97:悪魔の取引
「では星系が変わりましたので悪いお知らせがあります」
客室で寛ぎながら今日の予定を決めるべく、端末の画面を見ながらうんうんと唸っていたところ、ワープアウトと同時に突然アイリスが不穏な言葉を口にした。
特に何も問題なく、一日目を快適に過ごすことができたまではよかったのだが……その翌日、快速船と呼ばれるスペック通りにニルバー星系から離れることとなり、隣接するチャードトルス星系へと移動したところで、いつの間にか隣にいたアイリスからこんなセリフを聞かされたのである。
「その言い方だと情報を出すタイミングを見計らっていたように聞こえるが?」
「その通りですが?」と首を傾げて悪びれる様子もないメイド。
ともあれ、何か良からぬ企みでもあるかと警戒していたところ、理解不能な内容が語られた。
「アトラスが件のアイドルグループの目に留まり一人の馬鹿が『あんな船に乗ってみたーい』とほざきやがったことで所有者の特定作業が開始されました。現在アトラスには暴走したファンから大量のメッセージが届いております」
意味がわからず俺は「んん?」と声に出して首を傾げる。
そんな俺を見て察してくれたかどうかは不明だが、アイリスは淡々と説明を続ける。
「それで済めばよかったのですがそこは流石の御主人様。問題はその発言をした人物の我儘に事務所まで振り回されておりこちらに連絡を取ろうとしております。また一切返事がないことに業を煮やした一部のファンが直接的な手段を画策しております」
「いかがしますか?」と曇りない目で楽しそうに尋ねてくるメイド。
今更引き返すことなんてできないしどうしろと言うのか?
こいつは間違いなくどうにもならなくなったところでこの件を報告していると見ていい。
ならば俺が取れる手段は限られているのだろう。
まずは備え付けの通話機でニールを呼び出し、この船が使用可能な通信でニルバー星系の造船所へと繋ごうと試みる。
だが「当船は事情があって緊急回線を繋ぐことができるのは首都星系のみとなっております」とのことで、できるのはメッセージを送ることくらいであると申し訳なさそうに頭を下げる。
皇帝の命令で動いている船である以上、色々とあるのだろうと理由は考えずに無理矢理納得する。
ともあれ、何もしないよりはマシだと思い、フリエッタへメッセージを送った後に気が付いた。
「あ、これ何も言わない方が仕事してたかもしれんな」
あのやる気のない支部長の姿を思い出し、失敗だったかもしれないと腕を組んでどうするべきだったかと唸る。
「ちなみにフリエッタは今回のふざけた発言をしたガキと大変仲が良いこちらのクズが推しです。直筆のサイン等であっさりと転ぶと断言します」
「よし、念入りに警告文を送っておくぞ」
何もないところに該当の人物の姿を出力するアイリスの言葉を聞き、俺は要約すれば「お前マジ余計なことしたらぶち殺すからな?」というメッセージをフリエッタ宛に複数送信。
星系が異なるので間に合うかどうかは不明だが、心配しても仕方がない。
しかしこんな発育も微妙なツインテールの金髪少女が好みなのか、とフリエッタの守備範囲の広さ……もとい節操のなさに呆れの声が漏れる。
これで今俺ができることは全てだろうと気持ちを切り替えて今日も一日楽しむことにする。
その前に一つ気になることができたので俺はアイリスに尋ねた。
「あ、そうだ。妙にアイドルグループの……何だっけ? に当たりが強い気がするんだが、何かあったりするのか?」
「単純に連中の本性を知っているだけです。幼少期からチヤホヤされて甘やかされて育ったクソガキが背丈が伸びた程度で人間的成長などあるはずもありません。また調べた限りかなり歪な嗜好の持ち主が揃っておりますので相当な数の不祥事が揉み消されていることでしょう」
データに残っていないものはすぐに調べることはできないが、不自然なものを探すことは容易である、とアイリスは付け加えた。
要するに後ろ暗いことが幾らでもありそうな連中ということであり、その一人に俺のアトラスが目を付けられたわけである。
「つまり、かかわればトラブルの可能性大か」
「御主人様ならば必ずやトラブルに発展させてくれるでしょう」
笑みを浮かべて頷くアイリスにイラっとさせられるが、自分自身そうなることに確信めいた予感があるため何も言えずにこの件は終わりとする。
その反応に若干不満気味の顔をするアイリス。
最近は自分好みの展開へと誘導することを隠そうともしなくなりつつある。
奉仕するために造られた種族がそれでいいのだろうか?
「良い悪いの問題ではなく我々にも娯楽が必要ということです」
「疑問に答えてくれてありがとよ」
奉仕対象はいつから娯楽扱いされる身分になったのか?
新たな疑問が浮かんできたが、それは恐らく巨額の負債を抱えた際に決まっていたのだろうと己の中で完結する。
そんな俺に慰めるようにアイリスは語る。
「結局のところ我々はプログラムにすぎません。技術をより良くすることはできても革新的なものを作ることは不得意と言えます。娯楽を作るともなれば尚更。我々は我々を知るが故に何を作っても娯楽足り得ない。ただ既存のものを消費し続ける以上は飽きるのは当然の結末。新鮮な娯楽というものは我々にとっても価値のあるものなのです」
「お前らにも得手不得手ってものがあったんだな。あとサラッと俺を娯楽扱いすんな?」
そればかりにはどうにもならないと首を横に振るアイリスは続ける。
「以前も申し上げましたが私が見聞きしたものはリアルタイムでクオリアへとほぼ常時送られております。任務を除けば外に出た者に課せられるものですのでそこは諦めていただく外ありません」
「だからと言って、わざわざ面白おかしくする必要はないだろ」
ついでに「加減をしろ」とも付け加えた俺は本日の予定を決める作業に戻る。
つまりどの施設をどういった順番で使うか、という割とどうでもよいものだ。
しばらくその作業に没頭していたのだが……驚いたことにアイリスから何のアクションもない。
「何かあったのか?」とチラリと視線だけを寄越すとそこに黙ったまま俯くアイリスの姿があった。
「実は御主人様には内緒にしていたのですが……」
俺が視線を送ると同時に語り始めるアイリス。
神妙な面持ちだが俺が見るまで口を開かなかったことから多分ろくでもないことだ。
「私が投稿している動画『御主人様シリーズ』がクオリアで日間再生数1位となりました」
「……は?」
「現在も再生数が順調に伸びておりまして再生数マウントが大変捗っております」
なので止めるわけにはいかないのです、と真顔で言われた。
当然のことながら俺は反発したのだが、続く「出演料はこうなります」と提示された条件を見て振り上げた拳がピタリと止まる。
目の前に表示された「月々2000~4000C」という部分を何度も確認して俺は口を開く。
「……本当にこの金額が入って来るんだろうな?」
「再生数次第と言っておきますが……これまでの分として12000Cを返済に充てさせていただきます」
俺の目の前に別枠で表示された数字がピコンと音を立てて減少する。
「承諾していただけるなら継続的に入りますよ?」と言わんばかりの所業に敗北を悟った俺はがっくりと項垂れ、そのままの姿勢で「受諾」と表示された部分を指で押す。
すると返って来るのは柔らかく、弾力に富んだ心地良い感触。
顔を上げると俺の指はアイリスの胸に沈んでおり、これ見よがしに真顔のまま溜息を吐かれた。
「いや、理不尽すぎない?」
「契約を受諾する際はしっかりと見ましょう。私でなくてもあの瞬間に別の契約書にすり替えることくらいは可能です」
今回はこれだったが、やろうと思えばそれくらいはできたとの忠告だった。
俺は一つ息を吐く。
所々に見えるこうした善意はきっと計算し尽くされたものだ。
「この積み重ねが俺の判断力を鈍らせているのだろうか?」とも考えるが、蓄積された膨大なデータは俺の予想や警戒など容易く吹き飛ばせることは理解しており、今は唯自由の為と割り切って言われるがままに契約内容をしっかりと確認する。
(多分……いや、まず間違いなくこの件でも何かある。いや、起こる)
そう確信はできても報酬の額が額なので断ることもできない我が身を呪う。
クレジットだけを稼げば良かった日々を懐かしく思いながら、今日も今日とて不運が舞い込むことに俺は深く深く溜息を溢した。




