第二章 魔術の子
第二章 魔術の子
広い草原で、少年が一人座りながら空を見ていた。黒く厚みがある雲が空一面を覆っている。彼の視線の先には、箒にまたがり楽しそうに鬼ごっこをしている子どもたちがいた。
彼らの国が世界から空間ごと切り離されておよそ五百年。国の領土の終端と終端を強引に繋がれ、平面の発展を制限された魔術師たちは、縦の発展を続けてきた。箒で空を飛び、空中には数多の建造物が浮かんでいる。この狭い世界で生きていくことを受け入れた彼らは、高度な技術の発展よりも豊かな暮らしを選んだ。その結果、建造物は美しく、空に浮かんでいる庭園には全国民が食べていくには十分な農作物が栽培されている。
(……魔術か……)
子どもたちは、ただ追いかける遊びに飽きたのか指先から小さな火球を飛ばし始めた。その様子を少年は複雑な心境で眺めていた。
少年は人差し指を前に突き出し、意識を指先に集中させて火球を飛ばそうとした。しかし彼の指からは火球はおろか、煙すら出なかった。
「ここにおいででしたか、王子」
少年のもとに眼鏡をかけた初老の男性が近づいてきて言った。
「レアード王子、そろそろお勉強の時間なのですが」
「今日は勉強は無しだ」
レアードは空を見ながら答えた。
「し、しかし……」
「学者、あなたの学習計画を見せてもらったが内容があまりにも低レベルだ。あの程度のことは六歳の時に自主的に学習した」
「六歳であれを……? かなり専門的な内容のはずですが………」
学者は信じられないというような顔をしている。
「あれで専門的? 話にならないな」
レアードは冷たく男性に言った。
「し、失礼しました」
学者は逃げるようにその場を去って行った。
(まったく、最近来る学者はあんなのばっかりだ。低能で長続きしない。私が賢いのか、それとも彼らの頭が悪いのか)
レアードはため息をつきながら腰を上げ城へと向かった。
まばゆい光が広い部屋全体を照らしている。部屋には豪華な装飾、テーブルやイス、料理が天井のシャンデリアの光を受け、まるで宝石のように輝いている。使用人たちは少し緊張した表情でテーブルのそばで控えている。そんな中、王家の食事は終盤に差し掛かっていた。
「レアード、今度の学者はどうですか?」
「母上、あの者では役不足ですよ」
「そうだろうな。先ほど辞表が提出されたそうだ。なかなかお前の満足するような学者はいないものだな」
国王はそう言うとスープを少し口にした。
「父上、いままで来た学者の中にも素晴らしい者は何人もいました。なぜ彼らに私の教師を続けてもらわなかったのですか?」
レアードは少し怒ったように父に尋ねた。
「仕方ないだろう。すぐれた学者には、その者にしかできない研究がある。学者になるわけでもないお前のためにこの国全体のための研究をやめさせることはできん」
「わかっていますよ、それくらいのことは。ただこの国で唯一魔術が使えない私には勉強くらいしかすることがないもので」
五歳くらいになるとこの国の子どもたちは皆、魔術で遊びはじめる。しかしレアードは生まれつき魔術を使うことができない。魔術師の国の王子が魔術をつかえないことが国民に知られると大きな混乱を招きかねないので、レアードは幼いころから友達と遊ぶことを許されなかった。なぜこの国で自分のみが魔術を使えないのかを疑問に思った彼は、あらゆる本を読み漁り、学者に匹敵する知識を身に付けたが理由は謎のままである。
「レアード、今日はずいぶんと機嫌が悪いのね。疲れているのなら早めに休んではどうかしら」
王妃はやさしい口調で彼に言った。
「そうですね。今日は早めに休むことにします」
そういうとレアードはデザートの最後の一口を食べ立ち上がった。
「おやすみなさい。父上、母上」
レアードは自室で寝る前の読書をしていた。読み古した専門書だが、彼は句読点すら見逃さないというほど集中していた。
区切りのいいところで彼は本を閉じた。
(まだ眠くないな)
ふと鏡に目がいく。いつものように黒髪、輝く鋭い茶色の眼、少し高い鼻、薄い唇、スラッとした顔が鏡に映る。しかし次の瞬間、鏡に映った彼の髪が金色に、瞳の色が青色に変わった。彼が驚き部屋を出ようとしたその時、鏡が突然発光した。
鏡の光が消えた時、彼はその場から消えていた。