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愚者とエゴイストの輪舞曲  作者: ハロー
第二章 青すぎる空
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査問



 四人の侍女は三たび顔を見合わせた。いよいよ怪しいと、マヌエラが眉根を寄せる。


「失礼だけど、どういう事情なのかしら?」


「ベルンシュタインでは、貴族がよその国の使用人を呼び出して話を聞くというのは、滅多にないことなのだけど」


「ええ、ウィンフィールドでもそうそうないことでしょうね」


 床と平行な眉をした王城の侍女は、顔色一つ変えずに頷いてまた順に四人の顔を見つめた。


「主がお待ちです。どなたか来ては頂けませんか?」


「……」


 四人は視線を交わして黙り込んだ。こんなおかしな呼び出しがあるだろうか。

 だがウィンフィールド王族の呼び出しを無下にもできず、しばらく間を置いてこの中では一番肝の据わっているマヌエラが進み出た。


「分かったわ。私が行く」


「マヌエラ、大丈夫なの?」


「ロア様がお戻りになってからにした方が……」


 ジャンメール家の侍女達がマヌエラに声を掛ける中、王城の侍女は深々と頭を下げた。


「急な申し出に対応して頂き、誠にありがとうございます。では参りましょう、マヌエラ様」


 侍女達のまだ話が終わらないうちに、王城の侍女は扉を少し開けた。その性急な態度に侍女達はますます不安になる。


「平気よ、何も取って食われはしないでしょう。それにウィンフィールドの王族に会える機会なんて、この先二度とないわ」


 マヌエラは小声で言って侍女達を安心させるように微笑み、王城の侍女の後について廊下へ出た。


「これをどうぞ」


 王城の侍女は抱えていたタオルをマヌエラに差し出した。


「あら。掃除でもするの?」


 王城の侍女は答えなかった。マヌエラは訳も分からずそれを受け取り、後について廊下を進んでいく。階段を上がり二階へ、そして更に三階、四階へとどんどん進む。


 緊張もあってマヌエラは少し息が切れてきたが、王城の侍女の速度は変わらない。やがて王城の侍女は立派な樫の扉の前で足を止めると、木桶を抱え直してノックをした。ちゃぷんと水音が響く。


「失礼いたします。掃除道具を持って参りました」


 やっぱり掃除なの、とマヌエラは聞きたかったが耐えて言葉を飲み込む。


「入れ」


 硬質な声がした。王城の侍女が扉を開けると、広さの割に調度品の少ない部屋に灰色の髪の痩せた男がいた。男は黒光りする高級そうな机の後ろの椅子に座ったまま、じろりとマヌエラを見る。

 窓が閉め切られて久しいようで、部屋の空気が澱んでいる気がした。


「お前がジャンメール家の使用人か」


「は、はい」


 王族に不似合いなほど暗い目つきと冷たい物言いに、マヌエラは圧倒されて声が上擦った。男はひどく疲れているように見えた。


 王城の侍女は木桶を床へ置き、マヌエラへ手を差し伸べてきた。マヌエラは預かっていたタオルを侍女に返す。ようやくマヌエラは、掃除用具が異国の侍女である彼女をなるべく人目に付かないようにするための小道具だったと気づいた。


「あの……」


「事態が飲み込めないだろうが、飲み込めないままで構わん」


 マヌエラの戸惑いなど切って捨てるような言葉だった。ウィンフィールドの王族ともなると、異国の使用人など人間のうちに入らないのだろうとマヌエラは思った。


「正直に答えろ。クローディア・ギビンズというベルンシュタイン後宮の宮女が、お前達に同行しているな?」


 その質問で、マヌエラはやっと目の前の相手がウィンフィールド王国の第二王子、コンラッド王子であると悟った。ロアに質問をしたのはこのコンラッドだ。

 溺れかけた者がたどり着くべき岸を見つけた時のような気分だった。ごくりとマヌエラの喉が鳴った。


「……ご指示通り、正直にお答えいたします。ベルンシュタイン後宮からは使用人が四名いらしておりますが、そのようなお名前の方は存じ上げません」


 コンラッドは黙ってマヌエラの眼鏡の奥の瞳を探る。


「では質問を変えよう。後宮からの使用人の中に、輝く銀の髪の、淡い蒼色の瞳の娘がいるはずだ」


 庭でクローディアの声を聞き後ろ姿を見たコンラッドは、あの娘がクローディアであることを確信していた。だが何故クローディアがここにいるのかは皆目見当も付かなかった。


 ベルンシュタインの後宮に上がったというのが事実だとすれば、彼女がベルンシュタイン皇帝陛下の許可なしにここにいるはずがない。そしてもし彼女の目的がコンラッドに会うことならば、もっとまともな再会ができたはずだった。

 となると、彼女は何か別の目的でウィンフィールドに渡って来たに違いない。クローディアは、そしてベルンシュタイン皇帝は何を考えているのか。コンラッドはそれを確かめるためにジャンメール家の侍女を呼んだのだった。


「背丈は、そうだな、おまえの脛から下を切り落としたくらいだ。どうだ、これなら心当たりがあるだろう」


「……」


 王子の言う女性はヨゼフィーネで間違いないだろう。事情は分からないが、ヨゼフィーネはクローディア・ギビンズと同一人物らしい。


 正直に答えるべきなのか知らない振りをすべきなのか、マヌエラには判断しがたかった。だがここで嘘をついてもすぐにばれるだろうし、そうなればロアの立場も悪くなるかもしれない。


「どうした、答えろ」


「……似た方は、いらっしゃいます」


「名は」


 間髪入れぬ質問に、マヌエラはヨゼフィーネのことを隠し通すことを完全に諦めた。


「ヨゼフィーネ。ヨゼフィーネ・ヘルダーという名で、私達は彼女を知っております」


 コンラッドの脳裏にロアの声で確かにその名が再生される。ヨゼフィーネがクローディアで間違いないだろう。


「よし。ヨゼフィーネの部屋は分かるか」


「使用人の棟の北側の、一階の突き当たりです」


「そうか。大義だったな、帰っていいぞ。このことは他言無用だ、お前の主家の名誉にも関わると思え」


「……はい。失礼いたします」


 ロアどころかジャンメール男爵家の名誉まで引き出されて、マヌエラは唇を固く引き結んだ。


 ヨゼフィーネの他の使用人への態度から、彼女が皇帝陛下の愛人の一人であろうことはマヌエラ達ジャンメール家の侍女達も予想していた。

 だが、他国の王子がこれほど必死になるほどの人物とは思ってもみなかった。たまたま王子がヨゼフィーネを見掛けて美貌を見初めたにしては、切迫感があり過ぎる。


 ロアの身を案じる気持ちと、ヨゼフィーネを売り渡したような嫌な気持ちがマヌエラに残った。



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