第十章 人工生命
第十章 人工生命
黒く髪を染め、茶色のコンタクトレンズに似たものを着けたヘルメスは、レアードと別れ、一人で戦場を望んでいた。
立ち上る黒煙。ぶつかり合う二つの術。創られた生命と改造された生命の戦い。そして殺すこと、殺されることを恐れながらも、戦場に身を置き、殺し合う人々。
(あの中に俺の知り合いもいるのかな……)
ヘルメスは焼けた草木の臭いが漂う中、そんなことを思う。
「さて……ヘルメス。どうやら敵将は戦場に居ないようだ。学校に向かうぞ」
少し遅れて現れたミチヒサは、戦場を見るなりそう言った。
「おう……って、俺はレアードだ。ヘルメスじゃないぞ」
返事をしたが、ヘルメスは慌てて取り消す。
「いや、それはもういい。君達の選んだ道は、そう間違ったものではない。むしろ……」
ミチヒサの話の途中で、バチバチと音を立てた巨大な光が木々を薙ぎ払い、二人の元へ向かってきた。彼らを狙った攻撃ではなく、どうやら流れ弾の様だ。
ヘルメスとミチヒサは強く地面を蹴り、横っ跳びでそれを回避した。
「時間が経てば経つほど、状況は悪化しそうだな……。ヘルメス、行くぞ」
そう言うが早いか、ミチヒサは顔色一つ変えずに走り去る。一方でヘルメスは、訓練ではほとんど味わっていない生命の危機と、戦場の空気に若干の動揺を見せつつも、ミチヒサの後を追った。
戦争の轟音を傍目に、ヘルメスとミチヒサは森の中を、学校に向けて疾走していた。時折遠くで微かに聞こえる悲鳴が、ヘルメスの心を揺さぶる。
「ヘルメス、どうした?」
先ほどよりもスピードが若干落ちたヘルメスに、ミチヒサが訊いた。
「戦場が気になる……というのもあるんだけど、なんだかおかしくないか? 人目に付かず、本拠地に接近できるこの森が、全く見張られていないというのは」
二人が今いる森は、錬金術師たちの本拠地である学校のすぐ隣まで続いている。ヘルメスは自分達の様に、魔術師たちが少数精鋭部隊でこの森を使って攻めてきていたら、錬金術師たちはどうするのだろうと考えていた。
「まだまだ精進が足りんな。これくらいの気配を察知できないようでは……」
ミチヒサはそう言うと、大太刀で周囲の木を薙ぎ払った。
鋭利な切り口を残し、力無く吹き飛んだ木々の立っていたところに、複数の無色と白の無機質的な異形の生物の姿があった。
「……ホムンクルス……!」
今までに、ソレらを見たことが無い訳ではない。今まで、シュンゾウが送ってきた映像でも目にし、同じく彼が、訓練の際に拉致してきたホムンクルスとも対峙している。しかし、実際に向き合う複数のソレらは、ヘルメスに底知れぬ威圧を掛けた。……人工生命「ホムンクルス」……。人に近しい、人に創られた存在。その異質な存在に、彼は若干の恐怖すら覚えた。
「生まれながらにして、知識を持つというのは本当のことだったか。身を隠し、待ち伏せができるのだからな」
ミチヒサがヘルメスの隣で呟く。再び周囲に気を向けると、わらわらとホムンクルス達が集まって来ていた。最終的には、三十体近いホムンクルスに周りを囲まれた形となった。
「我が片付けよう。君は敵将まで力を温存するんだ」
ミチヒサは、一歩前に踏み出し、ヘルメスを庇うような体勢をとった。それに対して、ヘルメスは背中を合わせる。
「半々にしようぜ? 俺も準備運動したいしさ」
ヘルメスは、金属製の杖を構え、力を込めた。すると、杖の頭に紅蓮の炎が渦を巻き、炎の竜巻が形成された。
仕方ないな、とミチヒサが頷くと、ヘルメスは杖を己の前方に振りかざした。
「焼き尽くせぇーーー!」
気合いと共に放射状に放たれた炎の渦は、巻き込んだモノの中で、ホムンクルスのみを燃やしていた。
自在に手足を体のエネルギーで動かすように、イメージ通りに魔力を使い、魔術を発動させる。右腕を曲げたいと思えば、その通りに曲がるように、ホムンクルスだけを焼きたいと思い、その通りにする。
創られた生命たちは、焼ける臭いを発することも、断末魔の叫びを上げることもなく、ガラスの様に溶け、崩れていった。ソレらが焼けた跡には、初めから何もなかったかの様に、何も残らなかった。
「禁忌の術……か。確かに、倫理的に正しいとは言えないよな……。無から作り出された命は、果てる時に無へと帰るんだから……」
ヘルメスは、彼らを囲んでいた半数のホムンクルスを片付けると、横目でミチヒサの様子をうかがった。
(まだ……終わっていない?)
ミチヒサの前には、未だにホムンクルス達が居る。しかしソレらは、動く気配がなく、静止している。
「さて、先を急ごうか」
ミチヒサが大太刀の構えを解くと、残っていたホムンクルス達が、急速に風化した。
「これは一体……」
ヘルメスは驚き、ホムンクルス達を観察した。するとソレらの、人間で言う腹部に、同じ高さで線が刻まれているのが見えた。
「我が斬った。どうやら形を崩さぬように殺すと、無に帰すまで時間がかかるらしいな」
斬った本人が、興味なしといった感じで考察を述べた。冷めた眼差し、動揺の無い口調。
(相手がホムンクルスだから? それとも……命を、奪い慣れているのか?)
ヘルメスの中で、先ほどまではなかった一つの疑問が渦を巻く。
(俺は、本当に彼らを信用して良いのだろうか? 彼らの語ったことは、真実がほとんどだった。でも、だからこそ偽ることも、半端な情報で俺とレアードをコントロールすることも容易なはず……)
いつの間にか神妙な顔つきで考え込んでいたヘルメスに、ミチヒサが声をかける。
「どうした?」
一瞬の間の後、ヘルメスは答えた。
「いや、なんでもない……」
(俺は……何を信じれば良い……?)
二人は武器を手に、錬金術学校へと急いだ。