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愚者とエゴイストの輪舞曲  作者: ハロー
第三章 欠けてゆく月
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天馬の国の眠り姫


 朝の爽やかな風が、細やかな刺繍のレースのカーテンを揺らしながら室内へ流れ込んでいる。ソイニンヴァーラ王国は春でも夏でも比較的冷涼な気候だ。


 ベッドの横のサイドテーブルには、幾つかの手紙や書類がきちんと揃えて重ねられている。小さなノックの音が響いたが、部屋の主であるティニヤ王女はベッドの上で身じろぎをしただけで起きる気配はない。


 少しして手に封筒を持った使用人が、静かに扉を開いて部屋に入ってきた。サイドテーブルの横の車椅子の位置を細かく整え、テーブルに積まれた封筒の上にそっと白い封筒を乗せる。するとまるでそれが合図かのように眠っていたティニヤ王女の瞼が震え、青空の色の瞳が視線で天井の意匠をなぞった。


「…………」


「おはようございます、ティニヤ様」


「ん。今日は何日?」


 使用人に身体を支えられながら半身を起こして、ティニヤ王女は大きく伸びをして尋ねた。

 紛れもなくティーア王女とティーナ王女の実姉なのだが、その姿は童女のように幼い。ティニヤ王女は生まれた時から睡眠時間が異常に長く、そのせいか二人の妹とは成長度合いが異なるのだ。


 ソイニンヴァーラは多胎児の多い国だが、時折その多胎児の中にこうして風変わりな成長を遂げる子がいる。

 『時の女神の愛し子』などと昔から呼ばれているが、現代の科学的な見方をすれば病気だろう。だが今のところ治療法はない。ソイニンヴァーラではよくあることなので、一つの個性として受け入れられており、世間一般的にはそこまで悲観視も問題視もされていない。

 他国の人々には、ソイニンヴァーラ王国の文化の一つと思われている面さえある。


「二十二日です」


「ずいぶん寝てたのね。ティーアとティーナは?」


「ティニヤ様がお眠りになられてすぐ、ウィンフィールドに発たれましたわ。ちょうど今お二方から、急ぎのお手紙が届いたところです」


 眠る前は確かに横にいた妹達が既に異国へ渡っており、異国で書いた手紙がここにもう届いている。こんな一足飛びの時間感覚にも、ティニヤ王女は慣れきっている。瞼を軽く擦りながら大きなあくびを一つして、封筒を見る。

 妹達と外見上は親子ほどの年の差ができてしまったことを、ティニヤ王女が嘆くことは今はもうない。


「開けて」


「畏まりました」


 使用人が慣れた手つきで封筒の重なっている部分へペーパーナイフの刃を差し込み、揺らしながら丁寧に開封していく。そして封筒の中から白い便箋を取り出して、開かないままティニヤ王女に差し出す。ティニヤ王女はそれを受け取り、ぺらりと開いた。


「…………はああ?」


 妹達からの文章にざっと目を通したティニヤ王女は、王女に相応しくないほど思い切り顔を歪めた。


「面白そうな話ではあるけど、うーん……」


 便箋に視線を落としたまま深く考え込んでから、ティニヤ王女はふと使用人を見た。


「あの子たちって、普段からわたしにベタベタベタベタ構って、大事にもしてくれてるけど。時々思うのよね、わたしはあの子たちに、いいように使われてるんじゃないかって」


 ティニヤ王女の率直な疑念に、ほんの少しだけ使用人は苦笑した。


「そんなことはないと思いますが」


「そうかしら。まあいいわ、返事を書くから便箋をちょうだい」


 疑わしげな顔つきのまま少し疲れた様子で、ティニヤ王女はぼふんとベッドに身を横たえた。使用人はサイドテーブルの上の手紙の束を見下ろし、小首を傾げた。


「ピロタージュ教会からも、急ぎの書状が幾つか届いておりますが」


 ティニヤ王女は聖ピロタージュ教会の枢機卿でもある。時の女神の愛し子は、成長が遅いにせよ早いにせよ早世する者が多い。そのため、王族に生まれた女神の愛し子とその家族が心の安定を得る意味でも、教会の役職に就くことが慣例になっている。


「そんなの後でいいわよ」


「それと、いつもの方からいつもの手紙も届いております」


 一際厚く高級な封筒の差出人は、他の誰であろうベルンシュタイン帝国の少年皇帝だった。


「かまどの火にくべといて」


 ティニヤ王女はつまらなそうに言い捨てて、もぞもぞと身を縮めて目を閉じた。この分だとまた寝入ってしまいそうだと思った使用人は焦り、便箋を取りに二間続きの書斎へと早足で移動した。


「お待ち下さいませ、今すぐ便箋を持ってまいります」


 書斎の机の引き出しを開け、数枚の便箋と封筒、それにインク壺に浸った羽根ペンを手に取る。使用人は大急ぎでベッドまで戻ってきたが、既にティニヤ王女は蕩けるような笑みを浮かべ、夢の中で六本足の天馬と無邪気に戯れていた。




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