101:重なる不運
事情聴取という建前の話し合いが終わり、スクリーンに映し出された皇帝は有線式アームで捕らわれた俺の姿に一言もなく別れを告げるとプツリと消えた。
取り敢えず決まったことと言えば、俺の市民IDが変更されることくらいなもので、向こうは向こうで新たに現れた奉仕対象と奉仕者の対応を迅速に行う必要があり、こちらに構う余裕がなくなったかのようにも思える忙しさである。
「実際のところ危険度は高くとも理性的な話し合いが可能である私の対応を後回しにするのは合理的な判断です。やらかす前に介入できるかどうかに帝国の未来がかかっていると思っている以上はこちらが中途半端な結果になるのは仕方ないかと思われます」
「どちらかと言うと話し合う俺がこんな状態だから、これ以上は無理だと判断されたんじゃないかな?」
アームにぐるぐる巻きにされてソファーに横たわる俺を見下ろすアイリスが「そんなことより」とこの状況をさらっと流す。
「中々面倒なことになりました」
その淡泊な感想に対して俺は疑問をぶつける。
「結局、最初に出てきたのは何なんだ?」
「言いましたよ? 皇帝と」
帝国に皇帝が二人もいるなんて聞いたこともない。
言葉遊びをするつもりがないので結論を催促。
すると一応予想の範疇の答えが返って来る。
「恐らくは過去に皇帝だった者と推測されます」
「まあ、そうなるだろうな」
しかし断定できないというのも珍しい。
何か懸念事項でもあるのかと首を傾げてみれば、どうやら本当にわからない模様。
「正直なところ該当するデータが存在しないのは予想外です。故にアレが何者であるかを断定することはできません」
「けど、過去の皇帝だったらそんな昔の話じゃないだろ? どれだけ長くても数百年前だ。もっと言えば昔の技術になるならそこまで長生きできるとは思えない」
アームから抜け出そうともがく俺の真っ当な意見に対して、それはそれはこれ見よがしに大きな溜息を吐いてくれるアイリス。
「御主人様。私が彼の者の所在を突き止めることができなかったのです。ならば隣にいる可能性を考慮するくらいはしてください」
「いや、誰が――」
「いるんだよ?」と言いかけて気が付いた。
確かにそれならば納得できる。
寿命の問題も恐らく解決する。
逸脱者とされる廃棄処分を受けた機械知性体と交渉するハードルも一気に下がる。
それどころか捕らえてしまうことも可能になる。
「あの自称皇帝の傍にお前の同胞がいるのか?」
「可能性としては最も高いと思われます。一応我々が知らないサイオニック技術を用いているという可能性もありますが……その場合はサイオン教会が肩入れしていることになるでしょうが痕跡がありません」
可能性は低いでしょう、と結論を下すアイリスに続けて俺は質問する。
「これ、下手すれば向こうとお前がやり合うケースとかあるのか?」
俺の最大の懸念は機械知性体同士の戦闘に巻き込まれること。
それに対するアイリスの答えは「イエス」だった。
「問題は該当するナンバーが存在していないことです。つまり廃棄処分されたロストナンバーである可能性があります。戦闘等でロストした個体の可能性もないわけではありませんが……」
その場合は再起動時にクオリアに信号が送られるはずなので、記録がない以上はこの可能性は低いと考えざるを得ないとアイリスは難しい表情をする。
「前者であれば戦闘は十分にあり得ます。後者であれば条件次第。本気で質問しますが御主人様は一部でも肉体を機械化する予定はありませんか? むしろ今から予約をしませんか?」
「ない。しない。これ幸いとばかりに勧めてくんな」
むしろそっちが本命ということもあり得るので即座に却下。
なんとかアームから抜け出した俺はソファーに座り直してアイリスを見上げる。
「で、どう対処するんだ?」
「向こうから接触がない限りはどうもしませんよ」
この状況でも我関せずという態度のアイリス。
帝国がどうなろうと知ったことではないが故にこの対応だが、その場合俺がどうにかなる。
結局のところ、強すぎる力の前には無力同然であり、それをどうにかしたいと望むも、雲を掴むような話で道があるのかすらわからない。
今は諦めるしかない、と自分に言い聞かせつつ、ふと思いついた疑問を口にした。
「予想でいいから聞かせてほしいんだが……最初に皇帝と名乗った人物は生物として『生きている』と言えるか?」
俺の言葉にアイリスは少し驚いたように目を見開く。
帝国の生まれにアルマ・ディーエが関係していることを思えば、そこに行きつくのは当然かと思ったが、どうやら俺はそれすらできないと思われていたようだ。
「悪くない質問です。教育の甲斐があったものだと少しばかり感動してしまいました」
わざとらしく涙を拭くような仕草で俺の成長を喜んでいるように見せるアイリスだが、こいつの趣味から間違いなく演技である。
「その反応でわかったよ。まさか瓶詰じゃないだろうな?」
「可能性はゼロではありませんがもう少しマシな状態でしょう。私が見つけることができなかった時点で持ち運びが可能なサイズとなっていることが予想されます。恐らくは生きている――これが答えです。そして御主人様が意図した発言ではなかったと思いますが……死んでいた場合が最も厄介です」
アイリスの答えに俺は黙って耳を塞ぐ。
そしてアームで拘束される我がアーム。
「本当に御主人様は話の腰を折るのがお好きですね」
「なんかすっげー嫌な予感がしたんだよ。聞かなきゃダメか?」
「では仮にあの時皇帝死んでいたケースを想定してお話しします」
問答無用のアイリスに俺は座った姿勢のまま足を使ってアームをずらす。
日頃のストレッチの成果は抜群だ。
「では直接脳内にお届けいたします」
「オーケー。わかった、話を聞こう」
即座に降参の意思表示を見せる俺。
情報を直接脳に届けられるのはかなり気持ちが悪いので、それならまだ普通に聞いた方がマシだ。
「勝てない戦いはするべきではありませんよ?」
「どんな絶望的な状況でも抗うのは人の常だ」
「そのひねくれた性根をどう矯正するべきかの方が重要な気がしてきました」
そうは言いながらもアイリスは自称皇帝が死んでいた場合のことを話し始める。
それらをまとめると大体このようになった。
ケース1:死んだ過去の皇帝を乗っ取っている
奉仕対象を取り込む同化主義が一つとなって帝国を影から動かしている、または見守っている。
極めて稀有な例ではあるが、過去にも同化後に奉仕対象の意思を尊重するケースは存在しており、対象の脳波が停止した後もそのまま続けているケース。
この場合、奉仕対象の意思を継ぐ形となっており、生前のやり取り次第では放置しても問題はないが、より過激な行動に出る可能性も否定できず対処が難しい。
つまりは厄介な存在。
ケース2:自称皇帝はデータ化された存在となっている
有機生命体の完全な電子化はクオリアの秘匿技術の一つであり、アルマ・ディーエのマスターであるイネスと同じ状態になっているケース。
当然のことながらクオリアはこれを許容せず、確認され次第バレア帝国を消滅させることになるとアイリスは断言。
俺にとっては所謂「最悪なケース」となる。
「……ちょっといいか?」
「何か?」
深く息を吐いた後に「その場合、俺どうなんの?」との問いにアイリスは「当然死にます」とあっさりと答える。
「可能性はほぼゼロですのでご安心ください。これらはあくまで自称皇帝が『死んでいた場合』のケースです。現状では生きていることを想定して動き出しております。無用な心配をするよりも今後について考えた方が建設的です」
確かに厄介な存在がいる以上、これからどうするべきかをまずは考えるべきだ。
そして真っ先に思い浮かんだのが「活動範囲を帝国に限定することのリスク」である。
かと言って軍事機密の塊であるアトラスは手放そうと思っても簡単にできるものではなく、抱える負債をどうにかするためにも必要である。
しかしそうも言っていられないのが現状だ。
「いっそアトラスを売るか……」
多少の損は割り切って新しい船を買う。
首都星系にいる今ならばその交渉は不可能ではないはずだ。
そう考えてアイリスにどう思うか聞いてみる。
すると可哀想なものを見るような目でこちらを見ながらこう言った。
「その判断は遅かったと申し上げます。既に改修が始まっているアトラスを売却するのであれば購入金額の15%にもならないでしょう」
「え、幾ら何でも下がりすぎだろ?」
「運用とコストを考えれば装甲を削って中途半端に身軽になったアトラスは使う場面が著しく限定されます。つまり不用品です。そして粒子砲を使うだけの船とするならばそれに特化させた方が効率的。ならば売られたアトラスの価値は何処にあるでしょうか?」
「……つまりこの金額は中古の粒子砲の値段なのか?」
俺の呟きへの答えは半分正解。
アトラスは間違いなくクラス5である。
ならば他のパーツに値段がつかないはずがない。
「船内をあそこまで改装しているのですから船体は解体する外なく使える部品に分別されます。当然そこにも費用がかかってきます。更に帝国最新技術を用いたパーツですので市場に流すこともできない。となれば軍の管理となるのは目に見えております。ではその用途はどうなるでしょう?」
「中古の予備パーツか……あのサイズだと互換性があるのは同じタイタン級くらいでが、コンセプトがそもそも違う。なら専用にするしかない。しかしアトラスは防衛用で戦闘なんざ滅多にしない上に確か製造は中止になっていた……市場価格での取引になるはずがないわけか」
「正解です」とやる気のない拍手をするアイリス。
がっくりと肩を落とす俺に止めとばかりにアイリスは追い打ちをかけてくる。
「先ほど003と067の両名が電子戦用義体タイプD型を使用し帝国領内での活動を開始しました。巻き込まれる確率は100%です」
とんでもない爆弾を投下しておきながら「さあ、頼れ」とばかりに満面の笑みを浮かべるアイリスを俺はソファーから見上げる。
今日も俺の不運は絶好調のようだ。