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不運なソーヤの運送屋  作者: 橋広功
1/109

1:不運の終わり

(´・ω・`)書き溜め終わるまでは毎日18時くらいで更新予定。初回は折角なので同時更新。メイドが出てきてからが本番みたいなもの。

 この広大な宇宙を駆ける傭兵。

 そんな傭兵歴15年の俺の経歴を一言で表すなら――不運、である。

 そう、ただただ運が悪かった。

 同期と比べれば間違いなく腕は良かった。

 これはシミュレーターでの戦績や実戦での撃沈数を見れば確実に言えることだ。

 だが、運がなかった。

 契約通りに支払われない報酬。

 常識では考えられない整備不良に因る故障。

 正規ルートで仕入れているにもかかわらず掴まされる不良品。

 一歩間違えれば命を失っていたフレンドリーファイア。

 その度に修理費を請求するも、満額を支払えた奴は一人もいなかった。

 そういった切羽詰まった奴だからこそ、そんな無茶をした結果なのだろうが……そんなことは俺には関係のない話だ。

 それでも俺は金を稼ぎ、その資金で愛機を改造し、時に買い替えも行いながら着実にその実力を伸ばして実績を積み上げていった。

 だと言うのに、今この手にあるのはその愛機を手放しても払い切れないほどの借金。

 当然そのようなものを背負う道理などない。

 ないはずだった。

 だが、折り悪く傭兵ギルドのトップがスキャンダルで変わった直後の混乱に付け込まれ、敵性生物群における共同作戦の失敗を、軍の責任者がある一人に擦り付けた。

 傭兵ギルドが折れることなど本来ならば起こり得ない。

 そのような不祥事が起こればギルドの信頼は揺らぎ、各地で所属不明のモグリの傭兵が出現してもおかしくはない。

 そんな連中は言ってしまえば宇宙海賊と見分けがつかない厄介な存在であり、そのような危険因子は治安を維持する側からすれば到底容認できるはずもない。

 故に、傭兵ギルドはその存在意義を揺らがすような取引に応じることは絶対ない。

 絶対にない……はずだった。

 しかし、起こってしまった。

 起こり得ないはずの誤作動は、対大型生物用弾頭を乗せたミサイルを俺の愛機が迎撃したことにある。

 友軍機から放たれた誘導兵器の迎撃などシステムの故障でもない限りあり得ない。

 結果として、俺には軍務の妨害という罪で起訴され、内容が内容だけに余裕がなかった傭兵ギルドは俺を切り捨てた。

「流石にこれをかばい立てすることはできない」と突き放され、明らかに起こり得ない状況下の迎撃システムの起動に、俺は「軍の方に問題があった可能性がある」と訴えた。

 原因の究明はなかった。

 ただ、一言「整備不良に因る誤作動」で片付けられ、各種容疑こそ否認はされ、損害賠償額は軽減されはしたものの、その金額は6000万クレジットととても「中堅どころ程度の傭兵」の俺に払えるようなものではなかった。


「……口座にあるのは220万Cr」


 手にした携帯端末を操作し、口座の残高を確認する。

 傭兵である以上船がある。

 武装の更新のために金を貯めてはいたものの、その程度では必要額の一割にも満たない。

 一般人から見れば大金でも、この金額では逃げ続けるなど到底できない。


「船を、売るしかないのか?」 


 仮に売ったところで1000万Crに到達することすら難しいだろう。

 だが、それでも何もしないよりかはマシである。

 逃げて海賊となるか、それとも払えるだけ払ったあとに破産手続きを済ませ、一から再スタートのどちらを選べと言われれば、まだ後者の方が救いはある。

 仮にも傭兵歴10年を超え、ベテランに片足を突っ込んだ人材だ。

 贅沢さえ言わなければ雇用主くらいは見つかるだろうと無理に楽観視するも、気分は「最悪」の一言だ。

 金を工面する時間は与えられたが、その期間は金額を考えればあまりに短く、それ故に真相究明に費やしたことで猶予はもうなくなっていた。

 思えばこんな強引な手段に出たのも、こうなることを見越してのことだったのかと勘ぐってしまう。

 足取りは重い。

 それでも、俺はコロニーにある傭兵ギルドの扉をくぐった。

 手続きは思った以上に淡々と済まされた。

 事前に通達でもあったのだろうが、事務的に進められた脱退手続きに俺はただ呆然と話を聞いていた。

 どうやらこちらにも手が回っていたらしく、除名処分を求められていたようだが、世話になった支部長が事前に責任を感じ自らの意思で脱退していた、ということにしていたようだ。

 除名処分では再登録はほぼ不可能だが、自主的に脱退したのならば二周期後に試験を受かれば再び傭兵業に戻ることが可能となる。

 問題はその二周期をどうやって過ごすかだが……今は最悪の事態は避けられたことを喜んでおこう。

 状況は予想よりも悪くなってしまったが、まだ最悪と呼べるには至っていない。

 ギルドを出た俺は空を見上げて立ち止まる。

 逆さまに映る居住区域をぼんやりと眺め、俺は「運がない」とぼやいて溜息を吐いた。




「冗談だろ!?」


 規模を考えれば少々手狭なオフィスに俺の声が響く。


「いえいえ……現在の相場を考えれば、これくらいが限界でございます」


「機体は仕方ない。十年物だからこの金額でも諦めは付く。だがクラス3の武装だぞ? 中古市場でもこの5倍の値は付くぞ!」


 買取のための見積もりを出した業者と実際に会って話をすることになったまではよかった。

 だが、提示された金額は「買い叩かれた」では済まないほどに少額であり、俺は業者の男に食って掛かる。


「それに関してなのですが……」


 男が語る内容は一言で言えば「誤作動を起こすような整理不良の機体の武器など曰くが付いて売りにくい。だから安くなるのも当然だ」というものだった。

 それが建前にすぎないことなどすぐに理解した。

 どういうわけかこの男は詳細を知っていた。

 つまり「俺の情報が既に出回っている」ということだ。

 他へ行けば更に買い取り金額が下がることは間違いない。

 傭兵ではなくなった俺がクラス3の武装を所持できる法的根拠がない以上、規定日時内に売却手続きを済ませなければ捕まることは確実。

「この金額を呑むしかない」と理解した俺は拳を握り天を仰ぐ。


「……わかった。この金額で頼む」


 断腸の思いで取引を成立させる。

 サインのために端末に触れた指が震えており、吐き気を催すほどに気分が悪い。

 自分の状態がおかしいことなど言うまでもない。

 ただ落ち着きを取り戻すために「破産手続きをすれば一緒だ」と何度も繰り返しながらビルを出た。

 だが俺の口座に入金を確認した瞬間、これまでの命懸けの日々が数字として表れた時――多分、どうでもよくなったのだろう。

 口座の金を振り込むことなく、俺は当てもなくフラフラと彷徨い続けた。

 時間がないわけではない。

 猶予はまだ少しあるが、時間が経てばこの情報は間もなく周知の事実となり、こちらの言い分に耳を傾ける者はいなくなるだろう。

 急ぐ必要はなくとも急がなくてはならない。

 しかし、俺の足は動いてくれなかった。

「もうどうでもいい」という想いが、俺を目的地から遠ざけた。

 そして目に入ったのが――コロニーの商業区にある大型モール前に設置された大きなモニターに映し出された無数の船が並ぶ光景。

 無重力の透明なリングの中に浮かぶ二十数隻の競技用シップはこうしてみると壮観である。


「……ギャラクシーレースか」


 そう呟いた直後、俺ははっとなった。


「そうだ。全部賭けてしまえ」


 それは自分でも驚くほどに自暴自棄な言葉だった。

 だが不思議と悪い気分ではなかった。

 早速レースへとアクセスし、端末に映る船の名前とオッズを流し見る。

 丁度大規模なイベントの真っただ中らしく、サポートでリストアップされてくる情報の数が多い。

 自分の運の悪さを自覚してるのでギャンブルとは縁がなく、出てくる名前の中に聞いたことがあるものが全くない。


「あ……」


 その中で他愛のない同業者との会話の中にあった名前を見つける。

 記憶を辿り、思い出したそれらを口出す。


「モチモチボーイとコスモポリたん……」


 俺の記憶に間違いがなければ、端末に映る名前は一致している。

 これのどちらかにしようと操作したが、一着を当てるのではなく、二着までを当てる賭け方もあったのでそちらにした。

 そして気づいた。


「……倍率2000倍越え、だと?」


 他を見ればほとんどが二桁。

 ド素人の俺でもこれが良くないことであるとわかる。

 なにせどの組み合わせを見ても、オッズが三桁に到達するのは俺が賭けた船が混ざるものばかりである。

「これはまずい」と冷静な部分が警鐘を鳴らすが時既に遅し。

 支払いは完了しており、続々と集まる掛け金にオッズが若干の変動を見せ、俺の全財産の動きがあっという間に呑みこまれた。

 最終倍率は2080倍と誰がどう見ても圧倒的な不人気で締め切られた。

 しかし俺は「破産すれば一緒だな」と切り替えた。

 ちなみにギャンブルに因る自己破産が認められていないことを俺が知るのはもう少し後のことであり、この時は「いっそ清々しく無一文になることで行政に対する抗議としよう」などと馬鹿みたいなことを考えていた。

 学……というより一般常識を学ぶ機会がなかった俺は、むしろそっちの方が面白そうだと一番人気の応援すら始める。

 レースが始まり二十隻を超える競技用シップが一斉にスタート。

 同時に出遅れた13番と22番――俺が賭けている船である。

 その時点で俺はもうそれらを見ることを止めた。

 ただ観戦だけをしているともなれば、パイロットの腕も見えてくる。

 元傭兵の俺から見ても、操船技術は間違いなく現在トップ争いをしている二人が頭一つ抜けている、といったところか。

 レースも終盤に差し掛かろうという頃、俺が声援を送る僅差で先頭を走る一番人気の7番がまさかの接触事故を起こした。

 二番手と16番の激しいデッドヒートの結果と言えば聞こえは良いが、傭兵として船に乗っていた俺にはわかる。

 あれは意図的に起こされたものだ。

 先頭に立つことを許さんとする一番手と二番手の動きには確かに感情が乗っていた。

 恐らくだが16番がキレて先頭の7番に接触――そしてそれに反撃をしようとしたところ取り返しのつかない事態に発展した、といったところだろう。

 制御を失った二機が次々と後続と接触し、回転しながらリング状のコースの外壁にぶつかる。

 正に大惨事。

 ほとんどの船が巻き込まれ、何かしらの機体トラブルが発生する中、後方を走っていたその二機は真っ直ぐに事故現場を駆け抜け、周囲に悲鳴が轟いた。

 ただ一言、その後のレースは見えるに堪えないものだった。




 ずっと考えていた「どうして自分はこんなにも運が悪いのか?」という疑問。

 その答えが今、目の前にあった。

 そう、この時のために俺は今までずっと耐えてきたのだ。

 そんな風に考えられるほどに、目の前に光景にただ呆然と立ち尽くしていた。

 熱狂――そして飛び交う怒号。

 モニターに映るレースの解説者が声を張り上げ何かを言っているが聞こえない。

 一つだけ聞き取れたのは「無効試合とはなりません」との運営からのお知らせのみ。

 放心したようにだらりと下げられた手に握られた携帯端末。

 呆然とモニターを見上げる周囲と異なる反応を見せる俺は、傍から見ればこのレースで大金を賭け、大番狂わせを前に現実を認識することができなくなっているように見えるだろう。


「ははっ」


 小さな笑い声が漏れた。

 理解が未だ追いつかない部分はあれど、はっきりと言えることがある。

 俺は倍率2080倍という馬鹿げた賭けに全てを乗せ、そして勝ったのだ。

 笑いが出ないはずがない。

 俺のこれまでの不運は、きっとこの時のための帳尻合わせだったのだ。

TIPS

ギャラクシーレースは銀河全域で行われている世界最大のレース。

1周期に二度だけ行われるイベントレースでは兆単位のクレジットが動くこともある。

現在存在しているレース会場は21ヵ所であり、既に次の建設の予定が入っている。

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― 新着の感想 ―
[一言] お暇なら来てよね♡と言う事で見参。
[一言] もうちょい溜まるまで待って一気読みやでぇ!ぐふふふふ
[一言] 良い事も悪い事も低確率を引き当てる この引きの強さは強運ですね 平穏な人生を歩むのは絶対無理
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