◆家出していたサキさん
◆家出していたサキさん
ねえ、さっきあたしのおっぱい見たでしょ? さっきの人魚姫が胸を寄せながら、俺の目をじーっと見つめて来る。
えーーっと すみません、見えてしまいました。
あはは ウソはつかないんだ。 やっぱり蒼汰さんって、いい人なんだね。
はっ? なんで俺の名前を?
じゃーん それは後ろを見れば分かりますよ~。
人魚姫の言葉に後ろを振り向いて、俺は生まれてから今までで一番驚いた。
だって、そこに立っていたのは、紛うことなき「サキ」さん本人だったから。
サキさん・・ でもいったいどうして?
蒼汰さん、やっと会えました。 実はあの後、父と大喧嘩して家出したんです。
なんですと。 ←蒼汰
それで貯金をはたいて、あのキャンピングカーを買ったんです。
だから、もう3か月以上、上田の家には帰っていません。
でもサキさん、そんなに長い間いったいどうしてたんですか?
異世界のキャンプ場に長くいると「けもの化」してしまうので、道の駅とか高速のサービスエリアとかで車中泊をしたり、友達の家に泊めさせてもらったりしてました。
この娘の家にもずいぶん泊めさせてもらったんですよ。
はい、はーい。 サキちんの大親友の友美ちゃんでーっす。
友美には、あのクルマでキャンプにもずいぶん付き合ってもらってたんです。
そうそう。 サキちんには毎回、蒼汰さんのことをいっぱい、いっぱい聞かされてもう耳にタコができちゃいましたよ。
そう言いながら友美さんは、やけに馴れ馴れしく俺の頬をツンツンして来る。 それを見ていたサキさんの目つきが一瞬怖くなる。
それで3か月以上家に帰ってなくて、サキさんのお母さんは心配されてませんか?
母には、毎日携帯で連絡してますし、こっそり会ったりもしてますから大丈夫です。
あたし、父が謝るまでは家には絶対に帰りません!
親父さんも頑固そうだが、やっぱり娘もそうなんだな。
しかし、友美さんみたいに空想上の動物になる人もいるんですね。 俺、プールで見たときすっごく驚きましたよ。
蒼汰さんてば。 あれは、人魚っていうより魚ですよ! さ・か・な! サキさんが、ちょっとイラッとした感じで言って来る。
(もしかして、俺が友美さんのおっぱいを見たことを怒ってるのか?)
でもあれは不可抗力だしなぁ・・ とにかくこの話題はもうやめた方がいいに違いない。
あの、よかったら一緒に食べませんか? 目の前のホタテとハマグリをトングで網の端に寄せながら二人を見る。
すると、二人の顔がニマァっと緩んだ。
い、いいんですか? 友美さんが涎が垂れそうな顔をして、ホタテを見つめながら確認してくるが、もう食べる気満々だ。
それじゃあ、あたしクルマから食材と飲み物を持って来ますね。
そう言い残して、サキさんはキャンピングカーに走って行ったが、途中で足が草に引っかかって見事に転んだ。
***
銚子で買いすぎたと思った魚介は、三人で食べると少し足りないくらいだった。
でも、サキさんたちの用意していた食材を使って、何品か作ったら今度はみんなお腹がいっぱいで動けなくなった。
はーー 食った、食った。 もう動きたくねぇー。
ほんとうだにゃー。
あっ サキさん、耳が。
蒼汰さん、大丈夫にゃ。 キャンピングカーに「南ア〇プス天然水」がいっぱい積んであるにゃ。
俺もクルマに積んであるワン! あれっ?
やだ、あたしも一本飲んでおこうっと。
友美さんが慌ててキャンピングカーに走って行くが、間に合わず途中で足が尾ひれに変わってすっころんだ。
やだーー ねぇ、早く助けてよーー!
水がない所の魚は最悪だな。
それにミニスカートの下から魚の尾ひれが出ているのは、なんだかすごくシュールな感じがする。
仕方がない助けてあげるかワン。 俺はやれやれと思いながら立ち上がった。
俺はワゴン車の荷室から水のペットボトルを一本取って、友美さんに持って行こうとしたが・・
蒼汰さん。 それ、あたしが持っていくにゃ!
サキさんが俺からペットボトルを奪うようにして取って、友美さんのところに持って行った。
ひょっとしてサキさん、嫉妬してる?
***
「けもの化」は一日に一本の水を飲んでいれば進行はしないし、元の姿にも戻れることが分かっている。
でも、つい油断していると今回のようになってしまうのだ。
しかし、友美さんのように、それを楽しんでいる人もいる。
まあ、プールであれだけ泳げれば、楽しくもなるだろう。
キャンプ場の管理人さんたちの姿が、もし「けもの化」の最終形態なら、完全な動物の姿にはらないし、言葉だってしゃべれている。
ただ、あの状態になってしまったら、いくら「南ア〇プス天然水」を飲んでも人の姿には戻れない。
そうして、こちら側の世界の住人として取り込まれてしまうのだろう。
この後すぐに足が元に戻った友美さんを連れてサキさんが戻って来たのだが、俺はこの後、サキさんの口から思ってもみなかったことを告白されるのだった。
第25話「告白」に続く