『ふつう』と『とくべつ』
関西にある大学を出て、意気揚々と就職の為に上京。
なんやかんやで挫折し、出戻り、実家暮らしでアルバイト生活をしているぼくには、JKの彼女がいます。
身長は小さめ、顔つきは幼く、体つきは…こう…ぽっちゃりというか…むっちりというか…
まぁ、笑顔の似合う明るい子だ。
メガネのせいか、ぱっと見は地味で大人しく見えてしまうのだが、話してみるとだいぶ印象が変わる。
自称陰キャラの彼女は若干腐ってはいるものの、どこにでもいるタイプではある。
出会い方にやや問題はあったのかもしれないけど、数回かのデートを重ね、どちらが告白したとも言えない感じで付き合いはじめた。
彼女とは、よく駅前のドーナツショップで待ち合わせをする。
「ねぇねぇ、ナオキー…」
年下の彼女はぼくを呼び捨てにする。
「ミサ、どうしたん?」
呼び捨てにするように言ったのはぼくだけど、制服の彼女からだと何だか変な気持ちだ。
「付き合う前にな、痴漢の話したん覚えてる?」
彼女から聞いた話はほとんど覚えている。と思う。
家の近くで痴漢にあったんだっけ…
一応直ぐに相槌を打つと、彼女はストローで山ぶどうスカッシュをかき混ぜながら話し出した。
「あたしな、痴漢にあったら、まず反撃したろ!って思ってたん。素手で殴るとかは多分無理やから、鞄とかでさ。
んで、背後から羽交い締めなら、両腕を上げて、股間を蹴り上げる!とか。」
彼女がジェスチャーをしてみせるそれは、よくテレビでも紹介される、対処法ではある。
「でもさ、出来んかった。」
そう俯く彼女に、ぼくはどんな声をかけていいかわからなかった。
彼女は続けて話す。
「咄嗟の時って、身体が動かんよね。
あたし、小さく嫌って言っただけやった…」
ぼくはその後を知っている。
強く拳を握りながら、反対の手で彼女の頭を撫でた。
辛い経験を吐き出している彼女。
少し震えながら、話す姿が痛々しく思えた。
いつの間にか、空っぽになっていたジュースを後にして、ぼくと彼女は公園へ向かった。
「今日はだいぶ涼しいね。」
長い夏も、もう終わりを迎える。
明るく笑う彼女はひまわりのようだけど、その裏ではどれほどの傷を負っているのだろう。
「でね、さっきの続きなんやけどね…」
ベンチに腰を下ろした途端、彼女が話し出す。
「あたしさ、チャンスやと思ってん。」
「…ん?」
思わぬ言葉に理解が追いつかない。
「これは『とくべつ』になるチャンスやって。
だってさ、痴漢撃退出来たら、ヒーローじゃない!?
痴漢されて、泣き寝入りやったら、可哀想で終わるけど…
って、結局なんも出来んかった『ふつう』の子なんやけど…ね…」
俯く彼女の顔は赤く…ちょっと恥じらうような表情だった。
「無事…ではなかっんやけど、こうして普通に生活出来てる事だけでも俺は良かったと思うけど。」
顔を除き込んだ僕に驚いたようで、背もたれいっぱいに仰け反る彼女。
「それはそうなんやけどねっ。」
びっくりしながらも、話は聞いてくれていたようだ。
「でもさ、一応は手がかりになるもの探したあたし、偉くない?」
僕にびっくりして離れたのに、今度はやたらとにじり寄ってくる彼女。
君がそんなに無防備だから、痴漢が寄ってくるような気もするんだけど…
頭を撫でてあげると、彼女は満足そうに微笑んだ。
――――――――
実は、彼女を襲った痴漢は、既に捕まっている。
事件を簡単にまとめると…
・彼女、バイト帰り一人で夜道を帰る
・痴漢、それを車で見つける
・痴漢、先回りをして停車スタンバイ
・痴漢、彼女が停車位置にまで来ないという衝撃
・痴漢、早足で追いかけて、背後から胸を鷲掴み
・痴漢、小さな抵抗に苛立ち、顔面を3発殴る
・彼女、ブチギレ、怒鳴り散らして追いかけまわす
・痴漢、走って乗車
・彼女、逃走、帰宅
・痴漢、逃走
彼女はこの間、鼻血を撒き散らしながらも、痴漢の車の特徴やナンバー覚えて、急いで家に帰りメモしたらしい。
彼女の事件以後に再び痴漢をしたらしく、逮捕された痴漢は、前科もあり、元々は露出狂だったらしい。
彼女は、露出狂に痴漢されて、殴られたにもかかわらず、追いかけまわして、逃げ帰らせたという事だ。
そんな経験をした人は何人いるのだろうか。
付き合い始めて、2週間と少し。
ぼくには彼女の言う『とくべつ』がわからない。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。