第十一章 魔力を持つ獣
第十一章 魔力を持つ獣
少し不自然な金色の髪、人工的な蒼の瞳。それらは短時間でレアードが創ったものだった。レアードは、そんなお粗末な変装が、彼らに通じるはずが無かったということをわかっていた。ただ、見て見ぬ振りをされたことが疑問に残っている。
「シュンゾウさん、どういうつもりだ? 私達が変装していること、気付いているのだろう?」
レアードは、自らその件について話を切り出した。
「どういうつもりなのだろうな。私には何もわからない。私はただ、役割を与えられ、それに従うだけだ。その命令の意図も、善悪も、私にとってはどうでもいいことだ」
シュンゾウがそう言うと同時に、彼等の前方から巨大な炎が無数の木々を薙ぎ払い、向かってきた。
二人はそれを、左右に分かれて回避する。
「レアード。そちらの二体、任せる」
シュンゾウはそう言うと、自身の腕の長さほどの刀を握り、五体の魔獣に向かって駆け出した。
「私が二体相手に対し、彼は五体相手か。二体でも、任せてもらえただけ良かったかな」
レアードは口の端を上げ、鋭い目つきを眼前の魔獣達に向けた。一体は、背中に水晶の様な氷柱のある青い虎。もう一体は、手足に炎を纏った大猩々。
「さて、信頼には応えないとな」
レアードは、金の装飾がツタのように施された、銀の細い剣を構えた。その剣には、変わらず穴が空いている。
その時、虎が雄叫びを上げ、氷片の混じった吹雪を竜巻の様にし、体に纏いレアードに跳びかかった。その竜巻に触れた草木は、接点が砕け、そこから徐々に凍りついていく。
「なるほど。当たるとタダでは済まないな」
レアードは大きく跳び退き、距離を十分に取ると、懐から黄色く小さい球体を取り出し、虎に向かって投げた。
虎の手前に落ちたそれは、落下と同時に爆発し、半径一メートル程のクレーターを作った。
「まず一体。そして、もう一体!」
間を空けずに走り来る大猩々の炎を纏った拳を、体を捻りながら回避し、深々と刃を敵の腹に突き立てた。
倒れた虎と大猩々は、光に包まれ、それと共に姿を消した。
魔獣は死した後、魂が自らの魔力に溶けて、世界を巡るとされている。その詳細、例えば彼等は死んだのか、思考能力は残っているのか等は、魔術師達にはわかっていない。それどころか、魂が魔力に溶けるということさえも、この消え方を見た者の想像で、真実ではないのかもしれない。
レアードは消えた魔獣の跡を見つめて、改めて自分達の無知さを知った。
「やはり、個々の力ではホムンクルスよりも魔獣の方が強いな。個体数では圧倒的にホムンクルスが上だが」
五体の魔獣を倒し、どれくらい待っていたのであろうか。いつからか木の上で観戦していたシュンゾウが、レアードに話しかける。
「先を急ごう、シュンゾウさん。敵将を討つのは、ヘルメス達とほぼ同時でなければ、戦争の被害者が増えてしまう」
二人は森を駆け抜け、数体の魔獣や、数人の魔術師を蹴散らしながら、城へと急いだ。
「王子の偽者め! ここから先へは通さんぞ!」
黒いローブを着た魔術師が五人、魔獣を一体ずつ従えて、街への入り口を塞いでいる。街に入れば、宙に浮かんではいるものの、城は目と鼻の先である。
彼等はレアードの髪や目の色が変装によって異なっているため、城に入りこませる敵国のスパイだと思っているようだ。
「まったく。五百年間交流が無かったのに、敵国の王子の顔がわかる訳ないだろう。五百年、いかに民が怠けて生きてきたか、今回のことでよくわかったよ」
レアードは、黒く小さい球体を敵に向けて投げながら言った。
黒い玉は、魔術師達の近くに落ち、音も無く破裂する。すると彼等は、無抵抗にその場に倒れ込んだ。
その間にシュンゾウは、魔獣五体を風のように速く斬り捨てた。
「王や学者達は勉学に励んでいたみたいだがな」
生み出された魔獣が消える姿を見て、シュンゾウは言った。その後、視線を倒れた魔術師達に移す。
「小型で広範囲、音も無しに眠らせる爆弾か。便利なものだな、錬金術とは」
「まだまだ使える道具は持ってきている。期待しててくれ」
レアードは少し誇らしげに言ってみせた。彼の服のポケットには、この戦いのために創っておいた錬金術の兵器が所狭しと詰まっている。
二人が街中を疾走し、宙に浮く城の下までたどり着いた時、シュンゾウはレアードに尋ねた。
「さて、あの城にはどうやって行くんだ?」
シュンゾウは巨大な建造物を見上げながら、レアードに訊いた。
レアードは慣れた足取りで、城の真下にある直径二メートルほどの幾何学的なレリーフに向かった。
「これに乗れば空間転移されて、城に行けるはずだ」
そう言いながら足をレリーフに乗せるが、何も起こらなかった。その後、何回か乗り降りしてみるも、結果は同じだった。
「理由はわからないが、どうやら機能しなくなったようだ。普段この装置を使うのは私一人だから、壊れても戦争には影響ないものな。修理する暇などないのか、気付いていないのか」
レアードはポケットから箒のストラップを取り出した。すると、それはすぐに実物大のものに変化にした。
「後ろに乗ってくれ。飛んで行く」
レアードの言葉にシュンゾウはコクンと頷き、レアードが跨ったその後ろのスペースに、同じようにして跨る。
錬金術製の箒は、二人を乗せると空高く舞い上がり、城へと飛んで行った。