103:何処にでも付きまとう下事情
(´・ω・`)おまけ回にしてもよかったかもしらん
「到着まで後2時間か」
ふと何気なく時間を確認するとニルバー星系到着の予定時刻が近づいており、この客船ともお別れかと思うとそんな呟きが無意識に口を出る。
予想されていた貴族からの誘いもあっさりと終わり、拍子抜けだったこともあってか少しばかり気を抜きすぎていたかもしれない。
内部の施設に目新しいものがなかったこともあり、帰りの船旅がこんなにも早く終わるのかと今更ながら感じ入る。
スキンシップという名の本気レスリングに始まり、水泳や球技、各種格闘技にまで手を出した。
客船ということもあって戦闘訓練を行う施設などなかったため、行きは長めの休息と考えて思い切り遊んだが、帰りは体が鈍ってはいけないと動かす方向で時間を過ごすことにしたのだが……その結果が所謂「上流階級が嗜むスポーツ」という元傭兵には縁がなさそうな各種競技。
勿論勝敗など全敗。
せめて一勝くらいは、とムキになったがダメだった。
スペックが違いすぎる相手への対応力が経験という形で上昇したのは間違いない。
さて、そんな俺が今何をしているかと言えば……射的である。
左右から出現する動目標に対し、照準を合わせて骨董品のようなデザインのライフルの引き金を引く。
命中判定と共に消える円盤型の目標。
一呼吸置いてから別の方向から飛び出してくるターゲットに間髪入れず命中判定。
「……物足りない」
訓練にすらならないお遊戯である。
これはアトラスに戻ったらしっかり射撃訓練を行う必要があるな、と溜息を吐いてゲームを中断。
客室に戻ると荷物をまとめたアイリスが姿勢を正して待っており、ドアが開くなり優雅に一礼する。
こうして見ると理想的なメイドである。
「たまには御主人様の想像通りのメイドを見せているのですからもっと私に配慮してくださってもいいのですよ?」
「それを自分で口に出すからダメなんだよなぁ」
間違いなくわざとやっているのだが、その意図を読み取ることは難しい。
呆れる俺を無視してグイグイと自分を売り込むように体を押し付けてくるアイリス。
時間が中途半端なので娯楽施設を使うのもどうかと悩んでいたところ、アイリスから「それならばカフェで時間を潰してはどうか?」と珍しくまともな提案が出された。
「たまにはニュースなど見ながらゆっくりとお茶を飲むのも良いかと」
「なるほど。俺に関係した酷いニュースがあるわけだな?」
俺は即座にそう返したのだが、どうやらそのような意味はないらしい。
しかし芸能ニュースを勧めてきたことから予約されていた厄介事絡みであることは間違いなく、俺は特大の溜息を吐くとカフェへと歩いた。
道中詳細をアイリスに尋ねてみても「報道から状況を推測できるようになる力も必要です」と教育者気取りで何も教えてはくれなかった。
そう言えば最近勉強してなかったな、と折角覚えたことを忘れかかっているような気がしてくる。
「船に戻ったら訓練と勉強に費やす時間を確保しないとなぁ」
カフェの席に着くなりメニューを見ながら呟くとアイリスが感心したように頷く。
「御主人様は重要な成長期をゴロツキ同然の傭兵の船で過ごしております。これはスラムで育つよりもある意味では悲惨な環境です。これを巻き返すには生半可な努力では足りません」
「わかってるよ」と言いながら取り敢えずメニューの中で値段の高い飲み物と軽食を注文。
対面に座るアイリスが透けて見えるホロディスプレイに映し出されたニュースを眺める。
画面をスクロールさせ、芸能ニュースの一覧を表示させると真っ先に目に付いた「皇室」の文字。
「皇室関係は芸能なのか」と流そうとしたところであることを思い出す。
「あ、そう言えば……あの皇帝――影の方だけどさ。あいつが言っていた『アサインの末路』ってのはいったい何だ?」
末路と言うからには碌でもない結末なのは間違いない。
色々あって聞き忘れていたことを質問したわけだが、アイリスも答え難いのが考えるような素振りを見せている。
「一言で言えば絶滅しました」
「予想通りの最悪の結末。それはお前らがかかわった結果か?」
答えは「YES」と一切の弁明なく頷くアイリス。
「ちなみに理由は話せるのか?」
「はい。単純にアサインが子孫を残さなかったためです」
オーダーを持って来たロボットから鮮やかな赤の飲み物とサンドイッチの乗った皿を受け取り、それはどういうことかと首を傾げてみせる。
「言葉通りの意味です。アサインは雌雄の別れた種族でありましたが我々の奉仕対象となったことで異性に求める条件に変化がありました」
「ああー……そういうことか。しかしそれなら政府が対応して、法律とか条例を作ればよかったんじゃないのか?」
俺の言葉に頷くアイリス。
しかし結果は滅亡していることからそうはならなかった。
アイリスの口から語られるアサインの悲劇――それは実にしょうもない男女の対立構造だった。
「奉仕者という何でもやってくれる理想の異性を模したものを比較対象としたのです。それを基準にして異性に対して同等以上のものを求めればどうなるか? 大変わかりやすい結果に収まったとも言えなくもありません」
「いや、限度があるだろ」
それで子孫を残すことを止めて滅亡するのは如何なものか?
そんな俺の疑問に答えるようにアイリスは補足してくれる。
「生身と商品。より快楽を求めた場合に軍配が上がるのはどちらでしょうか?」
「あ、もうわかったからいい」
種族全体を骨抜きにして滅亡させちゃいました、が事の真相のようだ。
知っているからこそわかる危険性。
「当時は本当に酷い有様でした」
「遠い目で思い出話のように語っているところ悪いが、どう考えてもお前らが反省する案件だからな?」
「徐々に個体数が減っていくアサインを『流行だから』と奪い合うように奉仕対象とする同胞たち……」
当時の状況を語り出したアイリスに「いや、ほんとに反省しろよ?」と俺は目の前のメイドに念を押す。
ちなみにアサインの寿命は20~30年程度の小型の知的生命体であったらしく、世代交代に失敗したことを彼らが気づいた時には既に手遅れだったとのことである。
画像を見せてもらったが、俺の感想は「二足歩行のげっ歯類」でアイリス曰く「ポコポコ増える種族だったので皆大丈夫と思っていた」と言っていた。
その「皆」の中にお前らが含まれているのか、と問うたところアイリスはニッコリと笑って返すのみだった。
「折角ですので一つネタばらしです。帝国では一般販売のセクサロイドには幾つか制約が設けられております。しかし御主人様が注文なさった貴族や富豪御用達の『VIP仕様』にはその制約がありません。ここで問題です。『人形趣味』に含まれる意味をお答えください」
突然の話題変更にニュースを探す手が止まり、長ったらしい名前も覚えていないジュースのような赤い飲み物をストローで飲みながら考える。
先程の話から制約の中身は言うまでもない。
人口増加の妨げになるようなものは国家として規制するのは理に適っている。
ならば、そんなものを所有したがる連中とは何か?
「……生身の女では満足できなくなった快楽主義?」
アイリスはパチパチと笑顔で拍手を送る。
「付け加えるなら女を『物』と考えてそうな糞野郎。悪趣味な金持ちなどが加わります」
最期はただの妬みかもしれないが、基本的に好まれる要素ではないことは間違いなく、同好の士と勘違いした連中がやけに接触してくる理由もなんとなくわかってしまった。
「そんなVIP仕様のセクサロイドを10体も注文した御主人様は業界では有名人でございます。しかしその甲斐あってハニートラップを仕掛けようとする輩が想定の1%未満に収まりました。御主人様は不思議に思いませんでしたか? 何故言い寄って来る女が少ないのか? 何故御主人様を取り込もうとする貴族たちがあっさり引き下がったか?」
「結構いたと思ってたんだが……あれで1%か」
「軍事機密に相当する最先端技術を有する個人です。以前も申し上げた通りスパイの皆様は今でも御主人様を狙っております」
「あ、もしかしてその手の連中を遠ざけるため……またはハードルを上げるために『俺が人形趣味だ』って間違った情報を流したのか?」
この発言にアイリスからは「気づくのが遅い」との評価を貰う。
もしかしたらいい加減気づいてほしくてあんな話をしたのかとも思ったが、あらぬ誤解を招いたことに関しての謝罪はなかった。
ともあれ、この件はこれくらいにしておいてニュースを見る。
ヘッドラインを上から順に確認するが、どれもこれも興味のないものばかり。
その中でようやく件のアイドルグループであるラヴァーズのものを見つける。
「ええっと、新曲発表……は違うな。ライブ予定……これも違う。事務所と大揉め……これも……いや、これか」
中身を見ればメンバーの一人が何やら「あれしたいこれしたい」と事務所を困らせているようなことが書かれており、これが俺と関係する記事であると確信する。
そのまま読み進めるとその中に無視できないものを見つけたことで変な笑い声が出た。
結論から言おう――フリエッタが買収されていた。