99:帝国の亡霊
答えを迫られ考える。
「俺が欲しいものは何か? 俺は何がしたいのか?」
改めて問われると言葉にすることに思いの外時間がかかる。
金は欲しい。
借金の返済に必要だから。
力も欲しい。
理不尽に抗うために必要だから。
必要に迫られて欲しがるものは望みと言えるのか?
何か違う気がした俺は何がしたいのかを考える。
楽がしたい。
苦労なら十分すぎるほどした。
ならば残りに人生を楽して暮らしてもいいのではないか?
つまり俺の望みとは楽して楽しく暮らすことなのか?
そのためには金がいる。
その生活を守るために結局力もなくてはならない。
こうして考えてみると自分が俗物であることが身に染みる。
結局のところ、俺が欲しいものなんてそんなものなのだ。
「……最初は這い上がることだけを考えて生きていた。這い上がって、傭兵となり、成り上がることを望んだ」
考えをまとめながら俺は淡々としゃべり出す。
あの頃の劣悪な環境を思い出し、意味もなく拳を作り語る。
思えば分岐点はあった。
だが、ものを知らぬが故にそんな選択肢があることに気が付かなかっただけだ。
「安定とは言い難い生活に慣れ、他を考える余裕ができて……次に思い出した。俺には報復すべき相手がいることを」
脳裏に浮かぶは最後に見た俺を騙すために優しく言い聞かせるように語る男の顔。
「だが、もういない。環境も変わった。返済に追われる日々で世界を知り、思い知った。俺が望むものは力だ」
金もまた一つの力だ。
権力や暴力もまた力であり、結局のところ俺が欲しいのはそれなのだ。
それも、ただの力ではダメだ。
俺は自分の中で出した結論を口にする。
「如何なる理不尽も撥ね退ける力。たとえクオリアであろうと、俺の意思を曲げることが叶わないほどの力が欲しい」
根底にあるのは理不尽に晒されどん底へと落ちた過去。
故に欲するものは力――全ての理不尽を遠ざけるほどの力だ。
しかし果たしてそんなものが何処にあるのか?
その答えは静寂が物語る。
「……なんたる強欲」
しばしの沈黙の後、皇帝から呆れたような声が返って来る。
「だが、素晴らしい。聞いたかシングルナンバー? お前にこいつは満たせない」
楽しそうに笑い、アイリスを煽る皇帝。
おいバカやめろ、そのしわ寄せはこっちに来る。
咄嗟に身構える俺だが……予想に反してアイリスは大人しい。
「無駄だ。私の居場所はシングルナンバーであってもわからんよ」
「……そのようですね。見事なものと褒めて差し上げましょう」
どうやら皇帝の所在を特定しようとしていたようだが、失敗に終わったらしい。
「マジかよ」としか感想が出てこない語彙力の乏しさを露呈しつつ、クオリアの技術も完璧ではないことを目の当たりにする。
「我々は自らの力で日々進歩している。不必要な干渉は控えてもらおうか」
「まずは目の前に吊り下げられた餌に群がる連中に向かって言うべきことがあるのでは?」
それが自信に繋がっているのかどうかはさておき、皇帝は強気の姿勢を崩すことなくアイリスと会話をしている。
シングルナンバーの危険性を知っているのによくその態度が取れるな、と感心しつつ、何故強気でいられるのかを考える。
やはり先ほど出てきた「Ω」なる兵器はおいそれと使えるものではなく、それをどういう手段でか皇帝は知っているということだろうか?
憶測が頭の中でぐるぐると回っていると、またも知らない単語が耳に届く。
「無知な輩は好きにしろ。我々はアサインと同じ末路を辿る気はない」
首を傾げる俺とは正反対に「そういうことか」と合点がいったという風に一人納得したように呟くアイリス。
そろそろ説明があってもよいのではなかろうか?
「あの廃棄物を飼っていたのは貴様か」
「飼っていたとは人聞きが悪い。我々は取引相手だったにすぎない」
「どこまでデータを吸いだした? それがどのような結果に繋がるかを考えなかったか?」
「異なことを言う。自ら廃棄しておきながら、ロストナンバーは自勢力に所属しているとでも言う気か?」
自分で捨てて処理されたゴミにまで所有権を主張するな、と皇帝はアイリスに一喝。
怖いもの知らずかこの皇帝。
「そこまで言うのであれば――情報の隠蔽という名目での武力行使も予想の範疇なのだろうな?」
凄むアイリスを皇帝は鼻で笑う。
「それは困るな。我が帝国……いや、銀河の戦力を集めても、お前が本体で出てくるならば滅ぼすことも叶わない。しかし……お前たちに、あの日の後悔をもう一度味わわせることはできる」
一度言葉を止めてからの力強い発言。
皇帝は何かしらの手段で機械知性体に対して一矢報いることが可能であると断言した。
(なるほど、皇帝の強気の姿勢はこれか。アルマ・ディーエそのものに対し、無視できないレベルの被害を与える手段があるのであれば、この態度も頷ける。幾らアイリスがシングルナンバーであってもクオリアの意思決定権があるわけじゃない。あとは……)
それが嘘か真か、である。
後ろを見るとアイリスは目を瞑り天井を見上げている。
珍しい光景だと思いつつ、これ見よがしに息を吐いたアイリスが唐突に俺の頭部を掴む。
そのまま引っ張られたので無理な態勢にならないよう体を捻じると顔面からアイリスの胸の谷間にダイブ。
抱きしめられるように挟み込まれると同時に何かが聞こえた。
どうも胸で耳を塞がれていたらしく、上手く聞き取れなかったようだ。
「聞かせたくないなら、普通に耳を塞げ」
抗議の声を上げるが、流石の大きさに顔を出すのに手間取った挙句すぐに引き戻された。
しっかりと捕まえられているため逃れようにも柔らかく弾力に富んだ感触が返ってくるだけである。
仕方なくぐったりとしているとすぐに解放されたが、アイリスの表情は険しいまま。
「さらばだ。もう二度と会うことがないことを願っている」
「こちらのセリフです。亡霊は亡霊らしく引き籠っていなさい」
それが最後のやり取りとなり、静寂が部屋の中に戻って来る。
「これで終わりか」と俺は大きく息を吐いて立ち上がった――と同時にアイリスに再びソファーに座らされた。
首を傾げる俺を無視して横に座るアイリスが視線だけをこちらに向けて言う。
「まだ終わっておりません。それと御主人様。先ほどの話は聞かなかったことにして進めてください」
「聞かなかったも何も、聞こえてなかったよ」
音を遮断する機能でもついているのか、とアイリスの胸を無遠慮にムニムニと揉む。
相変わらずでかくて良い感触だな、と疲れからかじっくり堪能していると、不意に正面スクリーンに一人の男性が映し出された。
「余が……あれ? 時間間違えてたとかないよな?」
画面に映る豪奢な衣装を着た何処かで見た記憶の顔を持つ男は、こちらを指差し画面外の誰かに向かってそう言った。




