第六章 錬金の剣
第六章 錬金の剣
レアードはミチヒサが用意した森から少し離れた山のふもとの小屋に、彼と共に向かっていた。沈みかけた太陽が空を黄金色に染めている。レアードは錬金術という学問との新たな出会いに心を躍らせていた。
「無から有を創りだす学問」や「人が神を越えようとする学問」など彼の認識している錬金術という学問は、これまでに学んできた数学や歴史などとは比べ物にならないほどに彼に知的興奮を与えた。
「そういえば錬金術はあなたが教えてくれるのか?」
走りながらレアードは尋ねた。
「いや、我は錬金術については無知だ。君には独学で学んでもらわなければならない」
「どうやって? 錬金術師たちとは長い間交流が途絶えていたのだから私も錬金術については何もわからないのだが」
ミチヒサはレアードに古びた一冊の本を渡した。
「錬金術についての資料は山のようにある。それに学ぶ上で役に立つであろうメモもな。今持っているのはその一冊だけだが用意した小屋にはそれらと実験器具や材料なども置いてある」
「あなたにも疎遠な錬金術に必要な環境がそこまで整っているのは不自然ではないですか?何が必要なのかもわからないだろうに」
ミチヒサは困ったように苦笑いしながら答えた。
「いずれ我らの事情を話す。それまではどうか我らを信じてほしい」
レアードは頷くと先ほど渡された本を目を輝かせて読みながら走った。
ミチヒサが用意した小屋は予想に反して素晴らしい環境だった。まわりには数種類の果樹やハーブなどが生えており近くには透明度の高い川が流れている。小屋もそれなりに大きく、古い造りではあるが新築のように綺麗だった。
「すごい……。この小屋は一体……?」
「錬金術により作られた『不朽の小屋』だ。数百年前にある錬金術師が研究所として建てたものだ。その目的ゆえに周りに材料が富んでいるこの場所が選ばれたのだろう。あの山には役に立つ鉱石が多く存在するらしい」
レアードは小屋の中に入り、中のモノには見向きもせず机に向かい本の続きを読み始めた。
「中を見て回らないのか?」
珍しい道具や材料、本の山に飛びつくだろうと思っていたミチヒサは、レアードの意外な反応に驚いた。
「今見まわっても何もわからないだろう。まずはこの本で基礎を身につける。時間が無いからこそ慎重に、確実に……」
「そうか、立派な心がけだ。では我は足りないと思われる材料を集めてくる。君には実戦訓練もしてもらわなければならない。さて、何日後に始めようか」
「そうだな……。一週間後……」
本を読みながら考え込む。新たな知識を得ながら物事を考えることは決して容易ではない。
少し考えた後レアードは口を開いた。
「メモは他にもあるのか?」
「ここにある本にはすべて挿んであるはずだ」
レアードはまた少し考え込む。
(このメモがあるならば……)
「よし、実戦訓練は三日後で頼む」
「……わかった、三日後だな」
ミチヒサが小屋を出ようとするとレアードが引きとめた。
「ちょっと待った」
彼は本の山から鉱物図鑑を取り出しメモを抜き取り、索引欄に二つの印をつけた。
「材料採取に行くならこれとこれもお願いしたい」
彼の自信に満ちた目と笑みは、速くも錬金術を理解し始めたことを主張していた。
日が完全に沈み夜になった。古びた小屋の中に聞こえるのはフクロウの鳴き声、夜風の音、そしてレアードの本を捲る音。彼はミチヒサが出かけてから数時間、手、瞼、眼球以外は微動だにせず、瞬きすらも煩わしいようで眼は乾燥して充血している。
やがて本を読み終えると静かに目を閉じて本の内容を思い返す。目の充血や疲れのためか涙が少し眼にたまる。その後一分ほどで眼を開けてまだ読んでいない本の山から一冊の本を選び器材のところへ向かった。
(基礎と趣旨は理解したはず……。後は本を読みつつ実際に術を使い、応用と慣れを身につける)
初めて行う錬金術に心を躍らせ材料を手に取るとあることに気がつく。
(ここにある大量の材料……。最近収集したものだ。判別の難しいモノもある中これだけの量を集めたのか……。私も頑張らねば……。そういえばこの器具は随分と古いモノのようだが……)
実験器具よく見るとすべてに共通の文字が彫ってある。
(ヘルメス・フラメル……。偶然なのか、それとも……。いや、考えても仕方のないことだな)
レアードは黙々と作業を開始した。とても初めてとは思えない素早い手つきで作業を続けていると、彼の顔には自然と笑みが浮かんできた。
(楽しい。いや、嬉しいのか。落ちこぼれではない、才能があるのが自分自身でもわかる。ふふ、しばらく眠ることはできそうにないな)
三日間その小屋から音が途絶えることはなかった。
朝日が昇るとほぼ同時にミチヒサが帰ってきた。どのように運んで来たのかわからないが、大量の材料を小屋の外に山積みにしていた。
彼は二つの鉱物を他の材料と区別して置きレアードのいる小屋に入った。
「調子はどうだ、レアード。区切りのいいようならば実戦訓練を始めるが」
そう言いつつミチヒサはレアードの創りだした道具の数々を見て内心驚いていた。
(この短時間でこれだけのモノを創りだしたのか……)
「今から始めても大丈夫だ。三日後というから私は昨晩には一区切りつけていたのだが。眠る時間と新しい本を読む時間が得られたので悪くはなかったが」
「すまない。初めての訓練は夜に行うには効率が悪いと思ったのでな」
「いや、そうだろうと予想はしていた。さて、さっそく訓練を頼む」
レアードは本の読んでいたページに例のメモを挟み立ち上がると外へ出た。
「まず説明をする。我は実戦についてあえて君には知識を叩き込まない。戦いは考え無しにするものではないが、考えすぎても良くないからな。したがって実際に戦いながら戦闘経験を積んでもらうわけだ」
「わかった。それでしばらくの相手はあなたなのだろう? あいつらではなく」
レアードはシュンゾウが持ってきたホムンクルスと魔獣が入っている袋を指さした。
「そうだ。それで武器だが……」
「それなら心配は要らない。昨晩作っておいた剣がある。試作段階な上に材料も足りなかったのでこれから改良すべき点が多々あるがな。それと剣術については経験もある。だから基礎の基礎については説明しなくても良いだろう」
そう言うとレアードはどこからか剣を取り出してみせた。
「その剣は……。もしや……」
「錬金術で作る剣ならばこれしかないだろう。伝説の剣、アゾットだ。残念ながら今は一部の力しか使えないが最終的にはオリジナルを超えた剣にしてみせるさ」
握りの上下に二つの穴を持つ剣は、陽光を反射し銀色に煌めいていた。