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愚者とエゴイストの輪舞曲  作者: ハロー
第三章 欠けてゆく月
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国を捨てる


「ウィンフィールドでは、あれがイタズラで済まされるの?」


 ロアが強気に返してもユリシーズは小馬鹿にしたように鼻で笑い、それから席を立ってひょいと窓枠に腰掛けた。ロアは彼が窓にもたれたら鍵を開けて、昨日と同じことをお返ししてやろうと企む。ユリシーズがコンラッドを見た。その隙に、気づかれないようまず一歩ロアは窓際に近づく。


「コンラッド。我が国における悪戯の定義について話し合うために、僕を呼んだのかい? そうじゃないなら、話を始めてくれないか」


 コンラッドはちらりとクローディアをロアを見て、それから浅く頷いた。


「……はい。まず最終日の天馬レースについてですが、父上が私達の観覧席に同伴者を連れて来るようにと仰っていました」


「ふうん」


 興味の湧かない顔でユリシーズは返事をした。この場合、同伴者というのはすなわち婚約者と同義だろう。最終日までに気に入った娘を見つけておけという意味だ。


「同伴者はお決まりですか?」


 ユリシーズはグレンダを見るような半眼でコンラッドを見た。


「まだ二日目だよ。顔と名前を一致させるだけで精一杯さ」


「そうですか。……私はもう、決まりました」


 コンラッドは意を決してユリシーズの目を見た。ユリシーズの目から温かみが薄れて、普段は底に沈んでいる容赦のなさが表層に顔を出す。コンラッドはいつもは温厚な兄のこの目が苦手だった。それはきっと昔、この目をした兄に鋏で髭を半分切られて脅されたマーヴィンも同じだろう。ユリシーズは一度クローディアを見て、それからまたコンラッドに視線を戻した。


「おめでとうと言うには気が早いだろうね。当日観覧席で父上が倒れてしまわないよう、相手が誰なのかを今僕が聞いておこうか。同伴するのは、クローディア・ギビンズ?」


「そうです」


 ユリシーズは呆れたようにクローディアを見た。


「クローディア。きみも同意を?」


「……いいえ」


 短く答えて、クローディアは石のように黙った。ユリシーズは冷笑した。


「なるほど。ベルンシュタイン皇帝が第二王子を骨抜きにするために刺客を遣わしたのかと思ったけれど、違ったようだ。お前が一人で暴走している訳だね」


「僕は、彼女以外は考えられません」


 コンラッドは正直に答え、ユリシーズはふっと短く息を吐いた。


「そうか。これはごく素朴な疑問なんだけど……父上の首を刎ねようとして逆に首を刎ねられた男の娘を娶るために、どうやって父上を説得するつもりなんだい?」


 コンラッドはクローディアを見た。彼女に動揺は見られなかったが、コンラッドは兄の言葉を挑発と受け取りそれに乗らないようぐっと息を飲んだ。


「……まず、彼女自身には罪はありません。そして叔父上も──ギビンズ侯爵も、決して父上の死を願った訳ではない。新しい国家のあり方を目指した結果、あのような不幸を招いただけです」


「詭弁だね」


 コンラッドは据わった目を兄に向ける。


「いいえ、真実です。彼らが目指したのはあくまでも無血開城でした。一部の急進派はともかく、ギビンズ侯爵含め貴族の同調者は無血開城が叶わないなら計画には協力できないと明言していた。残っている数少ない書簡からも、それは読み取れるはずです」


 苦しげに昨夜と同じように反論するコンラッドを、ロアは心の中で応援する。コンラッドが自分の父と兄を庇おうとしていることはクローディアにも分かったが、だからといって話し合いでユリシーズがコンラッドの味方に回るとは思えなかった。茶番だわ、とクローディアは心の中で呟いた。


「『彼ら』、ねえ。お前はちょっと迂闊だよ、コンラッド。誰かが今の言葉を聞いたら、お前も『彼ら』の仲間だと思うかもしれないぞ」


 ユリシーズはため息をつきながら立てた膝の上に腕を乗せた。コンラッドが『彼ら』の書簡を調べさせた時に、誰かに嗅ぎ付けられていないだろうかと心配になる。


「ギビンズ侯爵は血の繋がったお前の叔父なんだぞ。関わり方にはもう少し慎重になるべきだ」


 だがコンラッドは、兄の言うことが慎重過ぎると感じた。


「ここには『誰か』はいない。兄上が僕を叔父上達の仲間だと思わないなら、それでいいでしょう」


「果たしてどうかな? 第一王子派と第二王子派の溝は深い。天井裏に鼠以外の生き物がいる可能性だってある」


 本人達を蚊帳の外にしてそれぞれ蠢いている貴族達を引き合いに出して、ユリシーズは笑ってクローディアを見た。彫像のように狂いのない美しさがそこにある。だがそれはベルンシュタイン皇帝の評価した美であり、何より弟の運命を狂わせようとしている美だと思うとユリシーズにとっては忌まわしかった。


「コンラッド。残念だけど、クローディアはこの国の王妃にはなれない。万一なれたとしても、彼女を苦しめるだけだ。お前だって分かってるだろう」


「──私の願いを叶え、二王子の派閥争いを一挙に解決して、クローディアを王妃にもしなくて済む道が一つだけあります」


 コンラッドは夜の湖のような静かな目で言った。これが今日の本題だなと察して、ユリシーズも大袈裟に身を乗り出して興味を示す。


「面白そうだな。聞かせてくれ」


 静と動、冷たさと熱さ、受ける印象が対照的な外見の兄と弟の視線がかち合う。コンラッドは小さく息を吸い、それから口を開いた。


「私が、ベルンシュタインへ渡ります」



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