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愚者とエゴイストの輪舞曲  作者: ハロー
第二章 青すぎる空
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「嫌だって?」


 ロアの言葉を同じように繰り返して、ユリシーズは更にロアに身を寄せた。シャンデリアからの光が遮られて逆光になり、ユリシーズの瞳の色が暗く変わった。


「舞踏会が終わればベルンシュタインに帰るきみには、何の関係のないことだ。詮索しても何一ついいことはない。きみの身の安全にだって関わる」


 微笑んではいるが、そこに親しみやすさは微塵もなかった。ユリシーズは自分を脅しているのだと、ここでようやくロアも察した。

 だがロアは負けず嫌いで、こうまで拒まれ脅迫めいたことまでされると余計に燃える厄介な性格だった。


 それに何より、ふとした時に見せるヨゼフィーネの悲しみにも諦念にも似た表情の原因がウィンフィールドにあるのだとしたら、ここで引き下がってはいけない気がした。


「嫌だ。詮索するなっていうなら、せめてその理由を教えて」


 ユリシーズは一瞬ぞっとするほど冷たい眼差しでロアを見下ろし、それから一歩下がってこの部屋に入って初めて優しげににこりと微笑みかけた。


「……そうか。それなら好きにするといい」


 ロアは眉根を寄せ、つんと顎を上げた。


「言われなくたって好きにするよ」


「ああ。ところでジャンメール騎手。ウィンフィールド王城の厩舎はどうだったかな?」


 意表を突く質問に、ロアは目を瞬かせた。


「え? この部屋からじゃ見えなかったよ」


「見る角度が悪かったんじゃないのかい? ちゃんと見えるはずだよ」


「嘘だあ。どこ?」


 馬の話に誑かされ、ロアは窓の桟に両手を乗せて外を覗き込む。あたりは既に暗く、外壁のところどころに灯された松明だけが頼りだった。


「ほら、あそこに見えてるじゃないか。きみの目は節穴だな」


 ユリシーズも窓に近づくと、呆れたように言って窓の外を指差した。


「どこどこ?」


 厩舎だと思っていた建物がそうではなかったのだろうかと、ロアはまた窓に頬を押しつけて必死に厩舎を探した。窓にある程度ロアの体重が掛かるのを十分に待って、ユリシーズは素早く窓の鍵を外した。


「キャアッ!!」


 ロアの手と頬に押される形で勢いよく窓が開き、支えを無くしてバランスを崩した上半身が窓の外に落ちかける。暗がりの芝生に、一階の窓の形に光が落ちているのが見えた。ロアは慌てて窓枠にしがみついた。


「あっ、あぶ、危な……」


 どっと冷や汗が吹き出す。吹き込んできた夜風が髪をなぶり、ロアの首筋と背中に一気に鳥肌が立った。


「ハハハ、可愛い声も出せるじゃないか」


「なっ──!」


 ロアは楽しげに笑うユリシーズを振り返る。ユリシーズはゆっくりと近づき、背の高い自分の影の中にロアを入れた。ユリシーズが腰へ腕を回そうとすると、てっきり突き落とされると思ったロアはびくりと肩を揺らして逃げようと身を引いた。


「ロア・ジャンメール。ウィンフィールドは花の国だけれど、その花には残念ながら毒も棘もあるんだよ」


 ユリシーズは身を引いたロアに更に身を寄せると、その手を取って強引に指を絡めた。


「やっ!」


 振りほどこうとしたがそのまま力強く手を握られて、ロアは怖れおののく。それを見て嘲るようにユリシーズは鼻で笑った。


「天馬レースでいい飛行を見せてくれることを期待しているよ。君の持つ全ての力を尽くして頑張ってくれ」


 鼻先が触れそうなほどの距離で鋭い目に見据えられ、ロアは首をすくめて息を飲む。念押しのように手をギュッと痛いほど握って、ユリシーズはその手に軽くキスを落としてからロアを解放した。


「それじゃあ、僕は戻ろう。君はもう少し休んでからおいで」


 機嫌良さそうに微笑んでひらりと手を振ると、ユリシーズは扉を自分で開けて足音高くサロンを出て行った。


「………………」


 体中の力が抜けて、ロアはへなへなとその場にへたり込んだ。あまりに突然のことに、心臓が大きく鳴り続けている。察しの悪いロアにも、今のユリシーズの言葉と行動の意味は伝わっていた。


 コンラッドとクローディアのことを詮索し続けるなら本気で危害を加える、だからせいぜいおとなしく天馬レースに集中していろ──それがユリシーズがロアに伝えたことだった。


 仮にもベルンシュタインを代表する客人なのだから、本当に落ちかけていれば助けてくれたのかもしれない。だがそれでも酷いことには変わりなかった。


「な、何なの……! あれが本当に王子様!?」


 恐怖が去るとめらめらと怒りが沸いて来た。ロアは大きく息を吸い込んで恐怖を振り払い、すっくと立ち上がった。テーブルのナプキンをバッと取ると、ユリシーズの唇が触れた指の背を乱雑に何度も拭ってポイとテーブルに戻す。


 こうまでされて黙っている訳にはいかない。ロアはずんずんと大股で歩き、バンッと扉を派手に開けてサロンを出て行った。



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