カルティアの矜持③
孤児院にアレットとカルティアが戻ってたったの数分後――。
「まちなさい! このアタシから逃げられっこないんだから!」
『優雅さ』は何処へやら、赤い髪をばっさばっさ翻してカルティアは子供達に混じってわちゃわちゃと遊んでいた。
しかもやることときたら、足の短い小さい子を狙って追いかけ回したりしている。
それでも追いつけないカルティアが頬を膨らませて魔法を使おうとしたから、アレットは「約束!」と叫ぶことになった。
そうしたらカルティアははっとした顔になって慌てて薔薇を喚ぼうとした手を後ろに回し、「忘れてなんていなかったわ」とうそぶいたのだ。
「妖精が妖精を叱るなんて聞いたことないっての」
『最も古い妖精達』は別枠だ。
「ならアレットは他の妖精達よりちょっぴりおにいさんということね」
最初に、甘い香り。
落ち着いたあったかい声は振り向くまでもなく分かる。
「母さんそれは? フルーツパイ?」
「正解、食いしん坊さん」
アレットがマーケットで買って来たフルーツを乗せて焼いたばかりの出来たてだ。
「さあ、みんないらっしゃい! おいしく食べたかったら手を洗うことも忘れちゃダメ! せっかくのパイが泥の味なんてイヤでしょ?」
まるで牧羊犬だ。
もっとも、吠え立てるより簡単に子供達を好きに操ってしまうけれど。
「母さんってさ、『最も古い妖精』じゃないよね?」
アレットが昔に出会った『最も古い妖精』も上手に妖精達を言い聞かせていた。
彼らが別枠なのはそう言う意味で、力が強いとか以前に、従わなくちゃいけない言う気持ちにさせるのだ。
「もしそうなら、私はもっと若くてキレイじゃなくちゃね」
白髪のまじった髪をつまみながらレジアナは言った。
人の時間は妖精よりもずっと短い。
「若くてキレイだよ、母さんはさ」
アレットも三年の間に身体が大きくなっている。
成長さえも、『虚飾庭園』の最高の魔法は再現している。
でも、嘘は一時の幸福を作れても、必ず綻ぶものだ。
それを、既に『虚飾庭園』は知っている。
頭の仮面に触れて、道化の妖精は顔を覆った。
「ねえ、いつかさ、オレの庭に来てって言ったら?」
妖精のルール。
人は庭には連れて行っちゃいけない。
『最も古き妖精』がどれだけ言い含めても、このルールを守れない妖精達がたびたび現れる。
レジアナは、暫く頭の上からアレットをじぃっと見て、言った。
「行かないわ。想いは継いでいくものだもの」
だから、いつかが訪れたら、あなたも次の想いを探しに行くのよ、と。
「そっか」
あっさりと、『虚飾庭園』は引き下がった。
ずいっと仮面を上げたら、そこにはいつもの何でも無いアレットの顔。
「もーらいっ」とレジアナが持つトレイの上のフルーツパイに手を伸ばすが、ひょいっと躱される。
「なんでだよっ!」
「手を洗ってないわ、ね、おにいちゃん」
そうしている間にも最初の子が戻ってきていた。
カルティアだった。
「さあ、手を洗ってきたわ! ちょうだ……」
言いかけて、
「どうしたんだよ」
「……やっぱりいい」
赤色の妖精は伸ばした手を引っ込めて、アレットから貰って、ずっと持ってる果実を両手で包んだ。
「あら、パイはお嫌い?」
ぶんぶんと首を振る。
目だって物欲しそうにパイに釘付けだ。
「なら、どうして?」
「……今日はアタシ、魔法が使えない。だから、『ありがとう』ができない」
マーケットからの帰り道のことを気にしているらしかった。
「バカだな、カルティア」
忘れてたり、感情的になったりして、さんざん魔法を使おうとしたクセをして、もう今さらだって気もするのに気にしたりして。
そしてなにより、そこまできていて分かっていないところが。
「バカじゃないわ! だってアタシは『紅灼庭園』よッ!」
憤慨する彼女に、アレットは、一番バカなところを教えてやったのだ。
「ありがとうがしたいって思ったんだろう? じゃあ、それをやったらいいんだ。言葉でだって良いんだ。だって『ありがとう』なんだから」
もうわかるだろう。
さっさとやらないと戻ってきて、カルティアの後ろに並んでうずうずしている子達が可哀想だ。
はやくはやくと急かされて、カルティアはアレットからレジアナに視線を移し、おずおずとパイを掴んでから言った。
「……ありがとう」
「ええ、召し上がれ!」
そうしたらぱあと笑顔を綻ばせて、カルティアは最初の戻ってきた子の特権。おいしいの一口目にありついたのである。
「さあ、アレット、あなたも急がないとパイが無くなっちゃうかも知れないわよ?」
「へっ? す、すぐ行ってくるから、取っといてよ! ぜったいだかんなっ!」
つたんつたんと、ジェスターハットを揺らして、アレットが大慌てで走って行ったのだ。
夕日が差し込む時間。
妖精の帰り時刻。
妖騎兵団の庁舎までの道を自信たっぷりに赤色の妖精が歩いてくる。
いつ見ても、自信たっぷりで豪奢なドレスも相まってアタシが一番と自己主張している。
探しやすくて良いかと、ユウキリはほくそ笑んだ。
「おかえり、妖精カルティア」
「ただいま! もどったわ、ユウキリ。今日は魔法も使わなかった! さあ、アタシをちゃあんと褒めなさい!」
そのために庭に戻らないでわざわざ顔を出したのだろう。
カルティアのことだから、どうせこの程度なら魔法じゃないとか、約束自体を忘れて魔法を使いそうになったりとかしていそうだが、でもまあ、ここまで自信たっぷりなのだし、巡回が血相を変えてユウキリのところに来ることも無かったから、合格でいいだろう。
「ああ、凄いよ。よくやった、さすが『紅灼庭園』だな」
我ながら褒めるのが下手だ。
それなりの地位を持つと皮肉や理屈詰めばかりが上手になる。
こんな褒め下手なユウキリの言葉でも、カルティアは腕を組んでまんざらでもなさそうだった。
……頭でも、撫でてみようか。
力加減が分からないから、ぎこちなく、カルティアの金髪に触れる。
「……これはなに?」
「褒めているつもりなんだが?」
「そう! じゃあもっとやりなさいッ!」
ぐりぐりと頭を押しつけてくる。
喜んでくれる分にはいいのだが、やってる方のユウキリが少し照れくさかった。
それだけならまあ良かったが、
「親子みたいですね」
横から声が聞こえて、ユウキリの頬が引き攣った。
「どうしたのユウキリ。手が止まったわ? それにまた骨を取りあげられた犬みたいな顔をしている」
「……いや、なんでもないんだ」
顔を横に向ける。
声の主を探し当てたら、慌てて逃げていった。……もう遅い、顔を覚えた。
「ねえ、ユウキリッ!」
「あ、ああ。もう帰る時間だろう?」
話をそらすと、「そうね」とカルティアは夕日を見て頷いた。
上司や上役どももこれくらい素直なら話が早いのにと、ユウキリは心中で毒づく。
「じゃあ、帰るわ!」
「ああ、また頼む」
そっけないやりとり。
ユウキリも仕事に戻ろうとして、「あ、そうだ、待ってユウキリ」と、止められた。
「これ上げるわ」
渡されたのは果実だった。
どれくらい持っていたのだろう。凹んでるし、皮が寄ってる。しかもほのかに暖かい。中身はきっと黒くなっているだろう。
「これは?」
尋ねたら赤色の妖精は、腰に手を当てておきまりのポーズをとり、言い放ったのだ。
「『ありがとう』よッ!」
「はあ?」
ありがとう、ね。
また、どこかで適当な知識を入れられたのだろうか。
今度はどれくらいの間、覚えているだろう。
なんにしても、妖精にものを貰うなんて珍しい経験だ。
「そうかい、感謝するよ、妖精カルティア」
「ええ、かんしゃしなさいッ!」
『ありがとう』に『感謝』しなければいけないなんて変な話だ。だけど、妖精と仕事をするなら気にしたらいけない。
さあ、これをどうしたものかと考えているうちに、カルティアは消えていた。
相変わらず妖精らしい妖精だ。
「そうだな、エトルのところに持って行ってみるか」
紅茶に使うかなにかしてくれるだろう、フルーツパイでも作るかも知れない。
またアイツのところに行く用事が出来たな、と知らず知らずに口角を上げて、ユウキリは残りの仕事を片付けに戻った。




