104:嵐の前
最後まで記事を読んだ俺は盛大に溜息を吐いた。
内容を簡潔にまとめると「アイドルグループが最新鋭の戦艦で撮影を行う」というものだ。
プロモーションムービーの作成に俺のアトラスが利用されると記事には書かれているが、当然許可など出した覚えはないし、そのような話を聞いたこともない。
しかし、協力グループの中に「運送ギルド」の名があれば、どういった経緯でそのようなことが決まったのか嫌でもわかる。
「取り敢えず、この件の詳細を聞くことは可能か?」
そう言ってアイリスに視線を送ると少し考える素振りを見せた後に頷いた。
「詳細がよろしいですか? それとも簡潔にまとめたものがよろしいですか?」
「あー、細かすぎても把握し切れないかもしれん。まとめた方で頼む」
アイリスは頷き指を動かすとホロディスプレイを出現させ、そこに静止画像を映し出す。
そこには三人の人物が映っており、一人はフリエッタで間違いない。
視点を変更すると残りの二人が件のアイドルグループのメンバーであることも確認できた。
そして流れる切り取った映像と音声。
左右からアイドルに腕を捕られたフリエッタがこの世の天国を味わっているかのようなだらしない顔となっていた。
左と右、交互に発せられるおねだりを最初こそ愛想よく受け流してはいたものの、何事かを呟かれた瞬間にそれはそれは良い笑顔でサムズアップ。
止めのセリフは「私たちのライブ、特等席で見てほしいな」だった。
「喜んで!」と親指を立てたこいつを殴る権利くらいはあるはずだ。
「船の権利は御主人様にありますので拒否することは可能です。しかし運送ギルドの名をフリエッタが使っているのが問題です。理由はどうあれ運送ギルドとの間に多少の軋轢が生じることは間違いありません」
「しかも承諾しても俺の利益にはほとんど繋がらないだろ、これ?」
何せギルド側としてはフリエッタが勝手にやったことである。
こんなことで武装輸送商会に借りを作るくらいなら、全責任をフリエッタに押し付けて終わらせるだろう。
そしてこの阿呆が俺に差し出せるものなど高が知れている。
「軍事機密を盾に拒否するぞ。ナールダル伯爵との契約も持ち出してギルドに従うことが不可能だと通達する」
「普通すぎて面白味がありません」
「面白味なんぞいらん」
そうこうしているとニルバー星系まで後僅か。
ハイパードライブが起動し、ワープアウトと同時に俺は携帯端末を取り出す。
少し待つと通信要請が大量に送られていたことを合成音声が教えてくれる。
この端末に連絡が取れるのは俺がデータ交換をした者、またはギルドの個人データにアクセスできる者くらいだ。
後者に当たるフリエッタからの通信要請が二桁後半になっており、アイドルグループの撮影が迫っているのか最近の記録が酷いことになっている。
しかしその前に通信するべき相手が俺にはいる。
「こちら武装輸送商会のソーヤ。改修依頼を出した船の状況を報告してくれ」
優先すべきは俺の船。
改修が終わっているであろうアトラスの受け取りのため、俺は工廠へと連絡を取る。
「おう。こっちは終わってる。さっさと受け取りに来い」
AIによる案内を経由して出てきたのはダール。
相も変わらず言うことは最小限だ。
アトラスのような大型艦はさっさと引き渡してドックに空きを作りたいのか、それだけ言って通信を終了してしまう。
この船の速度ならすぐに到着するので、彼のご期待には沿えるだろう。
「あ、端末の電源を落としてフリエッタからの通信を無視するというのはどうだろう?」
「その場合連絡もまともにできない事業主として評価が低下します。安易で稚拙な手段は控えるべきかと」
言ってみただけだよ、と通信要請が来ている携帯端末を嫌そうに見る。
しばし眺めているが要請が切れる気配がない。
仕方なしに回線を開くと携帯端末の小さなホロディスプレイにフリエッタの困った顔が映った。
「ようやく繋がった! 状況はわかってる? いや、そっちのメイドさんから聞いてるはずだからわかってるよね?」
焦ったように矢継ぎ早に確認してくるフリエッタだが、俺の警告を無視している以上、対応は冷ややかなものとなる。
「状況とは何のことだ? 今から改修したアトラスを受け取りに行くところだから、用件があるならその後にしてくれ」
「いやいやいや、わかってるんだろ? 撮影日がもう迫っているんだってば! 作業はもう終わってるんだろ?」
俺は本当にわかっていないように「何のことだ?」と首を傾げる。
「君のメッセージが来たのは仕事の依頼を受けた後なんだ。今更反故にはできないんだよ、そこは察してくれ!」
「だから何の話か、と聞いているんだ」
「ええ……いやいや、知らないはずはないだろう?」
それでも首を傾げる俺にフリエッタが己の罪を自白する。
但し、内容は若干歪められており、運送ギルドとしてアイドルを用いた宣伝をしようとしたところ、向こう側が俺の船を指名した、ということになっていた。
「へぇ、てっきりライブの特等席であっさり向こうの言いなりになったのかと思ってたよ」
「やっぱり知ってたよね、君!?」
俺を非難する言葉を吐くフリエッタだが、そんな権利があると思っているのだろうか?
「つーかな、アトラスはクラス5の最新鋭の船なんだよ。軍事機密の塊だから幾ら改造していると言っても一般人は乗せることはできない。もっと言えばナールダル伯爵との契約もあって乗せることは疎か近づけるのも問題だ」
「あ、そこは伯爵と直接交渉したから大丈夫だ」
思わず「は?」と声が出た。
名ばかりの野郎だとばかり思っていたが、伯爵家と交渉する伝手を持っているとは驚きだ。
しかし俺は断固として拒否の姿勢を貫く。
「それが本当であったとしても俺に不利益がないとは言い切れない。当たり前の話だが個人の船に許可もなく勝手に予定を入れる非常識に付き合うつもりはない」
「だったらギルドとして依頼する。報酬の良い仕事として何か依頼するつもりだったから、今回はそういうことにしないか?」
「お前のやらかしの尻拭いをする気もなければ受ける気もない。撮影する、ということはスタッフは勿論機材も搬入される。そこに何か仕込まれる懸念がある以上、契約で機密を守る義務を負うからには承諾できない」
俺の損得や感情よりもあくまでも契約を守るという名目を前面に押し出す。
たとえフリエッタが「そちらは問題ない」と言っても契約主から直接聞いたわけではないのだから、それを信用して依頼を受ける理由にはならない。
完全に平行線となった話だが、長く続ければ目的地へと到着もする。
俺は一度通信を強引に切り、客船を降りてステーションを足早に歩く。
「よろしいのですか?」
「良いも何もあるか」
苛立つ感情を抑えているが、話をすればするほど怒りが湧いた。
事なかれ主義の日和見野郎だが無害だろうと思っていたが……面倒な趣味を抱えており、それが見事に嫌な形で炸裂した。
この職権濫用に対しては明確な抗議をするとして、前回の指名依頼と合わせて「問題を起こす新人」と評価されてもおかしくはないのは業腹である。
しかし多少ギルドとの関係が冷え込むとしても、それは俺の責任ではないので引くつもりはない。
不利益を被るというのであれば、きっちりと相応の報いはくれてやる。
通信要請がひっきりなしに送られてくるが完全に無視。
フリエッタとの付き合いは切り捨てる方向で進める。
さっさとドックへ行ってアトラスを引き取り、一刻も早くこの星系から離れたかったのだが……面倒事というのはどうしてこうも俺に近づきたがるのか?
ドックに到着してダールを呼び出すが、その間に周囲とは明らかに格好が異なる場違いな集団が目に付いた。
その中に一人がこちらを指差し何か言っているが、無視してこちらに向かっているであろうダールを探す。
するとすぐに目的の人物は見つかった。
ところが誰かに捕まっていて何やら一方的に言われており、それに苛立ちを隠すことなく「いい加減にしろ!」と大声を出してこちらへと向かってくる。
「おう。さっさと受け取りにサインしろ。とっととそいつら連れて出てけ」
睨みつけるようにボードを俺に投げ渡すダール。
「言っとくが、俺も許可した覚えはない。ギルドのバカがアイドル目当てに勝手にやりやがった」
そう言ってサインをしたボードを投げ返し、受け取ったダールが確認を終えて頷いた。
「ああ、そうだ。お前に客が来ている」
「客?」
アトラスではなく俺、である。
「いったい誰だ?」とダールの親指が差す方向を見る。
そこには一人の少女が腕を組んで壁を背にしており、閉じていた目を開くとこちらに向かって飛んだ。
無重力区画のドックを金髪の少女がゆっくりと進む。
何処かで見たことがある――しかし該当する人物とは見た目が違っている。
「更に一段階強化しておりますね。加えて身長を伸ばしたことで戦闘能力は更に向上しております」
背後から聞こえてくるアイリスの声。
その内容で俺はこちらに向かって来ている女が何者であるかを理解した。
「久しいな、ソーヤ」
見た目14歳程度まで成長した暴力至上主義者がニヤリと笑う。
イズルードル侯爵家前当主の娘であるシーラ・イズルードルは短い挨拶と共に俺の前に舞い降りた。