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妖精を待つ夜④



 想いがこもった贈り物を妖精が庭へ持ち帰るのならば、想いを生み出す人間を持ち帰ることもできるのでは無いのか。


 回答は是である。

 ただし、滅多に起きることでは無い。この行為は妖精間でもタブーとされているからだ。


 人を持ち帰ったところで妖精は持て余すのである。

 持ち帰った妖精が扱える以外の想いも人は生み出してしまう。そしてそれは朽園を生み出し、妖精自身を滅ぼす原因になる。


 だから、妖精たちの間でもこれを行ったものは白い目で見られ、害があるとされれば『最も古き妖精達』に庭の支配権を没収されることになるらしい。


 ではその持ち帰られた人間はどうなるのかと言われれば、ミストエーラに戻されることになる。そうじゃなくてもほとんどの場合は持て余した妖精が自主的に戻すことが多い。


 それが妖精の庭に招かれつつも、ミストエーラに戻された人間、『チェンジリング』と呼ばれる者達である。


 いや、もうそれは人間とも呼べないのかもしれない。


 半妖精と揶揄されるほどに、チェンジリングになった者は人からかけ離れてしまうのだから。


 ミストエーラを離れて妖精の庭に踏み入った人間は妖精の庭の一部になってしまう。妖精に()()()()()を捧げてしまうのである。


 記憶――つまりは『過去』も、それから先に抱いたはずの想い――『未来』さえも。


 だから、チェンジリングはミストエーラに戻ったとき、()()()()()()()()()

 

 過去が無いから記憶が無い。

 未来が無いから成長しない。

 

 鍛えても筋肉はつかないし、食べても肉がつかない。

 歳をとらなければ、ケガをしても短い時間で治る。


 チェンジリングは自分が自分を認識している『現在』にしか存在していられない。


 刹那的に連続する存在、かろうじてそこに在る者。


 そんなチェンジリング(からっぽ)からいったい何を奪えると言うのだろう。

 エトルが自分を朽園の天敵だと考えるのは、この一点が根拠であった。



 月明かりを反射した銀刃の向こうに、道化を見据え、エトルは静かに唱える。


かげはついえた(影潰)


 思考が薄くなっていく。

 自分を認識する自分が静かになっていく。


 これはただの暗示だ。

 自分で自分を認識しなければ存在できないチェンジリングが、ただ自分を否定しているということ。

 たったそれだけのまやかし術。


 『ディススタンド』――本来はチェンジリングが消える(死ぬ)ために作られた術。


 ぱちんと、瞬きしたとき、エトルは一線を越えた。

 世界から自分が外れたことを、頭のどこかで理解する。

 

 滑るように、エトルは走った。

 摩擦や抵抗といったものは感じない。それらは今、エトルと関係の無い場所にある。


 反応が遅れた道化の腕を、なめらかに切り落とした。

 真正面から斬りかかっても道化がエトルに対して鈍感なのは、朽園という忌避される正体を持てども、道化がこの世界の内側の住人であるからだった。


 つまりは、今のエトルの方が朽園よりもよっぽど異端に寄っているということ。


 そのまま後方へ抜けたエトルは、振り返りざまに長剣を抜く。


 クツクツクツ


 道化のポンチョの表面にトランプのカードが蠢いて螺旋状に並ぶ、エトルの刀剣がカードを切れないことは先の攻防で明らかだ。


 次の刹那に、エトルの抜刀は銀孤を描いて抜けていた。


 黒い飛沫がびしゃりと噴き出る。

 エトルの剣は、道化の防御である螺旋に並んだカードの僅かな間隙に滑り込み、切り裂いていたのだ。

 

 そればかりは、チェンジリングのディススタンド(インチキ)ではない。

 エトルの腕前で、エトルがそうできるように訓練した成果だ。


 ディススタンドを維持しながら攻撃するためには、自我を持たずに戦わなければならない。


 考えるまでも無く、思考が面に出る間も無く、剣を握ったらその剣がどこを斬るべきか判断して薙ぐように、突き刺すように、繰り返し繰り返し、身体が覚えて忘れないようになるまで繰り返す。

 ミストエーラに戻ってきてから、エトルはそんなことばかりしていた。


 ―――――ッッ!!


 きっと悲鳴だ、木板を擦り合わせるような甲高い響音が周囲を駆けずる。

 エトルの攻撃が朽園の致命に届いた証左だ。

 ぐずりと、崩れそうな道化のポンチョの隙間からどろどろの黒い液体がトランプと一緒に流れ出している。


 閃いて、二回、三回。


  手を緩めることなく短剣と長剣とを交互に、エトルがさらに切り裂く。

 そのたびに黒い液体とトランプは噴き出し、まん丸だったポンチョが萎んでいく。

 

 間も無く終わりだ。

 すっかり痩身になったその道化がカタチ止めていられるほどの力を無くすまでは、もうきっと一太刀で十分。

 

 とどめを、たったいま突き刺す、そのときだった。

 

 平屋の家の扉が開き、男の子が現れた。


「――あっ」

 エトルの意識が向いた。


 その瞬間にエトルの意識は自分を見つけてしまった。


 五感が帰ってくる。

 耳に道化の悲鳴が劈いて、意識を引っ掻いて乱す。

 体に重みがのし掛かる。


 エトルが動きを鈍らせたのを、道化は無機質な仮面の瞳で見てとった。


 この絶好の反撃の機会を前に、ぷくぅと道化が膨らむ。


(避けないとっ!) 

 思考してからでは遅い。


 いくら訓練してもエトルの身体能力そのものは貧弱なのだ。完全にディススタンドが解け、再発動さえ間に合わないエトルは、無防備そのもの。


 道化のポンチョを突き破って現れた無数の羽がエトルに向かって飛来する。

 このままでは蜂の巣になる。


「――うぅっ」

 コートの裾を引き寄せ、体を丸くして後退する。

 鋼糸が仕込んであるおかげで破れはしないが、コートにガツンガツンと鈍い音を立ててぶつかった羽がエトルの全身を打撲する。


「痛っつ!」

 吹き飛ばされながら熱を感じた箇所をまさぐれば、濡れた感触があった。どうやら回避が遅れたせいで右肩に刺さってしまったらしい。


 ごろごろ転がって道端にぶつかり止まったエトルの有様はまるで犬の遊び相手をさせられたクッションみたいだった。


 たったの一回の攻撃でこうなってしまうのが、エトルの戦闘だ。

 だから迅速に一回の攻撃で仕留め、出来なければ攻撃を受けないうちに倒しきる必要があったのだが、あいにくと無様な結果になった。


(立ち上がれ!)

 じゃないと追撃で今度こそオシマイだ。

 石畳に、左手を突いて、石畳から無理にでも身体を離す。


「さあ、どこだ」

 すがめた目で刀剣の振るう相手を探し、構えをとる。


 しかし、このとき道化はエトルを見てもいなかった。

 はじめにそうしていたように建物の方を向いて佇んでいた。

 その仮面の向いた先には、男の子。


 朽園の特性は、『人間にとっての天敵』。


(喰らうつもりだ!) 

「戻って! 建物の中に、早くっ!」

 普段大声なんか出さないから、すこし裏返ってしまった。


 戸惑った様子の男の子は我に返って動き出そうとするが、足が竦んだのか、へたり込んでしまう。

「な、お、おれっ」

 クツクツクツ

 道化はぐずずと腕を生やすと、歓喜したように諸手を広げ、男の子へ向けて飛びかかる。


 ぐちゃっ


 加護はまだ健在であった。

 道化は押しつぶされるように見えない壁に身体をくっつけて、禍々しい腕で加護をがりがりと引っ掻く。


 クツクツクツ


 煩わしいとでも言うように鳴いた道化はさらに四本の腕を生やし、強引にでも突破しようと力任せに押し始める。


 腕が、僅かだが加護の壁を押した。


(まったくっ!)

 重たい身体を持ち上げたエトルが、意識を引くために剣を投擲するが、ポンチョに浮かんだトランプが阻んで刺さらず、道化はもうエトルには見向きもしない。


 それならそれでいい。

 エトルはチェンジリングで、無視される事を力とするのだから。

(もう一度ディススタンドを)

 暗示をかけるため、呼吸を整えようとしたときだった。


 炎が墜ちてきたのだ。

 

 ごおうと呻りをあげた炎の塊が道化めがけて墜落したのである。


 空を見上げると、そこには妖騎兵団が合図に使う光を背負う赤い妖精が浮かんでいた。

(あの妖精だ)

 左右に浮かべた大きなカンテラには見覚えがある。

 豪奢なドレスを纏う彼女こそが南の方角に見たあの妖精だろう。

 どうやらエトルが戦っていることに気がついた妖騎兵団の誰かがいつの間にか合図を打ち上げてくれていたみたいだった。


 赤い妖精は金髪を払う仕草をすると、腰に手をあて、まだ炎が燵つ道化を指した。


噴射()て」


 強い声だと思った。


 絶対に揺るがない、譲歩もしない確固な己というものを、そのまま響きに変えたかのような声だ。

 妖精に従って、カンテラの炎が渦巻き蜷局巻き、道化目掛けて発射する。


(さっきより大きい)

 直視できないほどの閃光が夜の路地を一瞬路地を満たし、吹き抜けた熱風がエトルのコートをぱたぱた煽る。


 炎が静まったとき、そこには何も残っていなかった。


「すごいな」

 チープな言葉しか出なくなるくらい凄まじい魔法だ。

 あの赤い妖精が相当の力の持ち主であるからこそ出来ることだ。

 力が強い妖精はそれに比例して融通が利かなくなるものだが、よくもまあ、こんな妖精をスカウトできたものだ。


「逃げたわね」

 地面に降り立った妖精が、道の端に張り付くトランプがどろりと溶けて地面に吸い込まれていくのを見ながら呟いた。

 どうやら仕留めることは出来なかったようだ。

 エトルの攻撃もかなり有効だったし、あの威力の魔法を受けたのだから少なくとも今夜はもう出てくることはないだろう。

 終わったと思ったら身体の気怠さが襲ってきた、そこそこ血も流れたみたいだ。


「帰ろう」

 ユウキリはなぜエトルに声を掛けたのだろう。

 こんな妖精が出張ってくれるのならばエトルが出しゃばるだけ邪魔ではないか。

「まったく」

 くたびれ損をした気分だ。


 息を落として体から力を抜いたエトルは、刀剣を拾い上げ、妖精となにやら話しながらこちらをちらちら気にしてる妖騎兵団の視線から逃げるように歩き出した。


「――ちょっと、そこのアンタ!」


 逃がしてもらえなかった。

 普通、妖精はチェンジリングなんか相手にしないものだけど、まさかこの妖精もアイシルと同じヘンテコなのだろうか。


「こっち来なさい、チェンジリング!」


 随分と高慢な態度だが相手は妖精だ、気にするだけ無駄である。

 それよりもあっちの妖騎兵団の二人が戸惑った顔をしていて可哀想だ。用事があるならさっさと済ませてしまおう。


 とぼとぼと歩いて妖精の申し出に馳せ参じる。

 浮かんでいる姿はもっと大人びて見えたが、並んでみると身長はあんまり変わらない。もしかしたらやたら盛ってあるドレスの効果だったのかもしれない。


「以外と小さいわね、アンタ。それに見たこと無いヤツだわ」

 しげしげと、顎に手を添えてエトルを見ながら、妖精は言った。

 ちなみに身長は変わらない、もう一度言うが身長は変わらない。もしかすればエトルの方が一、二センチ高い可能性もある。 


「なんですか? 妖精さん」

「む、カルティアよ、妖精カルティア、『紅灼庭園(スカーレットガーデン)』でもいいわ!」

 えっへんと胸を張る真っ赤な妖精――カルティア。


「『銘持ち(レコメンド)』なんだ」

 妖精の中には畏敬をこめて二つ銘で呼ばれている者達がいる。

 そういう妖精達は総じて力が強い。

 強力な魔法を使っていたからもしかしてと思ったが、カルティアもその一人らしい。


「そうよ、アタシは強いのよ! ユウキリはアンタに朽園を任せるとか言っていたけど、アンタの出る幕なんて無いんだからっ!」

「そ、そう……」

 なにやら対抗意識を持たれているらしい。


(ん? てことはもしかして――)

「もしかしてカルティアが夜なのにこっちにいるのって……」

 カルティアの後ろに控える妖騎兵団の二人組に視線を向けると、顔をそらされた。


「このアタシが協力してるんだもの、アンタの出番なんてないんだから!」

 どうやら、そういうことらしい。

 これはまた、随分癖の強い妖精を引き込んだものだ。

「僕もそうできたらうれしいよ」

 是非ともがんばって欲しい。


「なによその言い方。侮っているの? 不満があるっていうならアタシの力を思い知らせてあげるわよ?」

「そんなつもりはないから、それに、もうくたくたなんだ。許してよ」

 コートを開いて、貫かれた肩を見せる。

 妖騎兵団の二人がぎょっとして瞠目した。この二人はケガをした人間を見慣れてないのかもしれないなと思った。

 黒ずんで重傷に見えるが、もう出血は止まっている。


 チェンジリングのエトルなら二、三日もあれば完治するだろう。

「ケガしてたのね。じゃあいいわ、下がってよし。アンタが元気になる前にこのアタシが朽園を仕留めてみせるんだからッ!」

 最後まで不遜極まりない。


「ありがとう。じゃあ行くね」

 お許しがでたところで、後ろの二人にも軽く会釈をして踵を返した。


 視界の端に、朽園に襲われ掛けていた男の子が映った。

(あの子って、そう言えば……)

 見覚えがある男の子だった。


 何処で見たのだったか。

 エトルの生活で関わる人間なんてそう多くはない。それで記憶が残っているのだから、きっと思い出せるはずだ。

 歩きながら考えて、時計塔の前で思い出した。


「そうだ、噴水広場だ」

 ちょっと前、アイシルに付き合わされた猫探しのお願いのときに女の子を迎えに来た子だった。


 名前は確か、

「アレットくん、だっけ」

 そうなると、あそこはアレットの家だから孤児院と言うことになる。裕福そうでも無いのに大きい平屋の屋敷の正体にも得心がいった。


 あと分からないことと言えば、

(どうして朽園は孤児院を?)

 なにか、朽園の興味を引くモノが孤児院にあるとでも言うのだろうか。


 なんにせよ、明日の予定は決まった。妖騎兵団を訪ねて、ユウキリに会う。

 協力するにせよ、カルティアに任せるにしろ、まずは情報が出そろってからじゃ無いと判断できない。

「まったく……」

 本当はこっそり済ませて、後は知らん顔したかったのに、カルティアが言うには逃がしたらしいからそれはもう叶わない。

 

 うまくいかないものだ。

 じんじんと熱を感じる肩に顔をしかめながら、エトルは、ため息を落とす。


 うなあぁぁあああーーー


 遠吠えが聞こえた。

 聞き覚えのある啼き方だ。


 今度はすぐに思い出せた。

 ハラマキと言っただろうか、あの猫の名前は。

 遠くの方で聞こえたその猫の遠吠えが、まるでなにかを捜しているように感じたのは、エトルの心がまいっているからだろう。


「君も早く帰るといいよ、今夜は良いことないから」

 さんざんだった自分の経験談からエトルはご忠告申し上げ、我が家に退散したのである。




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