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妖精を待つ夜①


 アイシルにとってエトルってなんなのだろう?


 少なくともまともな『人間と妖精の関係』とはいかない。

 だから、考えた。

 考えて、エトルはとても悩んだ。

 それはもう、お菓子を焼いている時間も、店を掃除している時も、洗濯物を畳んでいる時でさえもだ。


 それは答えが出なくて迷走していたわけではない。むしろ、まっさきに出た答えを否定したいがために悩んで悩み抜いたと言える。


 だってそうだろう。

 なにが悲しくて認めなくてはならないというのか。


 ()()()だなんて。


 だが実際これほどしっくりくる言葉が無いのも事実だった。

 エトルがただ一人の店員をしている菓子店『リトルペタル』にしたってそうだ。


 エトルは別にどんな店でもよかった。

 もっといえばお店なんて開かなくったってまったくかまいやしなかったのだ。

 前の仕事を辞めて宿所を出ることになったときに紹介されたのがこの物件で、前の住人が飯屋をやっていた関係で入り口から開いた間取りを見たアイシルが『お店を開きましょう!』と言い出したのだ。『お菓子屋さんがいいですよおー』とも。


 それを受け入れたのはエトルだから今更アイシルのせいでなんて言うつもりはない。

 しかし、現状もっともエトルの作ったお菓子を食べているのはアイシルなわけで、もう半ばアイシルのためのお菓子屋さんになっているのも事実だ。

 ……誰が与えているのかと言われればそれはやっぱりエトルだから自業自得な話ではあるのだけれど。


 お店自体は忙しくない。

 結局趣味の延長の量しか作らないし、一日に来店するお客だって数えるほど。

 来店しても気まずそうに扉を閉じるお客ばかりで、新規のお客が少ないということもあるが、まあ、仕方がない。誰が好きこのんで『チェンジリング』と関わりたいものか。


 この妖精と生きる国で、()()()()()()()()()()()となんて。


 だからこそ、おかしい。

 そんなエトルがどうして妖精であるアイシルと一緒にいて、あろうことが、世話を焼いているのだろう。


 もしも三年前、この世界に帰ってきたばかりのエトルが未来のことを知ったらどんな顔をするだろうか。

 三年後、お前は魔法を使えない妖精の手足となってせっせと代わりに『お願い』をかなえて『贈り物』を献上し、あとついでのその妖精のためにお菓子を作る毎日を過ごしているんだぞ、だなんて信じてくれるだろうか。

 憤慨するだろうか、それともバカじゃないかと呆れるのか。


 いや、きっと、そうじゃない。


 『あっそ』


 きっとそれだけ言ってまた鍛錬でもするのだろう。

 あの頃のエトルは未来に興味なんて持てなかっただろうから、そんなものが自分にあるなんて信じられなくて、ただ『現在(いま)』を生きることに必死だったから。


 そういう意味では、今のエトルはずっとマシになった。

 少なくともストイックに自分を鍛えようなんて思わないし、ともすればのんびりひっそりと生きていければいいなんて贅沢な考えを持てるようになったのだから。


 それなのに、あの時どうしてあんな約束を交わしてしまっただろう。

 いま考え直しても気の迷いだったとしか考えられない。


 ひっそりと生きて、ひっそりと消えていく。


 そう決めて前の仕事を辞めてここへ移ってきたのに、いざ本当にやることがなくて暇を持てあましたエトルはついアイシルの提案に頷いてしまったのだ。


『だったらわたしのお願いを手伝ってくださいよお!』


 なんてエトルからしてみればなんの利益もない、エトルがアイシルのパシリとして振り回される原因となったあの提案に。

 弁明させてもらえるのならば、ここまで大変だなんて思わなかったのだ。


 ()()()使()()()()()()のお手伝い、たったそれだけのことが。




 そろそろ来るなと、陳列棚にまだ温かいシューとワッフルを並べながらエトルは思った。

 南区のストリートに並んで建つ『リトルペタル』の外観は、率直に言ってみすぼらしい。


 まず、両隣の建物の背が高いから屋根を目で追っていったときに凹っとなっているのがいけない。それから黒ずんだ木造に中途半端に残るペンキの後、店主のやる気のなさが現れているようだ。

 加えて、看板ばかり新しいからアンバランスが極まって怪しい様相となっていた。 


 そんなリトルペタルの店の前が騒がしくなるのは決まってアイシルが訪れるときだと決まっている。


 たったった


 石畳を鳴らす靴の音がする。

(さん、にい、いち――)

 扉がぱたんっと開いた。


「おっはようございますー。エトルさんっ!」 


 ほら、ぴったり。

 鉄板を片手にエトルが振り返る。


「おはよう、アイシル」

「おおー、今日はワッフルですか! うーんいいにおいです。おいしそうですよお!」

 スカートをぱたぱたしながら近づいてくる。


「食べたいの?」

「はあいっ!」

 そんなに目をきらきらさせながら返事されたらダメなんて言えないではないか。 

「はいどうぞ」

 ナプキンに包んで渡してやると、大げさに喜びながらアイシルは受け取った。


 いっつもこうだ。

 飽きもせず毎日やってきてエトルの作った菓子の、その日一番最初の一口をアイシルが囓る。それからようやくお店が開店するのである。


 エトルはこのままお店で本を読んだりしながら店番をして、アイシルは『お願い』探しに町へ繰り出していく。そうして帰って来ると頼んでもないのに見てきたことをエトルに報告してくるのだ。

 やれ、一緒に遊んだ子供が転んでケガしただとか。マーケットの八百屋が魚屋とケンカをしていただとか。女の人が花をもらって泣いて喜んでたとか。

 それからこのあいだの猫探しみたいに『お願い』を見つけるとすっ飛んできてエトルの腕を引っ張っていくのである。


 勘違いしてほしくはないが、この前の猫探しみたいなお願いは稀で、アイシルの見つけてくる『お願い』の内容ほとんどが簡単な物ばかりだ。


 本来、妖精への『お願い』というのは魔法を期待している。

 急ぎで言伝があったり、ケガを癒やしてほしかったり。


 あとは、『加護』だろう。


 物に付与する魔法で、持っていたり飾っていたりするだけで効果がある、持続性のある魔法だ。

 妖精にも魔法の得意不得意があるらしく、効果によって持続時間や力が変わる。


 遠くへ働きに出る旦那には、どの家庭でも必ずと言っていいほどこの加護の付与されたアミュレットを奥さんが渡す。

 健康でありますように、それから、帰ってくる理由を作るために。


 ちなみに、外で勝手にアミュレットの効果を更新なんてしようものなら浮気を疑われて悲惨な目に遭ったりする。

 女性とは優しさの後ろに強かさをもっているものだとは、エトルの前の職場の上司の言葉である。


 それなのに、魔法が使えないアイシルが見つけてくる『お願い』は、妖精に頼らなくても済むこと、もっと言えば子供にさえできる程度のことだ。


 掃除に店番に子供の遊び相手、年配の肩揉みをするはめになったときは、本気で帰ってやろうかと思った。

 問題は頻度だ。

 酷いときは五回も六回もひっぱられるのだ。それに、エトルを連れて行ったところでやっぱりいいやと言われることだってある。そんなことがあってもアイシルはこりもせずエトルを連れて行くのだから、やっぱり妖精の考えることはわからない。


 ほとんど素人の作ったお菓子に目を細めて頬を抑えるまっ白い妖精を横目にちらり。

 後から渡す分のワッフルを取り分けながら、エトルは肩を竦めた。


「そういえばエトルさん、『アカハナダルマ』さんを知っていますかあ?」

 手についたワッフルにかかっていたハチミツをちろちろ舐めながら、アイシルが聞いてきた。


 イジ汚い。

 まだ食べたいなら言えばいいのに。エトルは今度はシューをナプキンに包みながら相づちを打つ。


「『アカハナダルマ』って?」

「ええ、みなさんが話してたんですよお。なんでも真っ赤なお鼻とまあるい体の持ち主で、街を歩いて回ってるらしいですよお」

「なにそれ」

 「わあ! そっちもくれるのですかあ!?」と差し出された両手にシューを乗せ、エトルがつまらなさそうに言う。


「そんなの珍しくないでしょ?」

 どうせまた妖精がなにかのキマグレで自分の姿を変えて遊んでいるのだろう。


「いやいや、それが聞いてください。アカハナダルマさんはどうやら夜に出るらしいのですよお」

()()?」

「ええ、()()、ですよお」

 いつもの街のあちこちで聞きつけてきた話を右から左へ流すだけのトークとは違うようだった。


「どう思いますか?」

「どうって……」

 べつに、と返そうしたが、自分の眉が寄っていることに気づいてやめた。これでは気にしているってまるわかりだ。


「ヒマな誰かが悪戯してるんじゃない?」

 人間にだってそういうことが好きな人はいるだろう。

 それで終わりにしたかったのだが、アイシルの黄色い目がエトルをとらえて離してくれないものだから、渋々と続けた。

「……仮に()()だとしてさ、それをどうこうするのは『妖騎兵団』の役割だよ」 


 この国が抱える唯一の武力組織、それが『王国妖精騎士兵団』、通称が『妖騎兵団』だ。


 要人の警護や民間トラブルの解決も受け持つ警察組織(おまわりさん)だが、この国でトラブルと聞くとだいたいが妖精が関わってくるわけで、妖騎兵団の仕事の多くはもっぱら妖精相手ということになる。


 そんな彼らのことを『妖精との対話者』と呼ぶ人もいる。――あるいは、『妖精の保母』係とも。

 妖精と人間の仲立ちをするのは彼らの仕事である。彼らが何とかしなかったら活動費用を捻出させられている市民が許しちゃくれない。


 例え相手が()()だとしても、むしろだからこそ。 


 もうエトルが関わることじゃない。 

 それでいいはずだ、そうしたってなんにも悪くはないはずだ。


「それでも、もしも助けてとお願いされたら?」


 そのときは……

「――そのとき考えるさ」 

 タラレバの話なんていざ直面したときにころりと変わったりするものだ。意味なんてありはしない。悩まされるなんてバカげている。


「そうですね、そのときに考えればいいですよお」

 はむり、幸せそうな顔でシューを頬張った。

 ……クリームが顔に付いてしまっている、大口で頬張るからだ。だから足りなかったら言えばいいのだ、そしたら包んであげるから。


 とんとんと、自分の顔を指で叩いて教えると、アイシルは「およ?」と指で拭って「ふむん!」と口に含んだ。もっかい甘くてラッキーとか考えていそうだ。


「さーてさて! そろそろ『お願い』を探しにいきましょうかあ!」

 店内飲食用兼、エトルの読書机になっているクッション付きの椅子からぴょんっと飛び上がったアイシルが、扉に向かってたったったと駆けていく。


 忙しないなあと苦笑しながら、エトルは今日もアイシルを送り出した。

「いってらっしゃい」

「はい、いってきますエトルさん!」

 元気にまっ白い髪を翻し、アイシルは街に繰り出していくと思いきや、扉を開けたところで、首だけ振り返った。


「わたしはエトルさんがどんな選択をしてもいっしょにいきますよお」

 見透かされている、そんな気がしてならなかった。

「……そう」

「はいっ! それではっ!」

 こんどこそ、本当にアイシルは出掛けていった。


「そのとき考えるって言ったのに」

 まるで答えは分かりきっているみたいな口調をされておもしろくない。おもしろくないと思っている時点で自分の本心が透けて見えてやっぱりおもしろくない。


 むすっと唇を尖らせ、ドアの方を一睨みしてからエトルは厨房に鉄板を片付けに戻った。

 ついさっきタラレバの話がどうだとか考えていたくせに、いまは助けてなんてお願いされなければいいのになんて考えたりもしていた。



 いやだいやだと言っているヤツにほどお鉢が回ってくるもので、結論から言えばエトルの『そのとき』はずっと早くやってくることになる。


 具体的に言うと、その日の昼過ぎに、であった。  




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