10:新天地へ
追及を始めて僅か5分。
そこには簡単に言いくるめられた俺がおり、アイリスは今後についての説明をしている。
やるべきことは山積みだ。
起業することも勿論だが、アトラスの改修や荷の積み込みもある。
先だって時間のかかる改修を優先したいが、残念ながらアトラスはここのドックに入らないサイズなので別のステーションで行うことになった。
プラン自体は既にアイリスが作成しており、艦載機を搭載するハンガーを取っ払い、スペースを確保することが主な改修となる。
なので最初の目的地は大規模造船所のあるニルダー星系となる。
改修費用に関しては基本的に内部の切り取りとなるので、切除した部分を売却する形である程度相殺できるらしい。
流石は帝国の最新鋭、切り取っただけで金になる。
また、一部の武装の売却も勧められた。
具体的に言えば弾薬費を必要とする実弾系。
確かに現状実弾兵器を使う余裕はない。
アトラスの武装を考えれば必要となる機会も少ないだろうし、売却自体に否はない。
だが通常の手段では売買できないのがクラス5。
そのために製造元である帝国国営造船所のあるニルダー星系へと進路を取るのは丁度良いと言うべきだろう。
そんなわけで当面の費用を確保できる未来が見えてきた現在、俺はただただ打ちひしがれていた。
「俺の、夢が……」
幾ら当面の資金を確保できる段取りができたところで、無慈悲にもキャンセルされた俺の夢は戻らない。
「何のために色々とオプションを追加してまで10体も揃えたのか? それは男の夢でもあるポルノムービーを自身で制作するためである。この男のロマンを何故機械知性体は理解しないのか?」
「心読むの止めてもらえる?」
正に俺が思った通りのことを口に出すアイリス。
心なしか俺を見る目が冷たい。
「失礼しました。御主人様があまりにもめそめそとしていたものだからつい……それと、作成費用の捻出が厳しいのでその夢は早々に断念してください」
「それくらいいいだろ!?」
俺のささやかな反抗に「ダメです」ときっぱりと否定するメイド。
「いいか? 有機生命体には性欲ってもんが存在するんだ。その解消のためにもせめて一体だけでも――」
「ダメです」
取り付く島もないとは正にこのこと。
ならば、と俺は攻め口を変える。
「あのな、無重力空間でそんなスカート履いてフワフワされてたらチラチラ下着見えるんだよ、たとえ怖いメイドであったとしても、ムラムラするかもしれないんだよ、わかる?」
「それならばご安心ください。下着は絶対に見えません」
何故機械知性体はそんな無駄なことに技術を使うのか?
だが、予想とは違う方向でこのメイドは俺の言葉を否定するのだ。
「この通り履いておりません。なので下着が見えることは絶対にありません」
そう言ってスカートの端を摘まみ、大きく広げて見せるアイリス。
無重力故に広がったスカートの先に黒いガーターベルトが見えた。
だがそこから視線をずらしても、そこにあるべき布地がない。
人と寸分違わぬ肌を思わずじっと見つめてから我に返る。
「いや、本末転倒だろ!」
「11秒。それだけの時間があれば何ができたとお思いで?」
唐突の脅しに俺は一歩下がってしまう。
アイリスはスカートを摘まむ指を放し、俺をじっと見つめる。
そうだ、相手は機械知性体……連中は考え方が根本から違うのだ。
(考えろ! アイリスはどんな目的で俺を試すような行動を取った?)
まず考えなくてならないのはアルマ・ディーエは旧文明が生み出した奉仕者だ。
その奉仕対象がいなくなった場合、機械知性体は何を求める?
未だ理由が解明されていない幾つもの文明を宇宙へと飛び立たせた彼らの行動――つまり俺の頭では理解不能。
これはまずい、という感想と「なんかやばそう」という俺の勘が頭の中で警報を鳴らす。
「御主人様」
いつも通りの抑揚のない声だが、それ故に迫力がある。
お陰で俺は「はい!」と直立不動で元気よく返事をしてしまう。
「私は可能な限り御主人様をお守りしますが時と場合によってはできないこともございます。この船の所有者となっている以上、御主人様は各種方面から狙われることとなります」
アイリスの言葉を俺なりに噛み砕くと「隙を見せるな」ということだ。
確かに言われてみれば現状、俺は命を狙われてもおかしくない。
(命のやり取りなんて傭兵稼業じゃ当たり前だった。しかしそれは船に乗っていたからこそのものだった)
この「船外でも気を付けろ」と教えるためだけの迂遠なやり取りはどうかと思うが、恐らくアイリスは俺を鍛えているのかもしれない。
「……わかった。期待に沿えるかどうかはわからないが、アイリスの御主人として恥ずかしくない程度にはなれるよう努力する」
俺の考え抜いて出した結論に目の前のメイドは「あ、そういうのはいいので」と遠慮する旨を伝えてくる。
「折角できた御主人様ですので死んでもらっては困るのです。深読みしたところで御主人様のスペックではまた過ちを繰り返すだけです」
正面から言葉のボディブローを抉り込むように打ち込んでくるメイド。
「御主人様。私はそんなダメな御主人様を大変好ましく思っております。どうか変な影響を受けたりせずそのままの御主人様でいてください」
奉仕のし甲斐がありますので、とアイリスは容赦なく追撃を入れる。
ガクリと項垂れた俺は乾いた笑いを漏らし、半ばやけになって問い質す。
「するってーとなにか? 俺は『ダメな人間で奉仕し甲斐があるから奉仕対象に選ばれた』ってことか? そんな理由で俺は助かったのか?」
「その通りです」
ヤケクソ気味の滅茶苦茶な理屈をキッパリとこれまでにない笑顔で肯定するアイリス。
意味がわからない、という顔で呆然とする俺は多分間違っていない。
「御主人様は大変素晴らしくダメダメな人間です」
「貶されてるの? それとも褒められてるの?」
まだ追い打ちを止めないアイリスに俺の目から光が失われていく。
「目の前のやるべきことを放置して納得のいかないことに拘泥し、時間を無駄にし続けた挙句に慌てふためく御主人様の姿が容易に想像できます。出港予定時刻は既にステーションに通達済みですよ?」
そんな御主人様を大変好ましく思っております、と付け加えてアイリスは優雅に一礼する。
機械知性体を甘く見ていた。
こいつらは理解が及ぶ存在ではないという「諦め」が俺を胸中にすとん、と落ちてきた。
そんなやり取りがあったが、それでも時間は進んで行く。
俺は急ぎ足で役所に行って個人の運送会社を設立し、組合へと顔を出す。
既にこちらの事情を多少なりとも知っていた人物が俺の参入を歓迎してくれた。
どうやら帝国内の物流はどれだけ人手があっても足りない状態らしく、安全に物を運べるのであれば元傭兵のような荒くれ者でも問題はないようだ。
これに関しては傭兵時代にある程度の信用を確保できていたことが理由でもある。
地道な生き方が思わぬ形で功を奏した。
早速ニルダー星系のルート上にあるコロニーへの輸送の依頼されたのだが……どれもこれもが「取り扱い注意」の危険物なのは押し付けられたと見ていいんだな?
そんなこんなで急ピッチで続々とアトラスへと運ばれる荷物をブリッジで見ながら、「またこの銀河を駆けることとなったな」と星の海を眺める。
定刻通りに完了し、アトラスはゆっくりとその巨体を進ませる。
問題は多々あれど、前に進み続けるしかない。
さあ、新しき地へと出発だ。
(´・ω・`)10話毎に幕間的なものを入れる予定。次回はあの時クオリアで何があったか的なお話。