96:楽しかった一日目
豪華客船とは恐らくこのような船を指すのだろう。
中に入ると既に通路からして俺の常識から外れており、ただただ感嘆の声を上げる外なく己の語彙力の少なさを痛感するばかりである。
「壁にこんな模様とかいるか?」
出てきた言葉これなのだから教養のなさも浮き彫りになろうというものである。
「古アスターの旧暦時代のものですね。統一感のなさはある意味芸術的と言えるかもしれません」
説明されてもわからないので気のない返事をして通路に敷かれた赤いカーペットの上を歩く。
入って少し進んだところでもう重力区画になっている。
案内用のロボが先行しているので付いて行った先にはこの客船の責任者がおり、まずは深々と礼をされ歓迎の言葉を聞かされた。
「セレストリア号へようこそ! 私はこの客船の責任者である『ニール・クレキストン』と申します」
如何にも紳士といった井出立ちのタキシード姿の男性が白い歯を見せながら笑顔で語る。
「セレストリア号は貴族、富豪向けの小規模な団体向けの豪華客船となっております。娯楽設備は勿論、レストランやバー、カジノに各種スポーツ施設も用意されており、全て最新鋭で取り揃えております。基本従業員は専用のスペースにおりますので、何かあればこちらの案内ロボや各所に設置されている端末をご使用ください。何かご質問はございますか?」
「いや、大丈夫だ」
何かあればアイリスに聞けば大体どうとでもなる。
それに折角あれこれ調べたので自分の目で確認したいというのもあった。
「それでは、首都星系アスターまでの船旅を存分にお楽しみください」
恭しく礼をするニールはそのままの姿勢を維持したまま俺たちが立ち去るのを待っていた。
貴族向けなんだな、と案内ロボに付いて行く。
最初に案内されたのは客室。
ロボットは部屋の前で待機しているので中へと入る。
「いやはや……前に泊まったホテルといい勝負してるわ」
ギャラクシーレースで大金を手に入れて泊まった高級ホテル並みの広さである。
調度品も何処か似ているような気がすると思ったらコーディネイトを担当した人物が同じらしく、後ろにいるアイリスから詳細を知ることとなる。
「というか口に出してもいないことに対して補足説明をするのはどうかと思う」
「御主人様は顔に出過ぎです」
「せめて顔を見てから言ってくれる?」
悪びれる様子もないアイリスに溜息を吐き、中へと進んで荷物を置くとまずは何処に行こうかと考える。
備え付けのモニターに船内マップを表示し、覗き込んでいるところににゅっと腕が伸びてきたと思えば、その指がある場所を指している。
「レストランか……」
確かにそろそろな時間ではある。
しかし優先する理由はわからずアイリスに尋ねる。
「何かお勧めでもあるのか?」
「こちらで使われている食材が天然もののようです。所謂オーガニックというものですね。折角の機会ですので私もデータを採取したいと思います」
なるほど、とレストランを勧める理由が「データの採取」とは機械知性体らしいと言えばらしい。
興味がないと言えば嘘になるので俺もまずは食事を楽しみ、食後の休憩がてら施設を楽しむことにした。
早速案内のロボットに先導されてレストランへと向かう。
そして到着するや否や目の前に広がる光景に自分の「場違いさ」を嫌でも自覚する。
「……確かこういう場ではドレスコード? なんか服装に条件とかあったような?」
「貸し切りですので気にする必要はありません」
そう言って入口で待機している案内ロボの横をスタスタと通りすぎるアイリス。
それに釣られるように恐る恐る中に足を踏み入れると煌びやかな光の反射が俺の右目を直撃する。
「無駄な技術で俺の目を攻撃するのは止めろ」
「早く来ないと次は左目にも光を集めますよ?」
おかしいと疑いの目を向けるなりあっさり白状するアイリス。
テーブル席へと向かうとそこには椅子の横に立ったままのメイドがいた。
しばし無言のまま横に立ち、スッと椅子を引くとアイリスはそこに座る。
「及第点は差し上げましょう」
「メイドとしてそれはどうなんだ?」
俺の質問を無視して手早くオーダーを済ませたアイリスが「料金は全て向こう持ちなので遠慮なく頼んでも大丈夫」と密かに気になっていたことを教えてくれる。
ならば、と高そうな品を幾つか選び、酒も飲もうとしたところでストップがかかる。
「バーがありますので飲みたい場合はそちらをお勧めします」
時間的にも飲むのは早いので俺は納得して頷く。
注文をしてから待つことしばし、最初にやってきたのはスープである。
配膳用のロボットが小さくお辞儀をして去って行く姿を眺めつつ、どれほどのものかとまずは一口。
「なるほど、美味い」
思わず声が出る複雑に絡み合った美味さ。
冷たいジャガイモのスープとの内容だったが、芋がこうも美味なスープになるとは驚きだ。
黙々と飲み進めるとあっという間になくなってしまった。
「食べ方が汚い。25点」
ダメ出しをしてくるアイリスだが、貸し切りなので何も問題はない。
「そういうお前は何を頼んだんだ? まだなにも来てないようだが……」
「データが欲しいものは全て注文しました」
聞けば30品以上頼んでいることが判明。
「それ全部食えんのか?」
「食べようと思えば幾らでも」
どうやら機械知性体の胃袋には底が無いようだ。
ちなみに大半のメニューは人の手で作らているらしく、この大量注文に厨房の修羅場を幻視した。
ともあれ次にやってきた料理に手を付けない理由はない。
一口一口を天然ものと意識して味わって食べるとしよう。
ステーキを切り分け、フォークで刺した肉を口に運びじっくりと咀嚼する。
かけられたソースもまた絶品であることには違いない。
しかし、どうにも期待値が高すぎたのか、美味いには美味いのだが何か違うのだ。
その理由にはすぐに思い当たった。
普段食べているものと大差がない――思わずそう口に出かかったところでドヤ顔をしているアイリスがこちらを見ていた。
「……はいはい。クオリアの技術は凄いな」
わかればよろしいとばかりに満足気に頷くアイリス。
その後も続々と運ばれてくる料理に舌鼓を打ちはするものの、普段の食事の質の高さから特に感動することもなく満腹になった。
しかしアイリスが注文した料理はまだまだ運ばれてくる。
アイリスはそれを黙々と丁寧に食べ進めているわけだが……食べ終わるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「私はもうしばらくここでデータ採取をしておりますのでお構いなく」
「じゃあ、先に出て腹ごなしでもしてくるぞ?」
いってらっしゃいませ、と口を閉じて咀嚼しながらのアイリスに見送られた俺は案内ロボットに娯楽施設へと案内させる。
しばらく歩いたところで少しばかり食べ過ぎたことを自覚し、腹ごなしに運動の予定を変更。
ホロシアターで最新の作品を見ることにした。
内容は怪獣との戦争ものだったのだが、実際に宇宙怪獣と何度か出くわし、戦闘までやってる身からすればリアリティに欠ける作品だった。
次に足を運んだはカジノ。
正直金を使う気がないのでただ見るだけだ。
ガイド役としてバニーガールを呼べるらしく、好みの女性を選べるようだが……遊ぶつもりがないので呼んでもただの冷やかしである。
何があるかを一通り見た後は体を動かすべくスポーツ施設へと入る。
各種球技や競技が揃っているようなのでちょっと記録を狙ってみるが、強化された肉体を以てしても上位にはかすりもしなかった。
調べてみると帝国全土のデータベースを参照しているらしい。
そんなこんなで時間を潰していたのだが、結局その日にアイリスは姿を現すことはなく、平和な時間を過ごすことができた。
こうして豪華客船の一日目は無事幕を下ろす。
終わってみれば中々に楽しい一日だったのではなかろうか?
その翌日に問題が発生しなければ、俺の船旅はきっともっと楽しいものになっていただろう。




