出逢いは茜色の下で
出逢いのお話を書いてみたくなったのです。
パチパチと火の音がする暖炉を見ながらあなたが出してくれたミルクを飲む。
可愛い猫模様のお皿は私のお気に入りになった。
「イヴ、ご機嫌だね?」
蕩けるような優しい目であなたが私を見てくれるから。
私とだけゆるやかな時間を過ごしてくれるから。誰だって機嫌も良くなると思うの。
「……黙ってないでこっちを見てよ、イヴ」
サラッとそんな事を言わないで。恥かしくなっちゃう。
私だけを見つめるその目がとても甘くて優しくて――――
「恥かしいから嫌にゃ」
思わず語尾に“にゃ”をつけてしまうくらいドキドキしてるって事、分かってほしい。
だってだって一緒にいるようになってまだ半月ほど。大好きなあなたと居られるだけで嬉しいの、幸せなの。一緒にいる時間ばかりで心が落ち着かない。
そんな私の気持ちはおかまいなしにあなたはいつも私に触れる。
「恥ずかしがり屋さんだねぇ、イヴは。そんなに僕の方を見れない?」
「好きすぎてずっと見れない……よ」
楽しそうに甘く私を撫でる手は、いつのまにか私を夢の世界へと誘った。
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「~~♪ ~~♪」
天気がいいとお散歩が楽しい!! 尻尾をゆらゆらとさせながら、お気に入りのコースを進む。
(今日は新しいトコへ行ってみよう)
ふと思い立ち、いつもより早く角を曲がる。
それだけで大冒険した気持ちになるから不思議だ。たった一つ曲がる場所を変えただけなのに。
「公園がある!」
お昼寝できる丁度いい場所はあるかな? 私の外敵はいないといいな、縄張り争いとかもめんどうくさいし。
公園内を一周してみたけれど、どうやらここを根城にしている動物はいないらしい。木の上には餌の取り合いになりそうなのがちらほら見えるけど、私はここを餌場にするつもりはないから大丈夫。
「眠たくなってきちゃった」
ちょっとした冒険とぽかぽかな陽気に私はついつい寝転がった。
少しだけのつもりだったのに、思いっきり眠っていたらしい。日が暮れ始めていて、空が綺麗な茜色になっている事に気付く。
(お母さんに怒られる――!!)
慌てて帰ろうとした私の視界に何かがふっと入ってきた。
何かを待ってるかのようにたまに視線を動かす男の人。なんとなく目があった気がした。
(か……かっこいい……)
人間の男なんて興味ないはずなんだけど。
どうしてだろう? 格好良いと思ってしまった、心がドキドキしてしまった。
それから何度かその公園に行ってみた。毎日はさすがに恥ずかしいから、気まぐれを装ってお散歩のふりをして。
その人はいつも夕方――逢魔が時にだけその公園に現れた。たまに視線を動かして何かを探す。
「にゃーん」
その男の人の視界に入りたくて、たまに近寄って鳴いてみたりした。興味がないのか聞こえてないのかこっちを見る事はなかった。
ただ、私が帰ろうとすると視線を感じる事が何度かあって。
(私を見てくれた……)
なんて思っても振り返ったりはしなかった。勘違いだったら嫌だもの、もし目があったら恥ずかしいんだもの。
きっと今の私は顔を真っ赤にしてるに違いない。だってだって顔も心もドキドキして熱く感じる。
うにゃーーーーーーー!! とゴロゴロしたい気持ちを抑えて家に帰った。
「最近のイヴは可愛くなったわね」
「いきなり何? お母さん」
おでかけ前に身だしなみを整えるようになった私にお母さんが声をかける。
「好きな相手でもできたのかしら?」
「……そ、そんな事……」
「あるんでしょう? だぁれ?」
「教えないっ!!」
恥ずかしくなって鏡の後ろに隠れた私をお母さんは嬉しそうに見る。
そんなに分かりやすかったかな? 好きな人がいるって気付くもんなのかな?
「あら、お母さんだもの。分かるわよ」
「にゃーーーーーーー!?」
思わず叫んだ私は悪くない……はず。そしていつものように公園へ向かった。
綺麗な夕焼け、茜色。影が伸びてあの人と重なる。近くに行くのは恥ずかしいから、影だけ、でも。
(え?)
あの人が笑った?
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「イヴ? イーヴ?」
優しくて甘いあなたの声。もっと呼んで、私だけの名を呼んで?
「……にゃー?」
「疲れてたの?少しだけ眠ってたよ」
うん、夢を見てたの。私とあなたが出逢ったあの日の事を。
あぁ……お母さんは元気にしてるかなぁ?
「イヴのお母さんは元気にしてるよ。たまにイヴを探しているようだけどね」
「そうにゃの? お母さんに“心配しないで、元気だよ”ってお手紙かかにゃいと……」
「なら便箋を用意しておかないとね」
「うん、何色がいいかにゃー」
あなたの温もりの中でまどろみながら無意識に言葉を紡ぐ。
「僕たちの出逢いの色がいいね」
「なら“茜色”がいいにゃぁ」
「そうだね、一緒に買いに行こうか。もうすぐ街にいく用事があるんだ」
「一緒!? お留守番しなくていいの?」
「もちろん一緒だよ。いつもの仕事ではないからね」
そんな嬉しい言葉にしっかりと目が覚める。
「やったー!! おでかけ出来るの嬉しい♪」
「まどろんでるイヴも可愛いけど、僕をしっかり見てくれるイヴが一番可愛いね」
さらりと言われる言葉にびっくりしてあなたに擦り寄って顔を隠した。今、見ないで。真っ赤だから、思いっきり真っ赤になってるから!!
「ほんと可愛い」
うぅ……尻尾が、私の尻尾が喜びを隠しきれてないぃぃぃぃぃぃ。
「イーヴ?」
いつも以上に甘い声が私の心を蕩かしていく。私を呼ぶその声が好き。ずっとずっと呼んでほしい。
「僕のイヴはいつになったらこっちを見てくれるのかな?」
「恥ずかしいにゃぁ……」
「くっついてはくれるようになったのにねぇ」
「顔を見るとどうしていいのか分からにゃくなるーーーー」
「思いっきり甘えていいのに」
「これでも甘えてるんにゃーー……」
茜色の空の下で出会った一人と一匹は、誰も入り込めない甘い時間を過ごしていた。
あの人の名前が今回は出てきませんでした。実はまだ考えてなかったとか言えない。
「甘ーい」と少しでも思ってもらえたら嬉しいです。