105:ザ・カオス
(´・ω・`)暑さでダウンしてました。あと副反応がきつかった。
見た目10代前半から半ばへと身長が伸びたことで見違えたシーラを前に俺は警戒を強める。
一見すると美少女と呼べる造形に成長しているが、この短期間で中身が変わることを期待できるはずもなく、暴力の化身を前に俺は無意識に一歩引いてしまった。
「こうしてアポもなしに貴様に直接会いに来る以上、相応の理由があることは察しているだろう」
「ついでに言えば護衛もなしに、な。立場上それはどうなんだ?」
「ふむ。尤もな意見ではあるが、我を護衛できるほどの猛者がおらんのでな。それに、単独行動は動きを知られにくいという長所もある。今回はそちらを優先した結果と言っておこう」
つまり立場を弁えた振る舞いを普段はしている、ということである。
その点について疑問は覚えども口を挟む理由はない。
今はそういうことにしておいて話を勧める。
「依頼がある、ってことか?」
「うむ。このアトラスでもう一度我を運んでもらう」
襲撃前提の要人移送は金になることは間違いない。
しかし、こいつの場合は相手が海賊ではなく軍――しかも最悪は準正規軍が相手となる。
貴族の私兵であっても数で来られれば危ない。
ましてやアトラスは改修されたことで防御性能が低下しており、本来のスペックから確実に遠ざかっている。
残念ながら激化した貴族のお家騒動に巻き込まれて無事に済むとは思えない。
貴族特権を前に出されたとしても今回は拒否した方がいいだろう。
幾ら報酬が良くて無事に終わったとしても、アトラスの修理費がそれを上回れば意味がない。
「前金として4000。成功報酬に8000だ。戦闘があった場合には規模に応じて上乗せしよう」
「目的地は?」
俺の携帯端末に送られてきた4000万Crの文字に掌が回転。
戦闘があることは間違いないが、アトラスに搭載された粒子砲の前には貴族の私兵と言えど無茶はできまい。
貴族のお家芸であるクレジットパンチの前に敢え無く屈する庶民の俺――だがそれもこれも借金返済のための致し方ない選択である。
この理不尽暴力装置と再び行動を共にすることに思うところがないわけではないが、大きな仕事を逃がす理由とするには些細なことだ。
「如何なる理不尽をも撥ね退ける力が欲しいと言いながら簡単に金に屈する御主人様は今日も素敵です」
「言っておくが、お前もその理不尽側だからな?」
俺の後ろで「それでこそ御主人様です」と頷く失礼なメイドを一先ず置いておき、話の続きを聞こうと視線を戻したところでこちらに向かってくる一団が視界に入った。
嫌な予感がした――と言えば、彼らの表情を想像できるだろうか?
彼らはどういうわけかその不満を隠そうともせずこちらに向かって来ているのだ。
「ちょっと君! この船の持ち主で間違いないよね!? 困るよ、話ちゃんと通してくれてないと!」
開口一番文句を垂れる口髭を生やした先頭の男。
後続の連中も不満顔でダラダラと駄弁りながら無重力空間をゆっくりと進んでいる。
「話とは何のことだ? あと、お前は誰だ?」
「はあ?」
偉そうな態度の男が間の抜けた声を出し、俺はそれを見て話す価値がないと判断。
無視して仕事の話の続きをしようと視線を戻す。
すると男は激昂したのか「おい!」という声と共に俺の肩に掴みかかり、自分の方に向けようとして来る。
当然ド素人が俺をどうこうできるはずもなく、僅かに抵抗する素振りを見せ、相手が力んだところで振り向き様に足を払い、大きく体勢を崩したところで貫き手をそいつの首へと添えた。
その一連の動きに「ほう」と感心した声を出す脳筋。
強硬手段に出ようとした以上、面倒だが先にこちらをどうこうする必要がありそうだ。
「お前、何のつもりだ!?」
床から離れた足をばたつかせ、他人の手を借りて姿勢を正した口髭の男が俺を怒鳴りつける。
「だからお前は誰なんだよ? 名乗る気がないなら失せろ。仕事の邪魔だ」
シッシと手振りで邪魔者を追い払う仕草をすると男の表情が更に怒りを顕わにする。
「シンロ・コランドだ! G・ユニーバース事務所からの仕事が来ているはずだ! 知らないとは言わせんぞ!」
「ああ、あれか」
わざとらしく「そんなものもあったな」とばかりにとぼける俺。
そんな俺の言葉でこちらのミスをどう突いてやろうかとシンと名乗った男が笑う。
「それなら拒否したぞ」
「は?」
シンロの浮かべた笑みが消え、残ったのは困惑のみ。
「俺には何の利益もない話だったからな。拒否するのは当たり前だ」
「いや、ラヴァーズだぞ? 今、帝国で最も売れてる――」
「あ、興味ないんで邪魔だからもう行ってくれる?」
こっちは今仕事の話してるんで、と露骨に邪魔者扱いをして追い払おうとする。
するとシンロの後ろにいたスーツ姿の眼鏡の女性が前に出ると「それならば」と一つ提案をしてきた。
「では改めて仕事として依頼します。あなたの船での撮影の許可と協力――二万でいかがでしょうか?」
仕事として話を通そうとするなら対応せざるを得ない。
しかし答えは勿論NOである。
「だったら3万。聞こえていたが4千かそこらで仕事してるならこれでいいだろ、業突く張りが!」
横からシンロが割って入ったが俺の返事は変わらず。
「ふざけるのも大概にしろよ? こっちは運送ギルドに依頼してんだ。お前如き簡単に潰せるんだよ!」
「馬鹿だろ、お前」
脅してくるなら叩き潰す。
思考を切り替えた俺は呆けるシンロに詰め寄り、現実というものを突き付けてやる。
「たった3万で仕事ができるか。俺が受けようとしている仕事は4千ではなく4千万。それも前金だけで、だ」
どっちを優先するかくらいわかるよな、と心底馬鹿にした口調でシンロを煽る。
金額を聞いて口をポカンと開けたままの二人に俺は容赦なく追い打ちをかける。
「もっと言えば、あんたらの依頼は既に拒否している。それを改めて依頼しているんだから順番も向こうが先。金額は比べるまでもなく、言葉通り『お話にならない』ときた。もう一度言うが、どっちを受けるかくらいわかるよな?」
「ギルドからの承諾は得たと聞いているぞ!」
思い出したかのようにフリエッタの失態を口にするが、残念ながらそれは既に交渉拒否を突き付けており、ギルドが俺に呑ませるのはほぼ不可能となっている。
なので俺が言うべきことは「それならギルドに言ってくれ」のみである。
「これはあなたの船ではないのですか?」
どうも状況を正確に把握できていないのか、所有者が違っているのではないか、とこの女性は考え出したようだ。
この質問には当然「俺の船だが?」と馬鹿にするように首を傾げてみせる。
本当に何を言っているのやら、とこれ見よがしに溜息を吐いて物分かりの悪い相手に渋々返事をしてやるが、その態度に苛立ったのか二人の表情が変わる。
仕方なしに俺はもう一度わざとらしく溜息を吐いて丁寧に説明してやった。
「根本的に勘違いしてるからそっちも指摘しておくぞ? 俺が乗ってる船は分類としては『ジャンク船』だが、元は軍用艦だ。基本的に一般人は乗れないし撮影何ぞ以ての外だ。つまり、最初からあんたらの依頼は承諾することができなかったんだよ」
「だったら、あなたはどうなるので?」
「俺か? 俺にも色々な制約が課せられている。ナールダル伯爵を相手にしたものだからな、当然あんたらなんぞより遥かに優先順位が高い。つまり、最初から受ける理由がなかったということだ。何処の誰が返事をしたのかは知らないが、あんたら含めてちょっとこっちの事情を知らなさすぎるな」
貴族の不評を買ってでも無理を押し通すか?
暗にそう仄めかすと二人は互いに顔を見合わせた。
実際はフリエッタがそちらをどうにかしたらしいのだが、真偽不明なので正直に教えてやる必要もない。
流石に分が悪いと判断したのか、何か言いたげな顔を見せたものの、二人は俺に背を向ける。
しかしここで割って入る馬鹿が現れた。
「あー! やっと船の持ち主が来たの?」
突如響いた大きな声。
そちらに目を向けると白とピンクの衣装を着た少女がこちらに向かって飛んできている。
一目でわかるアイドルっぽい衣装に整った容姿――恐らくこいつが今回の面倒事を引き起こした張本人だろう。
明らかに進行方向からわかる着地点がズレており、それを修正するためにマネージャーと思しき地味な女性が少女をキャッチ。
床へと下ろすなり少女が彼女の顔面を殴りつけた。
「ヘタクソ」
冷たい目で睨み、それだけ言うと彼女を見ることもなくこちらに笑顔を向けて歩いてくる。
「シンロちゃーん、もう時間ギリギリだよ? ちょっと急がないとやばいよー」
「ああ、うん。それなんだけどね……」
「あ、こっちの人が船の持ち主? ちょっとアイドルを待たせるとかマナーがなってないんじゃないかなー?」
いきなり出てきてこの態度の人間がマナーを語り出した。
果たしてこいつは同じ知性体なのだろうか、と思わずアイリスに視線を送ってソレを指差す。
頷くメイドを確認し「そりゃこんな奴だからこんな問題が発生したんだよな」と現実に引き戻される。
取り敢えず、問題を起こしたのはこいつで確定でよいだろう。
「は? なんで無理なの? 意味わかんない」
少しばかり呆けてしまった間にシンロが今回の件を説明していたようだ。
しかしそれを理解しているのかいないのか?
納得できないという様子で手をパタパタ振って駄々をこねている。
「だーかーらー、チョコラが乗りたい、って言ってるの? わーかーるー?」
「いや、だからね。あの船、軍用艦だったらしくて貴族様の許可がないとダメっぽいんだよね」
「だったら許可取ればいーじゃん。なんでないのさ?」
必死に説明するシンロと思い通りにならずに地団駄を踏むアイドル。
しばし眺めていたが、あまりにくだらない見世物だったので仕事の話に戻ることにする。
というわけでシーラにまずは目的地を聞こうとそちらに向き直ったところで、アイドルの矛先がこちらに向いた。
「ねーねー、なんでチョコラが来るってわかってたのに許可の一つも取ってないのさー。怠慢だよ、君ー」
見た目十代半ばの一人称「チョコラ」の痛々しい少女が何故か俺を非難している。
おまけに何故かこいつのために許可を取るのが当然のような言い方をしており、その点が気に障った俺は少し戻った機嫌が再び悪くなっていくのを感じた。
「チョコラってのはお前の名前かね? 自分で言ってて痛々しいとは思わないのか? こっちは仕事中なんだよ。用があるならギルドでも通して話すんだな、ガキ」
「は?」
本当に何を言っているのかわからない、と言った声だった。
だが次の瞬間、空を切る音に反応して俺は動いていた。
破裂音が響き周囲の視線が音に引かれて集中する。
その場を飛び退いていた俺はその一撃を回避することに成功しており、少女の舌打ちがしっかりと聞こえてきた。
「正当防衛成立だな。覚悟しろよ、クソガキが」
振るわれたのは鞭――それも所謂電磁ウィップと称されるギミック付きのものだ。
素人にしては良い音を出していたので、メインウェポンがこんなロマン武器とは恐れ入る。
「はあ? チョコラ馬鹿にしたんだから罰だよ。もう絶対許してやんないから」
「できもしないこと口にすんなよ。痛々しいのは一人称と恰好だけにしとけ」
「はあ? チョコラ宇宙一可愛いし、オッサンくらいボコスの超簡単だし」
思わず「宇宙一」の部分に煽り抜きで噴き出す俺。
そこに再び振るわれる鞭。
しかし手の動きで丸わかりなので避けるのは容易い。
「避けんな!」
こいつはサンドバッグでも相手にしているつもりなのだろうか?
二度三度と振るわれた鞭を最小の動きで回避。
「やっぱお前頭悪いな。素人の攻撃が当たるわけないだろ?」
「チョコラは天才ですー! 頭が悪いオッサンにはわかりませんー!」
「大丈夫か、こいつ?」という意味を込めて鞭を振り回す馬鹿を指差しアイリスを見る。
すると「だからクソガキと言いました」と涼しい顔で忠告済みであることを主張。
そのやり取りを見ていたクソガキが今度はアイリスもターゲットにして喚き出す。
「はあ? チョコラはもう子供じゃありませんー! そんなこともわからないとかオッサン保育園からやり直したらー? アンドロイドにメイド服着せて喜ぶとかキモすぎ! 趣味悪すぎて――」
それ以上はいけない――そう口を挟もうとしたが遅かった。
まるで瞬間移動でもしたのかという速度でクソガキの横に立ったアイリスの放った裏拳が、それはもう見事なまでのクリーンヒットとばかりにその自慢の宇宙一可愛い顔を殴り飛ばした。
鼻血を撒き散らし回転するアイドルというのも珍しい。
飛び散った鮮血が衣装を赤く染め、周囲から聞こえる悲鳴を黙らせるように踵落としの要領でアイドルを床に叩きつけるアイリス。
「殺人3件。殺人未遂17件。傷害66件に器物破損44件。おまけに窃盗が22件ですか……よく隠し通せるものですね」
踏みつける足を退け、鼻血を流しながら状況を理解できないクソガキをアイリスは見下ろし罪状を語って嘲笑う。
俺でさえメイドを悪く言えば、その良さを体に徹底的に教え込まれる。
ならば奉仕対象でもない者ならば……その答えが目の前にある。
恐らくちょっと口にしただけなのであの程度で済んでいるのだろう。
ともあれ、これでまた問題が発生し、面倒事が増えたのは間違いない。
俺は増えた面倒に天を仰ぐが、その時何かが横を通りすぎた。
「おばえ! ごんなごどじで、ゆるざれどぅど……」
鮮血がとめどなく流れる鼻を抑え、アイリスを指差したチョコラに迫る影。
そして一撃――叩きつけるような裏拳がその陥没した顔面に再び叩きつけられた。
意識が刈り取られ、崩れ落ちるアイドルに二度目の悲鳴が周囲から上がる。
それをかき消すようにシーラは声を張り上げた。
「シーラ・イズルードルである!」
堂々と名乗りを上げるシーラに周囲は気圧され声を失った。
ああ、もう滅茶苦茶だよ。
クレジットパンチ
所謂札束ビンタのこと。