98:脅威を知る者
首都惑星アスターはバレア帝国誕生の地であり、帝国の中枢となる行政府と各種重要施設が集約された最先端技術の塊とも言える居住可能惑星である。
一つの惑星を帝国の運営に特化させた機密の集合体。
それが帝国の中心である首都惑星のもう一つの姿である。
「公には皇族とその関係者や公務員が住まう惑星――ということになっているが、実態はもっと閉鎖的なのか」
「防諜の重要性は古来より変わっておりませんが技術の発達により逆に原始的になるのは間々あることです」
これからアスター星系へと移動するので豪華客船の中というのに勉強となった。
「要するにスパイから秘密を守るために中枢を物理的に切り離しました。随分とアナログな手段ではありますがそれ故に効果的ではあります」
アイリスの説明を聞きながら俺は頷く。
「まあ、我々には意味がありませんが」と言うアイリスが俺の目の前に首都惑星の姿を映し出す。
「首都に繋がる星系の移動を徹底的に管理することでスパイの侵入を防ぐ……理屈はわかるが非効率に思えるのは気のせいか?」
「効率よりも防諜を優先した結果でしょう。現に帝国中枢の情報は我々を除けば何処にも漏れてはいないようです」
さらっと「うちは抜き取ってるよ」と発言するアイリスを横目に客室のモニターへと視線を移す。
一時間ほど前にアスター星系へ移動する予定であることを報告されており、こうして客室で待機しているわけである。
凡そ一ヶ月ほどの船旅となったが、純粋に楽しめたのは初日くらいなもので、二日目にアイリスと契約を結んだことで動画の撮影という名目で色々と酷い目にあった。
にもかかわらず「再生数はイマイチでした」の一言で済まされ、予想収入のほぼ最低値が俺の借金から引かれることとなった。
「やはり自然な状態を撮影するのが一番ですね」
暗に「演技下手すぎ」と言われている気もするが、実際俺の演技なんぞそんなもんだ。
ということで撮れ高をお願いします、と言われたわけだが、こいつは俺の日常を何だと思っているのか?
そのような文句を口にしたところ、アイリスから「これまでを振り返ってみては?」と首を傾げられた。
ぐうの音も出ないとはこのことか。
波乱万丈を絵に描いたような人生を送ってきた自覚があるだけに何も言い返せない。
「視聴者からは『早く予約された厄介事を見せろ』と急かされております」
「予約した覚えないんですけどねぇ?」
恐らくアイドル案件のことを言っているのだろうが、目の前の皇帝からの事情聴取も厄介事とも言えるのでこのどちらかだ。
見世物になることには忸怩たる思いはあるが、これも返済のための致し方ない選択である。
そんなくだらない話をしていると船がハイパードライブ航行へと移行する。
いよいよ帝国最高権力者との面会が間近となり、俺は座り慣れた高価なソファーで深く息を吐いた。
(何を聞かれるか? 何を言われるか、はある程度予想できてはいるが……)
果たしてそれにどう答えたものか、と未だに頭を悩ませている。
アイリスも言っていたが、侯爵家の騒動は俺を呼び出す建前のようなものである。
情報操作の意味合いも含んでいるだろうが、本命は俺を使ってアルマ・ディーエと接触することであるのはほぼ間違いない。
結局のところ相手が誰であれ、場所が何処であれ、俺という存在はおまけとなる運命のようだ。
頭の中を整理していると船内が僅かに揺れた。
「ワープアウト時のこの揺れの少なさが客船って感じだわ」
既に何度も経験したものだが、何度経験しても感心する。
ドン、と来るほとんど衝撃のようなものがこれなのだ。
快適さを追求するとこうなるという見本で現実逃避しつつ、迫る面倒事が遠ざかることを願っているとアナウンスが流れる。
「目的地に到着しました。乗り換え用シップを準備しておりますのでお客様方は2番ゲートまでお越しください」
セレストリア号をご利用いただきありがとうございます、との言葉で締めくくられたアナウンスで俺は少ない荷物を手に立ち上がる。
「ステーションまでは移動しないのか……」
予想と違ったことで漏れる呟き。
そんな俺の疑問に答えるようにアイリスが口を開く。
「必要な条件は『同星系』までです。なのでここから通信用の船に移ります。防諜が目的で足を運んでおりますので惑星に降りることもありません」
アイリスの説明に「そうか」とだけ返す。
惑星に降りたことはなかったので少しだけ楽しみにしていたのだが……そういう事情なら仕方ない。
「ちなみに御主人様は市民IDの通り『素行不良』と認定されておりますので居住可能惑星に入ることはできません。同様に首都星系周囲への侵入も今回のような例外を除き不可能です」
「あー、そう言えばそうだった」
リゾート惑星の一件を忘れていた。
通路を歩きながら肩を落とす俺は舞い降りた閃きにハッと顔を上げる。
「なあ、今回の件で俺の市民IDを修正してもらうことは可能か?」
「できます」
舌打ちしながら断定するメイド。
その反応で俺は勝った気分になり、上機嫌に2番ゲートへと案内に従って歩く。
そして目的地に到着すると乗り換え用の船の前に揃っていた人物が俺たちの姿を確認するなり一歩後ずさる。
それもそのはず、俺は「何かイラっとさせられたので」という理由でアイリスに背後から襲われ、バックブリーカーでここまで運ばれてきたのだ。
「そういうプレイですのでお気になさらずに」
「取り敢えずプレイってことにするのは趣味か? それとグホォ!」
背中の痛みに酷い声が漏れる。
その光景に船の前に立つ軍服を着た女性が顔を引きつらせているが、誤解を解こうにもアイリスが俺を口を開くタイミングで的確に妨害を挟んでくる。
とにかく降ろしてもらわなければ話が進まないのでペチペチとアイリスを腕を叩いて降参の意思表示。
ようやく床に足を付けることができた俺は誤魔化すようにいつも通りの自己紹介した。
「……通信内容を秘匿するためこちらの船に乗り換えていただきます。定刻までまだ時間はありますが、準備が必要であるならお急ぎください」
名乗ることもせず女性士官は「どうぞ」と船へとこちらを誘導する。
誤解が解けなかったことを理解した俺は、また在らぬ情報が飛び交うことがないことを祈りながら船へと乗り込む。
小型客船に収納可能な船というだけあってサイズは小さく、コックピットの座席に座ることとなった。
無言で操縦席に座る女性士官が通信を終え、客船のハッチが開かれ宇宙が見えた。
そう言えば客船の中では外の景色はほとんど見ていなかったな、と久しぶりの星の海を眺めているとすぐに別のものが視界に入る。
それが船であることはすぐにわかった。
サイズは先ほどの客船より一回りほど小さく、その周囲には多数の軍艦が展開している。
この物々しさに「まさか中に皇帝がいたりしないだろうな」と疑惑の目をアイリスに向けるも胸の前で腕を交差させてバッテンを作る。
どうやら杞憂だったと胸を撫で下ろす。
近づくと開かれたハッチに向けてゆっくりと進む船をコックピットから眺める。
そして船を収納するなり「ここからはお二人でお願いします」と言う女性士官。
降りた先で待っていた案内ロボに先行してもらい、到着したのは誰もいない少し暗い広間だった。
「ここか」
周囲を見渡すと壁と一体化している機材に目が行く。
それらを少し調べるとどうやら入って正面の壁に映像が映し出されることがわかった。
大きめのソファーが中央にドンと置かれているので取り敢えずそちらに座って待つ。
待つことしばし、正面の壁に映像の乱れのような波が走った。
「来たか」と小さく呟き、俺は一応姿勢を正しておく。
しかしその波が収まっても正面の壁は真っ白なままで変化はない。
「……まだなのか」
思わず口から出てしまったのだが、後ろに立つアイリスがペシンと俺の頭を叩く。
何をするんだ、とそちらを見ると「もう来ています」と正面を向いたままのメイド。
「正解。流石、と言うほどでもないが……奉仕対象に電子戦用の措置は施してないようだな」
呆気に取られる俺に声は続ける。
「はじめまして。俺が皇帝だ。メディアに出てくる偽物じゃないからな、言葉遣いは気にするな」
「マジかよ……」
まさか皇帝がこの声の男なのかという疑問に思わず後ろにいるアイリスを見る。
それに答えるように頷くアイリス。
どうやら本当にこの声の主が皇帝「アウスベルグ・レラ・ジ・アスター」のようだ。
本名はもっと長ったらしかった気がするが、俺が覚えているのはこれだけだ。
「さて、お互い確認も済んだところで本題だ。まずは有機生命体同士の話がしたい。少しの間黙っていてもらえるかな?」
「いいでしょう」
俺の後ろに立つアイリスが皇帝の要請に頷く。
どうやらサウンドオンリーで続けるようだ。
目の前の巨大なスクリーンが置物となった瞬間である。
メディアに露出している皇帝は偽物と言っていたので、本物の彼は姿を大衆に見せる気はない、もしくはそこまで警戒する必要があるということになる。
警戒心が強いのか?
はたまたそこまでする必要があるのかは定かではないが、権力者として用心深いのは当然のこととも言える。
なので演出は気にせず話を聞くことにしたのはいいのだが……ここでも知識の差が現れる事態となった。
「武装輸送商会のソーヤ。お前は帝国に何を求める? 最古の機械知性体シングルナンバーの、それも偶数番号の堕落主義ともなれば、恐らく願えば全てが叶うだろう。お前の望みを言え」
「ちょっと待て……いや、待ってください」
話し方については「そのままでよい」とのことだが、皇帝は明らかに俺が知らないことを知っている口ぶりだ。
そして俺が知っていて当然のように話している。
「なるほど、聞かされていないのか。それとも聞かなかったのか」
俺の当惑に勝手に納得する皇帝だが、答えは後者である。
気にする余裕がなかったと言えなくもないが、思えば詳細を尋ねなかったのは俺の落ち度であることは間違いない。
「ここで制止が入らないということは話しても問題ない、ということだな? シングルナンバーとはクオリア――つまりアルマ・ディーエの動向の決定権を持つ支配層だ。そしてシングルナンバーの偶数番号は恒星の破壊を目的とした『Ω』と呼ばれる兵器群の使用権限を持つクオリアの最大戦力でもある。そんな危険な存在が堕落主義で奉仕対象を甘やかすともなれば、そいつの目的を尋ねぬわけにいかんのだ」
アイリスが恒星を破壊し得る兵器を使用可能という驚きの事実に反射的に後ろを振り返る。
当の本人はというと「できますが、何か?」と言わんばかりの顔で平然としていた。
しかしそうなると教会の騎士との戦闘について疑問が浮かぶ。
(権限はあっても無条件に使えるものではない、か……)
クオリアのこれまでの動きから簡単に使用許可が下りるものではないのは確実であり、また理由もなく使うことはないのも間違いない。
これはあくまでそのような戦力を保有をしている、という事実でしかない。
そしてそれを知っていた皇帝。
どうやら帝国は予想以上に機械知性体について知っているらしく、それ故に恐れているようだ。
事情聴取という建前のアイリスとの会談かと思っていたが、皇帝にとっては帝国の存亡を賭けたものなのかもしれない。
これは答え方をミスると大変なことになりそうだ、と頻りに指を動かしてポイント増量中をアピールしているアイリスを睨んだ。




