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愚者とエゴイストの輪舞曲  作者: ハロー
第二章 青すぎる空
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待ち人



 ジャンメール家の侍女マヌエラは、使用人の部屋で別の侍女達と数々のドレスを引っ張り出して明日のドレス選びに精を出していた。


「今日のお客様のドレスを見た感じでは、聞いていたのと違ってウィンフィールドの流行はあまりボリュームのないドレスのようよ」


「流行り廃りの移り変わりが早いのね、さすがに花の都だわ」


「それじゃ、この濃紺のイブニングドレスも出番が回ってきそうね」


 丸顔の中年の侍女が張り切った声で言う。


「丈の長いイブニングドレスなんて、歩きにくいってロア様は嫌がるわよ?」


「着てもらわなくちゃドレスの数が足りなくなるわ。ボリュームのないドレスは体の線が出てロア様が恥ずかしがるから、あまり数を持ってきてないもの」


 マヌエラは困ったように言って鏡の前でドレスの裾を揺らした。


「明日の朝の乗馬練習はどうなったの? 乗馬服は三着しか持ってきてないわよ」


「毎日練習して汚すようなら、いくらウィンフィールドの天気が良くても洗濯が間に合わないかも」


 年の若い、そばかすのある侍女が窓の外の星空を見上げる。


「天馬に乗るんだから、普通の馬ほどは汚さないんじゃないかしら?」


「そう願いたいけど、ロア様だからねえ」


「それに、落ちれば地面なのは普通の馬も天馬も一緒でしょ」


 そばかすのある侍女が笑いながら言い、皆も笑った。


「しかしまあ、あのロア様が花のウィンフィールドの舞踏会に参加するなんてね!」


 昔を懐かしむ目つきで、丸顔の侍女がドレスの袖へ手を入れてふわふわと膨らませて形を整える。脳裏にはまだ馬に乗っていたいと馬場にひっくり返って駄々をこねる、貴族令嬢らしからぬ幼いロアの姿が浮かんでいた。


「ドレスより乗馬服、ハイヒールより乗馬ブーツ、アクセサリーの代わりに泥と草のロア様がねえ」


「いい経験になるんじゃない。これで社交界の楽しさに目覚めてくれたら嬉しいんだけど」


 柔らかい布で靴を磨きながら、くすくすとそばかすのある侍女が笑った。期待を込めた言葉を、マヌエラは鼻で笑う。


「あなた、よそのお城の舞踏会にロア様のお付きとして行きたいだけじゃないの?」


「あら、悪い? うちでは舞踏会なんてやらないから、寂しいじゃない。せっかく貴族のお屋敷で働いてるのにって、妹からは同情されてるわ」


 そばかすの侍女は靴の艶の具合を見るため、蝋燭の光にかざしながら開き直って答える。


「ロア様はもちろん、トラウゴット様もあまり社交的ではないものねえ」


 年の若い侍女が呟く。それまで黙って旅の途中でほつれたドレスの裾を繕っていた一番年嵩の侍女が、そっと口を開いた。


「フローラ様がお元気だった頃は、そうでもなかったわ」


 フローラというのはロアの母の名だ。


「よくお二人で、あちこちの社交場に立ち寄っていたとは聞いていますわ」


 マヌエラが答えると、年嵩の侍女は頷いた。


「ええ、そうよ。辺境のうちにもお客様がいらしてたし……時々は、ソイニンヴァーラからだってお客様がいらしてたわ」


「へえ、知りませんでした」


 初耳らしく、そばかすの侍女は目を丸くした。


「トラウゴット様もフローラ様も気さくなお人柄だから、貴族以外のお客も呼んだりしてね。それは賑やかだったのよ。フローラ様が亡くなって、パーティー用の食器はみいんな売ってしまったわ」


 遠い昔を懐かしみながらも、年嵩の侍女は休むことなく針を持つ手を動かしていく。


「ロア様ももうすぐ十九歳でしょう。十九歳は、フローラ様がトラウゴット様と結婚された時の年齢なのよ」


「あら、そうなんですか。ロア様は結婚どころか、恋の気配もなさそうだけど」


 そばかすの侍女がからりと笑った。


「仕方ないわよ、ロア様は馬のことばかりだもの。もう少しまめに社交場に出れば、社交場の楽しさもわかってくると思うんだけど」


「やっぱりトラウゴット様お一人では、社交界に顔を出しづらいんでしょうか?」


 年嵩の侍女が残念そうに答えた。


「それはそうでしょうねえ。どうしたってフローラ様を思い出すでしょうから」


 束の間、侍女達の言葉が途切れた。年嵩の侍女と同じく生前のフローラを知っている丸顔の中年の侍女は、微かに鼻を鳴らした。そんなしんみりした空気を追い払うように、マヌエラが明るい声で言った。


「それにしてもトラウゴット様は、今頃はらはらしてロア様の帰りを待ってるでしょうね」


「お気の毒に。胃に穴が空いてないといいけど」


 侍女達がくすくすと笑うのとほとんど同時に、扉をノックする音が響いた。全員で顔を見合わせてから、年嵩の侍女が返答する。


「どうぞ」


「失礼します」


 そばかすの侍女が扉を開けるより早く廊下側から扉を開けたのは、王城の侍女だった。何故か水の入った木桶ときっちり畳まれたタオルを何枚か抱えている。


「中へお邪魔してもよろしいですか?」


 地味で生真面目そうな侍女の性急な言葉に、ジャンメール家の侍女達は戸惑う。


「ええ、構わないけど」


「ありがとうございます」


 王城の侍女は音もなく部屋に入ると、掃除道具を片手にまとめて後ろ手でそっと扉を閉めた。木桶の水が揺れる。


「お仕事中のところをお邪魔して申し訳ございません。突然で申し訳ないのですが、主がベルンシュタインの話を伺いたいと申しております。どなたかお一人、主の部屋へご同行願えませんか?」


 生真面目な侍女は見た目通りの生真面目な口調で言って、順に四人を見た。ジャンメール家の四人の侍女達は目を見開き、再び顔を見合わせた。


「……ロア様ではなく、私達使用人にですか?」


「はい」


 王城の侍女に主と呼ばれるのは王族の誰かで間違いないだろう。王族が何故異国の使用人の話を聞きたがるのか、四人には皆目見当もつかなかった。


「ベルンシュタインの話を聞きたいなら、皇帝陛下の元からいらしている使用人の方が適役じゃないかしら」


 年嵩の侍女が警戒の色を見せないようにゆっくりと言った。


「そうね。その方が一男爵家の使用人の私達より、たくさんベルンシュタインのことを知ってると思うわ」


 そばかすのある侍女が両手を合わせて同意した。だが王城の侍女は静かに首を振った。


「いえ。主はジャンメール家の使用人の方のお話を聞きたいとのことですので」



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