状況を把握できていない彼の前に現れると帽子を脱いで一言。
「はじめましてグロウス君。私は……治安維持委員の者だと言えば、わかるかね?」
その一言で全てを察したグロウスは自分の取引が察知されたことを理解した。
しかしどうやって?
そんな疑問が浮かんだ直後、自分が売られたという結論が真っ先に出てきた。
「……取引しよう。俺はこの宙域で活動している海賊のアジトを幾つか知っている。それを……」
「必要ないよ」
きっぱりと交渉を拒否した男に怪訝な表情を浮かべるグロウス。
「簡単に言えば、ね。欲しいのは、君の首なんだ」
すまないね、男はと口だけの謝罪を済ませると「連れていけ」とガードロボに命令する。
「待て! おかしいだろ! おい、待――」
口をふさがれ、身体を拘束されたグロウスが運ばれて行く。
それを見送った男は傭兵ギルドの職員に向け一礼すると、脱いだ帽子を被り直して出て行った。
「困るんですよねぇ、こういう介入は。こっちにも予定というものがあるんですから」
誰に聞かせるわけでもない独り言を男は漏らし職場へと戻る。
その姿を何処かで見ていたメイドは「よく言う」と戦艦のブリッジで席に座る男性に聞こえないよう呟いた。
TIPS:寿命
宇宙へと進出しているため、その広大な世界に適応するために遺伝子を弄ったりで大分変化している。また老化も非常に遅い。
例:アースノイドの平均寿命は250年程度。貧民層が平均寿命を下げているので300歳を越えることは珍しくない。