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愚者とエゴイストの輪舞曲  作者: ハロー
第三章 欠けてゆく月
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対峙



 その日の夜会がどうにか終わり、総丈のドレスから着替えるとロアはコンラッドの自室に向かった。


「どうぞ」


 だが扉をノックをして返ってきた返事は、ユリシーズの声だった。


「うえっ」


 ロアは思わず呻いた。


「……何か?」


「あー。えっと、すみません、間違えました!」


 姑息にも咄嗟に鼻を摘まんで、声で自分だと気づかれないようにと小細工をする。ロアはノックした扉を開けることなく走って、ユリシーズの部屋の前から去った。その隣の隣がコンラッドの部屋だった。


「危なかった……」


 小声で独りごちて正しい扉をノックをする。


「ロアです」


「入れ」


 許可の声は間違いなくコンラッドだった。ほっとしてロアが扉を開けると、コンラッドが机の上に本を置いた。クローディアは丸テーブルの前に座って静かに咲茶を飲んでいた。


「お邪魔じゃなかった?」


 ロアとしては気遣いのつもりだが、コンラッドにはからかいに聞こえたのか顔をしかめた。


「ふざけるな。……それよりも、何だその格好は」


 その言葉でクローディアがそっと顔を上げてちらりとロアを見て、思わず固まった。それもそのはず、ロアは乗馬服でコンラッドの部屋を訪ねたのだった。持っている乗馬服の中では一番格式高いものなので、ロアは何が悪いのか分からずきょとんとする。


「何って、乗馬服だけど」


 コンラッドは苛立ちを露わにした。


「それは見れば分かる。何故そんなものを着てここに来たのかと聞いている」


「この格好で来れば、話が終わった後はまっすぐ練習に行けるでしょ」


「練習? 天馬レースのか?」


「うん。結局昨日も今朝も練習できなかったから、今夜こそは練習しないと」


 ロアは気合いの入った様子で腕組みをした。だが自分の人生の掛かった話し合いに乗馬の練習前の足馴らしで来ていると思ったのか、コンラッドはひどく不愉快そうに眉根を寄せた。一方のクローディアは心ここにあらずのようで、特に腹を立てることもなくただロアらしいと思うだけだった。


「着替えて来い」


「えっ、どうして?」


「乗馬のついでにここへ来たので無ければ、そうしろ」


「えー。服が話すわけじゃないのに」


 ロアの妙な表現に、コンラッドはますます険しい顔つきになる。昨日ユリシーズに窓から落とされそうになったことを思い出し、ロアは唇を引き結ぶ。


「それに、またユリシーズに何かされそうになったら、動きやすい方がいいし」


 コンラッドは一瞬黙り、不快感を露わにした。


「何だそれは。まるで兄上がお前に──」


 その時、ノックの音が響いた。部屋の隅にいた床と平行な眉の侍女が顔を上げる。ロアは侍女が同席しているのを見て、よほどこの侍女はコンラッドの信頼が厚いのだなと思った。少しの間、沈黙が流れた。


「おや、何か合い言葉でも必要だったかな?」


 扉の向こうでユリシーズがおどける。


「……いえ。お入り下さい、兄上」


 コンラッドの言葉で侍女が扉を開ける。ユリシーズが部屋の中へ入ると侍女は丸テーブルの椅子を引く。ユリシーズが椅子に座ると、丁寧に咲茶を注いで椅子に座ったユリシーズの前に置いた。ロアの分も空いている席に置くと、侍女は扉の方へ歩いて行き一礼して退室した。予めユリシーズが来たら退室するよう、コンラッドから申しつけられていたのだろう。


「やあクローディア、随分と久しぶりだね」


 陽気に話しながらも、ユリシーズは先に部屋にいた三人を素早く観察しているようだった。ロアはユリシーズの視線を辿り、彼が何を見ているのか追体験しようとする。正面の椅子に座っているクローディアの美貌は陰に冴え渡り、こんな状況でもその表情には不思議と緊張はないようだ。冷静でいるというよりは、ほとんど自暴自棄なのかもしれない。クローディアはもう、自分の人生の舵取りを自分でする気はないように見えた。


 ユリシーズの視線がロアへ向かう。ロア自身は緊張というよりはユリシーズを警戒している。そして次に視線が移動した先のコンラッドはというと、慎重にユリシーズの出方を窺っている様子だった。三人の観察を視線をほんの一周させるだけで終えたらしく、ユリシーズは満足そうに椅子に軽く背をもたせかけた。


「また会えて嬉しいよ。ベルンシュタインの冷涼な風で磨かれて、ますます綺麗になったようだね」


「風の当たるような場所にはおりませんわ」


 クローディアはそれだけ答えると、目を伏せて口を閉じた。まるで他人事のようだった。ユリシーズはロアに視線を向ける。


「そこの騎手さんも、素敵な格好だね。さっきのドレスよりずっとよく似合ってるよ」


「こっちが本業だから」


 ユリシーズの言葉が嫌味なのか冗談なのか分からず、ロアは曖昧に流した。


「それにしても、ウィンフィールド王城の最後の砦にたった二日で招き入れてもらえるなんて、きみはずいぶんコンラッドと親しくなったみたいだね」


 遠回しな言い方でコンラッドの部屋に入れてもらえる客は多くないことを主張し、ユリシーズは笑顔で両手を広げた。気さくで庶民的な、親しみやすい笑顔だ。だがもうロアには、このユリシーズの顔が彼の真実の顔とは思えない。どうやら彼の顔は一つではなさそうだ。


「……コンラッドは、あなたよりは優しいから」


 口を尖らせたロアの言葉と兄を責めるような口調に違和感を覚えたのか、コンラッドはロアを見た。ユリシーズは動じず二人を交互に見比べて、それからカップを手に取り開いた花の色と香りを味わった。


「それでコンラッド、話っていうのは何だい? クローディアがベルンシュタインの土産話でも聞かせてくれるのかな、それともベルンシュタイン一の騎手が天馬に乗る練習を手伝ってくれって話かな」


「あなたに手伝ってもらうわけないでしょ! 空から突き落とされるに決まってるよ」


「まさか。そんなことはしないよ」


 怒りを露わにしたロアの物騒な言葉に、コンラッドは戸惑ったようにユリシーズを見た。


「兄上。ジャンメールと何かあったのですか?」


 ユリシーズは両手を軽く上げた。


「ちょっと悪戯しただけだよ。ベルンシュタイン人は真面目だから、お気に召さなかったようだね」



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